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第226回、創作監獄


嘘か誠か日本のどこかに、罪のない人々を収容する謎の監獄があるのだと、ネットで囁かれている場所がある。
いわゆる都市伝説と呼ばれる物だが、長年そうした真偽の疑わしいいわくのついた情報を取材している一人の記者が、今回も噂の真偽を確かめる為に、噂の出どころである、とある建物へと出向いていた。

それは人気のない森の中にひっそりと建っている、レンガの塀に囲まれた
古い洋館で、昔の映画に出て来そうな、いかにもという感じの建物だった。

記者はそのみすぼらしい外観の建物からは想像のつかない、綺麗に内装された応接間へと通され、その建物を管理している館長と話をする事になった。

館長「ようこそ私の運営する施設へ。何でもあなたは、この施設に大変興味をお持ちなのだとか」

記者「この建物は、随分と高い塀に囲まれて、何というか外界から切り離されている様に見えるのですが、ここはいわゆる、監獄‥なのでしょうか?」

館長「随分とはっきりと聞くのですね。まあそうですね。確かにこの建物は見ての通り監獄です。正確にいえば、かつて監獄だった建物を私が買い取り今はある目的の為に使用しているのです」

記者「噂では、この建物には、罪のない人々が多数収容されているとか‥」

館長「確かにここには、何の罪のない多くの人達が収容されています。
でも誤解をなさらないで頂きたいのですが、私達は何も強制的にこの施設に人々を収容している訳ではないのです。
彼らは自ら望んでこの施設へと入り、収容生活を送っているのです。

ああそれと誤解を招くいい方をしてしまいましたが、ここが元監獄だった為に収容と呼んでいるだけで、実際には強制的にここに人を閉じ込めている訳ではありません。ここにいる人達は、自分の意思でいつでもこの施設の外へ出る事が出来ますし、刑ではないので、収容期間も特に決まっていません。
皆この施設に好きな時に入り、好きな時に出て行くのです」

記者「それではここは、監獄だった場所を再利用している、ただの宿泊施設という事なのですか?」

館長「確かに宿泊施設といえるかもしれません。しかしただのという訳ではありません。ここは監獄だった建物を再利用しているだけではなく、監獄に近い制度をそのまま設けています。この施設にいる間、食費や居住費は一切かかりませんし一般的な労働もありません。施設に収容されている人達は、ここにいる間はある事をする代わりに、死なない程度の最低限の生活が保障されているのです」

記者「という事はここは、住む家や仕事がない人達を一時的に保護する為の社会福祉施設と考えていいのでしょうか?」

館長「保護ですか‥ 確かに私達は、ある目的の為に人々の生活を保護しています。ですが誰でも保護をしている訳ではありません。
私達は、ある目的の為だけに生きている人達を特別に保護しているのです。

それは創作活動をしている人達です。活動内容は特に問いません。音楽でも小説でも絵画でも、ここに収容されている人達は、自分の好きな創作活動に生活の心配をしないで、心行くまで四六時中、打ち込んで貰っています。
ここが創作監獄と呼ばれているのは、その為なのですよ」

記者「それではここは、ネットで噂されている様な監獄みたいな所ではなく創作活動をしている人達にとっての、夢の施設なのですか?」

館長「夢のですか‥ 確かに一般的な労働をしないで、最低限の生活の保障もされているこの施設は、見方によっては夢の施設なのかもしれません。
でも所詮は元監獄だった場所です。十分な生活環境は提供を出来ませんし、決してぜいたくな生活がおくれる訳ではありません。

創作活動をしないで普通の生活をしている人達のどれだけの人間が、ここの生活に耐えられるでしょうね。ここは生活の不自由さと引き換えにしてでも自分の人生を創作活動の為だけに捧げる決意のある人の為の施設なのです。
社会に順応して生きる事より、創作活動という欲望に囚われてしまった人を社会から隔離する、ある意味ここは監獄なのだと言えるのかもしれません」

