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第213回、T刑事の奇妙な取り調べ事件簿 その2


長年刑事を続けていると、奇妙な事件にも幾つか遭遇をする物だ。しかし今T刑事の前に座っている人物は、T刑事がこれまでに関わって来たどんな事件の殺人犯よりも、奇妙で異常な容疑者だった。

T刑事「お前が一連の殺人事件の犯人なのは、もうわかっている。
だがどうしてもわからないのは、殺人の動機だ。殺された被害者には、何の関連性もない。お前と関りを持った接点もない。お前は一体何の為にこれらの殺人を行ったんだ?無差別に人を殺したいだけの、快楽殺人者なのか?
それとも誰かに依頼をされて、殺しを請け負っているのか?」

容疑者「刑事さん、あなたに話した所で、何も理解をしてくれないでしょうね。でもいいですよ、話してあげますよ。
僕には未来を見る力予知能力があるんです。僕はその能力で、これまでに未来に起こる、様々な凄惨な事件や事故を沢山見て来た。
僕は大勢の人々が死んでいくのを、ずっと前から知りながら、今までそれに目をつむって生きて来たんです。それがどんなに苦しい事かわかりますか?
僕にはその悲惨な出来事を事前に防ぐ事が出来るのに、それをしないで生きて来た。でももう、知らないふりをして生きるのはやめる事にしたんです。
この悲惨な未来の出来事が、僕にしか知り得ないのなら、僕がそれを止めるしかない。だから僕は、それを実行したんです」

T刑事「俺には、お前が何を言ってるのか、さっぱりわからないのだが‥」

容疑者「僕が今まで殺して来た人間は、将来多くの人達の命を奪う人ばかりなんです。事件や事故等その原因は様々ですが、いづれにしても、数年から数十年後に、大勢の人の命を奪うのは確かなんだ。だけどそれらの事を全て僕一人で、平和的に解決する事なんて出来はしない。
未来の殺人犯達に、あなたは将来大勢の人の命を奪うので、それをしないでくださいとお願いをすれば、それらを未然に防げると思いますか?
だから僕は、少ない犠牲で大勢の人の命を救う方法を選んだんです。
そう、その人達が事件や事故を起こす前に、僕がその人達を殺す事でね」

T刑事「正直な所、俺にはお前が狂っている様にしか見えないのだが‥
お前の言っている事は、とても正気の沙汰とは思えない。
未来が見えるだと?人を殺す事で大勢の人の命を救っているだと?
お前はただそんな妄想にとりつかれて、罪のない人達を殺しているだけではないのか?
少なくともお前の殺した人間は、誰も人を殺してなんかいない人ばかりだ。
大勢の人の命を奪っているのは、お前の方なんだぞっ!!」

容疑者「だから話をしても、無駄だと言ったんです。 刑事さんが僕の話を理解できない事は、未来を見る力で見えていましたからね。
ではなぜあなたにこんな話をしたのか、教えてあげましょうか?
僕には自分の身に起こる未来の事もわかるんだ。僕がこの取調室に来る事は予知能力でわかっていた。でもこの部屋から先の未来が、僕にはなぜか見る事ができない。刑事さん、それは多分、僕があなたに殺されるからなんだ。
自分が死ぬ直前の様子は、なぜか予知できていない。でももういいんだ。
大勢の人を殺した僕は、どの道死刑になる事は免れない。だったらここで、自分の予知した通り、あなたに殺されて死ぬのも悪くないと思ったんだ」

T刑事「ここで、俺がお前を殺すだと!?ふざけるなっ!確かに俺は、お前を殺してやりたいくらい憎いと思っている。だか俺は刑事だっ!取り調べを受けている無抵抗な人間を、殺す様な真似をする訳がないだろうっ!!」

容疑者「ふふ、その気持ちが一体、いつまで続くんでしょうね?
あなたはきっと、僕を殺すんですよ。僕にはわかる。その時がもうすぐ‥」

そう言いかけたまま容疑者は、T刑事の前から忽然と姿を消した。あまりの出来事にT刑事は呆然としたが、すぐに他の刑事達に現状の確認をする。
しかし奇妙な事に他の刑事の誰も、容疑者の事を知る者はいなかった。
容疑者の名前も今取り調べを受けていた事も。そしてさらに奇妙な事には、その容疑者が起こした、連続殺人事件を知る者も誰もいなかった。

