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第53回、5億年ボタンより、まごころを、君に

このグログを読んでくれている人の中に「5億年ボタン」という物を知っている人は、どれだけいるだろうか?
そのボタンを押すと、何もない空間に5億年い続ける報酬として、5億年後、ボタンを押した直後の世界に戻り、百万円を手に入れられるという物だ。
しかもその5億年間の記憶は、きれいさっぱりと消されるのだという。

あなただったら、このボタンを押そうと思うだろうか?
冷静に考えれば、5億年で百万円は割に合わない対価だとすぐにわかりそうなものだが、収入のない自分には、考えるだけの価値が十分にあった。
5億年、飲まず食わずでも生きていけて、しかも記憶をリセットしてくれるオプションまで付いているのだという。

もちろん自分だって悩まなかった訳ではないが、結論を言えば、自分はそのボタンを押して、今何もない異空間の中にいる。
パソコンを使っているくせに、見え透いた嘘をつくなと思われたそこの人、まあ落ち着いて、自分の話を聞いて欲しい。

確かにこの異空間には、明かりと床以外、何もなかった。
不思議と腹も減らないし、排泄物も出なければ、睡眠すら必要としない。
退屈といえば退屈だが、長年ひきこもりをしている自分には、この程度は、耐えられない程の物ではなかった。
最初の一年間までは。

今なら、食べる寝るという事が、どれ程の価値がある事なのかよくわかる。
人は生きる為に物を食べるのだと思っていたが、食べる事自体が生きがいになっているのだ。
眠らないという事は、永遠に明日が来ないという事でもある。
永遠に何も生まれ変わらない、今日のままの自分。

せめてパソコンだけでもあれば。
そう思っていたある時、自分の目の前に百万円分の数値が表示されたタッチパネルが現れた。
そう勘のいい人ならお気づきのように、このタッチパネルで5億年先に手に入るはずの、百万円を前借して買い物ができるのだ。
自分はすぐにカツ丼を注文すると、目の前にはできたてのカツ丼が現れた。
一年ぶりに食べる食事は、涙が出る程おいしかったが、飲み物を注文しようとした時には、そのタッチパネルは跡形もなく消えていた。

どうやらこのタッチパネルは、一年に一度だけ自分の前に現れて、一つの
買い物をする事ができるらしかった。
翌年、自分は水を注文し、翌々年には携帯ゲーム機を購入し、その数年後にようやくパソコンを購入して、今こうしてこのブログを書いている。
どうやら電気は床からとれるし、ネットに繋げる事もできるようだった。

こうなれば、5億年ボタンのこの異空間は、もはや楽園でしかない。
しかし一つだけ、気がかりな事がある。
タッチパネルに表示されている金額の残高は、後70万円程になっている。
一回で一万円の買い物をした場合、70年で底をつく事になる。
一回千円の買い物で7百年。百円の買い物でも7千年しかもたない計算だ。
5億年という時の最中には、それらはあまりにも短すぎる時間だ。
残高が底をついた時、一体何が起きるのだろう。
5億年後に、手に入るはずの百万円が出てこず、記憶を消されている自分はその理由もわからずに、落胆をするのだろうか?
残高が0で済むのなら、まだいい方なのかもしれない。
もしこの前借が、百万円を超えても可能だったなら、自分は前借をしないでいられるだろうか?
この異空間で5億年間前借をし続けた場合、元の世界に戻った時に、自分は一体、どれ程の借金を抱えている事になるのだろうか?

ああそうか、5億年ボタンの真の恐怖が、今ようやくわかって来た。
このグログを読んでくれている人に、まごころを込めて伝えようと思う。
もしあなたの目の前に、5億年ボタンが現れたとしても、決してそのボタンを押してはいけない。
例えその報酬が、一千万円でも、一億円でも。
その報酬は、きっとあなたの手元に届く事はないのだから。
恐らく見た事もない額の借金が、あなたの手元には残っているはずなのだ。


※扉絵の画像は「5億年ボタン~菅原そうたのショートショート~」の公式HPより転載した物ですが、内容は、本ブログのアレンジで、菅原そうたの
作品とは、大きく異なっています。
もし興味を持たれた方は、本家の作品の方が何倍も面白いので、漫画およびアニメを、ぜひご覧になってみてください。

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