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第225回、T刑事の奇妙な取り調べ事件簿 その5 XーDAY(エックスデー)


長年刑事を続けていると、奇妙な事件にも出くわす物だが、今T刑事の前にいる男は、近年頻繁に起きている事故の、割とありふれた容疑者だった。
いや、はずだったと言うべきなのかもしれない。

容疑者「だから何度も言っているじゃないですか。自分はペダルを踏み間違えてしまったんですよ」

T刑事の前にいるのは、交通事故を起こした人物だった。容疑者はアクセルとブレーキを踏み間違えて、歩行者が大勢いる歩道へと突っ込んだのだ。
ペダルを踏み間違えたと言うのは、道路にブレーキ痕が全くなかった事からも、容疑者の発言を裏付けていた。
だがT刑事は、容疑者の言う事が、今一腑に落ちていなかった。

T刑事「あなたは日本でも屈指の、プロのレースドライバーだったそうですね。今は引退して、運送業で生計を立てている様ですが、そんな車の運転のプロであるあなたが、アクセルとブレーキの踏み間違えをするなんてそんな初歩的な間違いをおかす事があるのでしょうか?」

容疑者「刑事さん、車を運転する人が、人生の内に一体何万回、片方の脚でアクセルとブレーキを踏むと思っているんですか?それだけ踏んでいれば、一回や二回、アクセルとブレーキを踏み間違っても、おかしくないんです。
むしろ一回もミスをしない方が、奇跡と言う物ですよ」

T刑事「その万毎回分の一ものタイミングで踏み間違えてしまった行為が、たまたま大勢の人の中に、車を突っ込む様な事故になってしまったと?」

容疑者「だから、そうだと言っているんです。それとも刑事さん、他に何か理由があるとでも言いたいのですか?」

T刑事「いえ、引退したとはいえ、あなたは元プロのレーサーだった人だ。もし本当にブレーキを踏み間違えてしまっても、あなた程の運転技術がある人ならば、歩道に突っ込む様な事には、ならないのではと思いましてね。
例えばブレーキの故障で止まれなかったとしても、あなたなら人のいる所へ車が突っ込まない様にする事は、十分に出来るのではないですか?」

容疑者「刑事さん、それではまるで自分がわざと、大勢の人がいる歩道へと車を突っ込ませたかの様に聞こえるんですが‥いいでしょう白状しますよ。
確かに自分は自分の意思で、車をわざと人のいる所へ突っ込ませたんです。

刑事さんは自分がなぜそんな事をしたのか、理解が出来ないでしょうね。
自分はある時ふとこう思ったんです。世の中には、人を殺す方法がごまんとあるが、そのどれもが明確な殺意を持たなければ行えない為、捕まれば重い罪に問われる。しかし世の中に一つだけ、明確な殺意があって人を殺してもその殺意を立証する事が出来ない殺人方法があるんです。
それが事故を装った殺人です。中でもペダルの踏み間違いは、それを絶対に故意か否かの実証をする事が出来ない。殺意を持って、意図的にアクセルを全開で踏んだとしても、それを踏み間違えと主張をする限り、殺意にはならないんです。
もちろん運転の過失事故としての罪には問われる事になるでしょう。だが、殺人の意図は絶対に実証される事はないんだ」

T刑事「私にはあなたの言っている事が全くわからないのですが‥ 殺人の意図が実証されない事と、あなたが交通事故を起こす事に、一体どんな関係があるのですか? どの道あなたは捕まって、罪に問われるのですよ?」

容疑者「だから刑事さんに話をしても、理解が出来ないと言ったんです。
世の中にはどうしようもなく、殺人欲求を持っている人間がいるんです。
だがその欲求を満たすには、受ける代償が余りに大きい。だから殆どの人はそれを行わないでいる。だが逮捕されても殺意を実証されずに重い罪を免れるのなら、人生の代償を払っても、それを実行したいと思う人は少なからずいるんです。

刑事さん、今テレビでは車の暴走事故が起きる度に、運転手がペダルの踏み間違えをしたのだと報道していますよね。でもあれだけの人達が皆、本当にたまたまペダルの踏み間違えをしたのだと思いますか?
もちろん中には本当に、ペダルを踏み間違えてしまった人もいるでしょう。
でも車の暴走事故で逮捕された人の中には、交通事故を装って意図的にそれを行っている人もいるんです。この自分のようにね」

T刑事「意図的に交通事故を起こしている人間がいるだと?わざと車を暴走させて、人をひいている人間がいるだと?そんな事がある訳ないだろっ!!それはお前が勝手にそう思っているだけだっ!そんなのは全て、お前の独りよがりな妄想にしかすぎないっ!!」

容疑者「刑事さんに理解が出来ないのは、仕方がないと思っていますよ。
でもね刑事さん、なぜこれだけの踏み間違え事故が、近年増加をしているか考えた事がありますか?

ここだけの話ですが、自分の様な欲求を持つ人間が自分と同じ事に気が付いた人の所には、ある存在からの啓示が降りて来るんですよ。それが何者なのかはわからないが、その存在が心の中に入って来て自分にこう囁くんです。
「ヘイユー、それやっちゃいなよ」ってね。

その声はこうも言ってました。来る日に、皆で車の暴走祭りをするのだと。
その声を聴いた者は、その日に一斉にペダルの踏み間違いをして、車の暴走事故を起こすんです。ああっ自分もその祭りに、参加をしたかったな。
自分は我慢が出来なくて、その日の前に暴走事故をやってしまったんだ‥」

T刑事「お前の言う事を全て信じる訳ではないが、暴走祭りというのは無視する事が出来ない。その日とは、いつの事だ? 一体いつそれが行われると言うんだっ!!」

T刑事が、声を荒げて容疑者に詰め寄ろうとしたが、奇妙な事に容疑者は、
その前に白目をむいた状態で、口から泡を吹いて気を失ってしまった。

T刑事は容疑者の言葉を全てうのみにした訳ではないが、もし容疑者の言う「Xデー」が真実なのだとしたら、それは決して見逃す事の出来る事態ではなかった。

車であふれたこの世界で、僅か1%でもその声に誘導されて同時に暴走事故が起きる様な事があれば、世界は一瞬にして崩壊する事になるだろう。

T刑事「その日とは、一体いつなんだ? そして、その声の正体は‥」

T刑事はXデーもさる事ながら「ユー、それやっちゃいなよ」という、謎の声の正体が、気になって仕方がなかった。

本作品はフィクションであり、実際の事故や連想されるセリフの人物とは一切関係がありません。

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