流産から1週間
あの日から1週間が経った。
仕事中は割と頭が切り替えられているけど、ふとした瞬間に思い出し、心がずーんと沈む。
それでも昨日は少し心の転換ができた。
それをまとめておきたいと思う。
そもそも「死」という線引きは人間の恣意的なものに過ぎない。
石は生きているのか?種はまだ生まれていない状態?枯れ木に生える植物は枯れ木から養分を得ている。果たして枯れ木はもう死んだ存在なのか?
色々考えると、「死」は存在しないのではないかと思えてくる。
少なくとも、私の子はお空に帰っただけで、存在が無になって消えたわけではないと感じられる。
世の中には色々な人がいる。色々な個性の子どもがいる。
スポーツ選手になる子もいれば、ニートになる子もいるし、100歳まで生きる子もいる。
私の子はお空に帰るという個性を持っていた。
私は子どもを死なせてしまったのではなく、お空に帰る子を産んだのだ。
言葉のあやかもしれないが、そんな風に考えたら心が少し軽くなった。
検査をして、流産の原因が分からなかったとしてもまた妊活を頑張ろうと思う。
栄養をしっかり摂る、体を冷やさない、よく寝る。
この3つをしっかり守り、卵子の質を上げていく。
できることをやって、もしまた流産になってしまったとしても、それはお空に帰った子の兄弟を産んだのだと考えれば乗り越えられる気がする。
とは言ってもそんな風に簡単に割り切れるものではない。
お空に帰った子を私の中で生かす。
それが今できるせめてものことだと思う。
あまりまとまらないが、これが今の心境です。
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