記者「しかし施設で生活する人達が労働をしないで、どうやってこの施設を維持しているのですか? どこかから補助金でも出ているのでしょうか?」

館長「確かに一部の企業や富豪等から寄付金を頂いてはいます。しかしこの施設を維持している財源の多くは、この施設に収容されている囚人達の創作活動で得られた収益によってまかなわれているのです。
ああすみません。元監獄だった習わしになぞらえて、この施設に暮らしている人達を、私達はシャレで、囚人と呼んでいるんですよ」

記者「しかしそんな都合よく、創作活動が利益になる物なのでしょうか?」

館長「もちろん全ての人の創作活動が、利益に繋がる訳ではありません。
むしろ全く目が出ない、利益にならない人達の方が多いです。
しかしその中から僅かでも大成する人物が現れれば、そこから得られる収益は計り知れないのです。私達は全面的に生活の保障をする見返りに、創作で得られた利益を、幾分かこの施設に還元して貰う事になっているんですよ」

そう言ってほほ笑む館長の腕には、かなり高級そうな腕時計がされていた。
成程この応接間が豪華なのも、そういう理由があったのだ。

記者「しかし館長さん。全力で創作活動に打ち込んでも目が出なかった人は夢に破れてしまった人達は、一体どうなるんですか?」

館長「自分の夢に見切りを付けて、いずれこの施設を自ら出て行きます。
そうしてこの施設を出て行く人の事を、監獄の習わしになぞらえて、私達はシャレで、出所と呼んでいます」

記者「最後に一だけつ聞きたい事があるのですが、夢に破れて、この施設を出て行った人達が、再びこの施設に戻って来る事はないのですか?」

館長「まずありませんね。全力で夢に向かって行動した人は、例えその夢に破れても夢が叶わなくても、夢に対して悔いが残らないんですよ。
そういう人は社会へと戻っていき、社会の中で次の人生を歩んでいます。
そういう人を、監獄の習わしになぞらえて、私達はシャレで、更生と呼んでいますがね」

やたらと監獄になぞらえたシャレが好きな館長だった。

館長「最も夢を捨てきれずに、再び出戻りしてしまう人も中にはいます。
しかし私達は、そういう人達も拒みません。
ここは創作監獄です。監獄に入るのに、年齢制限はありませんからね。

記者さん、あなたはここを、随分酷い所だと思われたかもしれませんね。
しかしこの様な場所でも、それを必要とする人達が少なからずいるのです。
人の生き方は、一つの価値観だけで、全てをくくれる訳ではありません。
社会的に正しいとされる生き方からあぶれてしまう人達も、ある程度は必ず出て来てしまう物なのです。その人達の生き方人生観を全て否定して、今の社会に適応させる事だけが、果たして本当に適切な方法なのでしょうか?
そういう人達の価値観に沿った、その人達の生きやすい場所を用意するのも多様な生き方と共存する、一つの方法とはいえないでしょうか?」

記者は最後にこう質問をした。

記者「館長さん、あなただったらこの施設に、入りたいと思いますか?」

館長「私は別に行いたい創作活動がある訳ではないので、二度とここには、入りたくないですね。
ああそうそう、いい忘れていましたが、私もこの監獄の出所者なんですよ。
最も私が入っていたのは、今の施設になるもっと前の事ですがね」

そう言って笑う館長の腕時計をしている手は、よく見ると一つの指だけが、妙に短かった。

この後記者は、施設の各箇所の取材を一通り済ませて、施設を後にした。
ここに暮らしている人達が幸せなのかどうかは、記者にはわからなかった。
もしかしたらこの施設に暮らしている人にしか知り得ない、人生の苦しみや楽しみがあるのかもしれない。
だがそれは、自分が暮らしているこの社会でも、同じ事ではあるのだ。

記者は自分の暮らす街へと戻りながら「人の生き方は、一つの価値観だけで全てをくくれる訳ではない」という館長の言葉を、何度も思い返していた。


※本内容は、多様な価値観や生き方を肯定する一つの手段を提示した物で、異なる価値観の人達を、一般社会から隔離する意図の物ではありませんが、結果的にそのような内容になってしまった事を、お詫び致します。

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