T刑事が被害者の現状を調べると、それらの人達は全員生きていた。
まるで一連の殺人事件が、最初からなかったかの様に。
T刑事は軽いめまいを感じつつ、その容疑者の名前を、過去に起きた事件を全て記録した、警視庁のデータベースを使って検索する事にした。

検索結果の導かれたその画面には、一件のある殺人事件が表示されていた。
それはその容疑者が1年前、通り魔に会い死亡をしているという物だった。

これは一体、どういう事なのだろうか?
自分は今まで、この人物の幽霊と話をしていたとでもいうのだろうか?
その人物の幻覚を見ていたとでもいうのだろうか?

一年前といえば、容疑者が一連の殺人事件を最初に行う直前になる。
T刑事の頭には、一つのある仮説が思い浮かんでいた。
だがそんな事が本当にあり得るのか?あまりに非現実的な事に、T刑事自身自分の立てたその仮説を、にわかには信じる気になれなかった。
だがそう考えなければとてもこの状態を、説明する事はできないだろう。

容疑者が言っていた様に、もしも未来を予知してそれを阻止する事ができるのだとしたら、同じ様に未来を予知した誰かが、容疑者の起こす殺人事件を事前に防ぐ為に、1年前にこの容疑者を殺したという事ではないだろうか?

それならば一年後の今になってなぜこのタイミングで歴史が改変したのか?
例えばその殺人者が、未来予知だけではなく過去にさかのぼれる能力の持ち主だったとしたら、自分でも言っていて意味がよく分からないが、容疑者の消えたその時に、一年前の容疑者がその何者かに殺されたという事ではないだろうか?

もしそうだとしたも、T刑事には、まだ腑に落ちない事が幾つかあった。
誰かに過去を換えられたのだとしたら、なぜ自分だけはその事を知っているのだろうか?他の人達と同じ様に、自分も書き換えられた別の世界を生きている人間として、今のこの記憶を持たずにいるべきではないのだろうか?
もしかしたら容疑者の取り調べをし、その能力の存在を知る事で、たまたま自分は記憶を維持したまま、歴史の改変を認知する事ができたのだろうか?

SF等に全く興味がないT刑事は、それ以上考えても理解のしようのない事に考えるのをやめる事にした。
だが刑事として、どうしても考えざるを得ない事が、一つだけあった。
もしあの容疑者の言う事が全て本当だったのなら、容疑者に殺さたはずの今生きている被害者達は、いつか大勢の人を殺す事になるのだろうか?

もしそうなら容疑者を殺した人物は、何の為に歴史を改変したのだろうか?
容疑者に殺された人間に関わりのある人物の、恨みによる物なのか?
そもそも容疑者の予知能力自体が妄想で、容疑者の猟奇殺人を阻止する為に本物の特殊能力者が、容疑者の犯罪を阻止する為に行ったのか?
あるいは歴史を改変する事を許さない何者かが、歴史を本来あるべき状態に戻す為に行ったとでもいうのだろうか?

いずれにしろ容疑者同様、未来に起こる可能性のある事件の犯人になり得る人物の存在を知っている自分は、今容疑者と同じ心境に立たされている。

容疑者程はっきりした未来は知らない物の、将来悲劇が起きるかもしれない事を知りつつ、何もしないでいる事の気持ちとはこういう物なのなのだと、T刑事は今、容疑者の気持ちを実感していた。

未来を予知するという事は、未来を知るという事は、何て孤独で苦しい事なのだろうか‥自分はこれから未来を知りながら何もできない、この罪悪感罪の意識を背負って、ずっと生きていかなければならないのだろうか?

幸い時の修正作用が働いているのか、T刑事の記憶からも、今回の容疑者や被害者だった者達の記憶が、次第に失われ始めていた。

未来予知なんて、人には過ぎた力なのかもしれないと、歴史が改変された事で失われていく古い意識の中で、T刑事はそう思わずにはいられなかった。

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