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第252回、シュレディンガーの棺(ひつぎ)


医師「旦那さんはたった今、ご臨終なされました。お悔やみ申し上げます」

医師は旦那の妻である女性に、静かにそう告げた。
還暦を過ぎているその女性は、声もなくその場に泣き崩れるのだった。

医師「あなたのお気持ちは、よくわかります。とてもお辛いでしょう。
その‥お気持ち的にもですが、金銭的にも。ええ口にせずともわかります。
夫婦二人での年金暮らし、今旦那さんに死なれると、旦那さんの分の年金が入らなくなってしまいますからね。
お辛いですよね。 お気持ち的にも、金銭的にも‥

所で奥さん、シュレディンガーの猫というのを、ご存じでしょうか?

ご存じないですか‥ シュレディンガーの猫というのは、毒ガスと共に猫を箱に入れた場合、その猫が生きているのか死んでいるのか、その箱を開けて確認するまでわからないという物です。
もちろん現実的には死んでいるのでしょうが、箱を開けるまでは、その事を誰も確認できないので、生きているとも死んでいるとも言えないのですよ。

それでなのですが、私共は実は、シュレディンガーの棺という物を扱って
おりまして、あなたのような方へのご使用をお勧めしているのですが‥

ああ、何となくおわかりになられましたでしょうか? ええ、そうです。
この棺に旦那様を入れておきますと、棺を開けるまで、死亡を確認できないという物なのです。旦那様はこの棺に入っている限り、次に棺を開けるまで生きているとも死んでいるとも、言えないのですよ。
ええ、そうです。旦那様の死亡は確認されないので、年金は、今まで通りに支給をされる事になります。

もちろんまゆつば物ではありません。本物のシュレディンガーの棺です。
どういう事なのか、これからきちんとお教え致します。

旦那様を普通の棺に入れておいても、中を確認された時点で、遺体の腐食の進行状態から、死亡時期を割り出されてしまいます。
それでは、それまでの年金の不正受給が発覚してしまう事になりますよね。

しかしこのシュレディンガーの棺には、遺体の腐食の進行を止める役割があるのです。もちろん、旦那様が生きているのか死んでいるのか、わからないという事はありません。旦那様は棺の中で、100%死んでおられます。
しかし社会的にそれが確定するのは、次に棺を開けた時なのです。

遺体に腐食の進行がないので、旦那様の死亡時期は、次に棺を開けた時点の旦那様の遺体を、実際にその目で確認された時という事になります。
そうです。もし棺の中を、年金の受給調査員に確認されたとしても、そこで旦那様の死亡が初めて確定するので、それまでの年金受給は、決して不正にはならないのです。

お亡くなりになった旦那様のお葬式をしてあげられないのは、大変お辛い事かもしれませんが、旦那様には、シュレディンガーの棺の中で、これからも生きておいて頂くというのも、選択肢としてありなのかと思うのですが‥

誰もあなたの事を蔑むような事は致しません。愛する旦那様に少しでも長く生きていて欲しいと思うのは、妻として当然の気持ちですから。
自分が死ぬその時まで、旦那様に共に生きていて欲しいと思うのは、むしろ夫婦仲が、むつましい事なのだと思いますよ」

その妻は、しばらく考えるように黙り込んでいたが、しばらくすると決心をしたのか、その提案を受け入れる事にした。
シュレディンガーの棺は、毎月の維持費が必要だったが、旦那の年金受給額から差し引いても、十分に妻の手元に金額を残す事のできる物だった。


同僚の医師「それにしても、シュレディンガーの棺なんて、よく考えましたね。自分には到底、思いつかないですよ」

医師「元々は現在治療法のない末期患者や、不老不死を願う人達の身体を、腐食させる事なく長期間保存する為の技術なんだが、いつ生き返らせられるかもわからない人体を保存しておくよりも、今生きている人の為に、遺体を保存した方が、世の中の役に立つと思ってな」

同僚の医師「実際の所、シュレディンガーの棺の契約者数は、物凄い勢いで増え続けています。今の日本の平均寿命は、シュレディンガーの棺によって引き上げられているんじゃないですかね?」

医師「こんな事を医師の自分がいうべきではないのかも知れないが、人間が少しでも長く生きる事を願った結果が、今の超高齢化社会を築いているのかもしれないな。例え棺の中ででも、生きていて欲しいと願う人間の欲望が、この国を世界一の長寿国にしているんだ。
おっと失言だったかな、人間の深い愛情の間違いだ」

数年後に医師達は、遺体維持と年金不正受給補助罪で逮捕されるのだった。

今回、今一決め手となる画像が得られなかったので、段々悪くなる人相順に4枚載せてみました。
誰かは特定できませんが、こんな役者さん、どこかにいそうですね。

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