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空気感と情熱


空気感というものに意外と人は縛られる。

朝職場に行って同僚に「おはようございます」と言ったにしても、そこに漂う微妙な空気感というのはあったりする。「何か話しづらいなぁ」と思いつつ何の一言も出ない。気がついたら、その人と何も話さないまま一日が終わってた、なんてことも。

その空気感を打ち破って「ところで最近調子はどう?」なんて、一声出せたら、そこから色んな展開があるになぁ。なんて、なかなかその一歩が踏み出せない。


シンデレラファイトシーズン2における私の木下 遥さんを最初に見た印象はそのビジュアルの華やかさだった。

木下選手はグループCで3戦戦ってR16に進出したが、初見の私にはその姿の美しさしか頭に入ってこなかった。

この目立ち度合いだから本戦からの登場と思ったけど、100名近くが参加する予選を勝ち上がった6名のうちの1人だった。

木下選手を知った私はXでフォローする。気のせいかTLが華やかになった気がした。

そんな美人なばかりの木下選手の印象が変わったのが8/4のR16の試合。

シンデレラファイトという場はなんとなく重い空気感が漂う。選手皆が内に秘めたパワーがあり、ポンやチー、リーチという「発声」が重要な場面ほど切り出しづらい雰囲気がある。

木下選手は東場に順調に点数を重ね、南場に入って50000点持ちの独走態勢に入っていた。

黙っていても勝てる。いや、黙っていたほうが勝てそうに見えた。そんな中、南2局でテンパイした木下選手は緩めずにリーチを打つ。

そこまで大きな手でもなく、確か他の人もテンパイかリーチしていたと思うけど、あえてそこに飛び込んでいった。私はそのリーチを見て、ちょっとやり過ぎかな?と思ったけど、それ以上にその積極性に興味が湧いた。

木下選手はその後も快進撃を続けてFINALに進出する。

しかし、そのFINAL1試合目の第一打の萬子の切り出しから裏目ったように、歯車がかみ合わず苦戦に陥ってしまう。

さすがの木下 遥もここまでか

多くの人がそう思ったであろうラス目の南2局。リーチの新榮選手に無筋の9mを押し、リーチをかけ、赤5pを一発でツモった。この上がりで一気に息を吹き返す。

ヒーロー気質

この悪い流れの中でこんな劇的な上がり方できる人がいるのだろうか。

なにより驚いたのは、そのリーチを打つときの考慮時間がまったくなかったことだ。入り目の6pをツモった瞬間からモーションに入り、宣言牌の9mを伏せる動作に移行していた。

これは考えてできることではない。連盟の先輩である石井プロにも通じる瞬発力。同プロは紆余曲折を経て、メンタルを鍛えに鍛えてたどり着いたスタイルだけど、木下プロはまだ2年目の選手。

そんな木下選手だが優勝にはたどり着かなかった。私は最終局の木下選手の姿が忘れられない。

木下選手が苦悶の表情を見せたのが、新榮選手から出た2sを鳴くか鳴かないかの判断時だ。鳴けば新榮選手に4sが当たりとなる。

2人の点差は合計でほぼイーブン。この重要な場面で無情にも新榮選手に4巡目にリーチを入れられていた。

まだ7巡目。通ってない筋もたくさんある。4sが当たる可能性が高いとは言えない。

2sを鳴くか、鳴かないか。そんなことは私にはどっちでも良かった。目を閉じて唇をかみしめながら沈黙に沈む姿。私はただ木下選手を応援していた。心の底から。

木下選手 負けるな

絶対に負けるな

それが何に対して負けるななのかは自分でも分からない。でも、その苦悶の表情を浮かべる木下選手に負けてほしくなかった。

今までも乗り越えてきた

今までも乗り越えてきたじゃないか



木下選手は2sを鳴いた。4sは打ち出され、新榮選手の手は開かれ、木下選手のシンデレラファイトの幕は降りた。

私は木下選手に鳴いてほしくなかったのだろうか、そうではなかったのか、よく分からない。

鳴いて放銃になったことは悔しくもある。だけど、悩みに悩み抜いたうえで自分の判断を貫いた姿。私にとってはその一打こそが意味があるように思えた

「これをガマンしてきたから勝ってきた」と試合後に木下選手はコメントしている。しかし、そこで一歩踏み込んできたから。そうも思えた。


大会が終わっても木下選手は元気だ


麻雀のトッププロは生き様を見せてくれ、若手プロは麻雀というゲームを見せてくれる。そんな偏見が私にはあったが、それは違った。

重い空気感を打ち破ってきた木下選手。それはあふれ出す情熱の現れでもあり、私たちの心に多くのものを残してくれた。



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