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第248回、タイムルーパーの怠惰な一日


彼はいつもと変わらない部屋で、いつも通りの朝を迎えて目を覚ます。
いつものようにコーヒーを飲み、いつものようにテレビを見る。
テレビではいつものように、車の踏み間違い事故のニュースが流れていた。
この運転手は、車の踏み間違いを、一体何回しているのだろうか?

彼はタイムルーパーだった。ある日を境に、時間が前日に戻るようになり、同じ朝を何百回も迎えているのである。
彼は重度のアニオタだったが、HDDに見きれない程たまっていたアニメは、既に全て見終えてしまっていた。
昨日新たに録画をされた深夜のアニメでは、主人公が同じ夏の日を何十回も繰り返す話が描かれていたが、この話ももう、何回見た事だろう。

彼はHDDの限界まで録画されているアニメを、全削除にした。
普段なら絶対に行えないような暴挙な行為だが、今の彼に躊躇はなかった。
どうせ明日には、HDDは復旧をされたように限界までたまっているのだ。
彼はアニメの原作を書こうと、オリジナルのシナリオ執筆も試みていたが、それももうやめてしまっていた。
いくらパソコンに書いた所で、明日になれば全て消去されているのだ。

彼は冷蔵庫から、いつものように朝食を用意して口にする。
冷蔵庫には、幾つかの飲み物と昨日の晩の食べ残しの食事があるだけだが、彼にはそれで十分だった。
それだけあれば、永遠に同じ日を生きられるのだ。

質素な朝食を済ますと、彼はどこに行くあてがある訳でもなく外出をする。
彼の歩く道路の先では、数分後に交通事故が起きて児童が巻き込まれる事になるのだが、今の彼には、それもどうでもよかった。
以前は児童を救う試みをした事も何度かあったが、その内の幾つかは変質者扱いをされてしまったし、助けた所でどうせ明日になれば、奴らはまた同じ所で車にひかれるのだ。
彼は駅へと向かう。その後ろでは、車の激しい衝突音と悲鳴が巻き起こっていたが、彼がそれに振り向く事はなかった。

彼は電車に乗りながら、今日はどんな犯罪をするかという事を考えていた。
電車の中で女子高生に痴漢をした事もあったが、それももうし飽きていた。
彼は思いつく限りの犯罪は、大体やり終えていた。
その中には、人の命を奪った物もある。
自分が殺されてしまった事もあるが、それでも今日は繰り返されるのだ。
こんな事なら、ゾンビが蔓延する世界にいる方がまだましだと彼は思った。

電車の中には、彼が気になっている女子高生が、いつもと同じ場所にいた。
彼は少し離れた所から、その彼女を見つめる。
彼は勇気を出して、彼女に声をかけようと思った事もあったが、それだけはなぜか行えずにいた。ふられた所で、どうせまたリセットされるのだ。
勇気を出して行ってもよさそうな物だが、彼にとってはそれは、犯罪をするよりも勇気のいる事だったのだ。

しばらくすると、彼女が困ったような顔で体を動かしている事に気が付く。どうやら痴漢の被害にあっているらしい。
それはそれまでの彼の繰り返しの人生には、記憶にない出来事だった。
いやこれまでにもそうした事は、少なからず起きていた。
全く同じ日を繰り返しているはずなのに、記憶と僅かに違う事が起きる事がたまにあるのだ。だが彼はそれをあまり気にしていなかった。
もしかしたらその人物もタイムリーパーかも知れないと思った事もあるが、もし確認をして違っていたら、何だか気恥ずかしいし、それに他人のリープ行為に干渉をするのは、同じリーパーとして野暮な事だと彼は感じていた。

ろくなリープ行為をしていない彼だったが、リーパーとして妙な誇りだけは抱いているのだった。
だが彼女の嫌がる様子を見て、彼の気持ちは大きく揺らいでいた。
自分ですらしたいと思っても行えないでいた彼女への痴漢行為を、他の人が目の前で行っているのだ。彼はその痴漢をうらやまし許せなく感じていた。

彼は勇気を出して、その痴漢を止めに入る。
彼女に礼を言われ、何百回と繰り返されて来たこれまでのループ行為の中で初めて彼女と目が合う。
彼女は目を伏せ目勝ちにして「あの‥いつもこの電車に乗っていますよね」と答える彼女に、彼は驚きを隠せなかった。
これは一体どういう事だろうか?彼女も何百回と繰り返されるこのループの中での記憶を持っているというのだろうか?
まさか、彼女もタイム-ルーパーだとでもいうのだろうか?

等と妄想を抱きながら、彼は痴漢から目をそらして次の駅で電車を降りる。
どうせまたループが起こり、痴漢もなかった事になるのだ。
彼女の心に、痴漢被害の傷が残る事もないだろう。

彼はこれから起こす、犯罪のプランを練っていた。
警察に捕まれば、いつもの取調室へと行き、奇妙な刑事に会う事になるが、それも慣れてしまっていた。

繰り返されるループ世界の中で、どんな罪を犯しても自分だけは許される。だが彼は、それを自分の当然の権利だと思っていた。
他の人達は、ループの記憶を持たずに、この世界を生きているのだ。
繰り返されるループの苦しみを、自分だけが背負っているのだ。
恐らくこのループの時間の先には、人類の存続に関わるようなとんでもなく大きな危険が待ち構えているのかもしれない。
自分はその危機を回避する為に、時間を巻き戻して人類を守っているのではないだろうか? 彼はそんな風にさえ、思い始めていた。

さあ時間だ。今日の犯罪を始めよう。
逃げるだけ逃げて逮捕された後に、取調室で会うあの刑事にこう言うんだ。
「T刑事、こうしてここであなたに会うのは、何百回目でしょうね?」と。


※本内容は「T刑事の奇妙な取り調べ事件簿」のスピンオフ企画であり、
第245回の話の前日譚もしくは、後日譚となっています。

参考ブログ記述
第245回、T刑事の奇妙な取り調べ事件簿 その11 time looper

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