ストラディバリのコロホニウムオイルニス
ストラディバリのコロホニウムオイルニス(2014.10.5)
【12月5日 AFP】イタリアの弦楽器製作者アントニオ・ストラディバリ(Antonio Stradivari、1644~1737)が作った弦楽器の名品ストラディバリウス(Stradivarius)。
その特別な音色の秘密として木材や接着剤、防虫剤としての鉱液、バイオリンの形状など、専門家の間でさまざまな議論がかわされてきたが、有力視されてきたのは表面の塗装に使われた「ニス」だった。
しかしフランスとドイツの専門家チームが、4年にわたる研究の結果、ニスはごく普通のものだったと発表した。
研究チームは、ストラディバリが約30年の間に作ったバイオリン4丁とビオラ1丁のニスを赤外線で分析した。その結果、ニスの材料として使われていたのは、18世紀の工芸家や芸術家の間で一般的だった油と松やにの2種類だけだったことが分かった。
研究に参加したパリ(Paris)の音楽博物館(Museum of Music)のJean-Philippe Echard氏(化学工学)は「ニスが音色に影響を与えていると言えるだけの知見は得られなかった」と述べた
琥珀(こはく)やハチが作り出す蜂ろうなどがニスに含まれているとの議論もあったが、それらの材料は一切検出できなかったという。さらに、松やにも豊かな色合いを出すために使われた可能性が高く、この他に見つかった赤い顔料も、見た目を変えるために使われたようだという。
研究チームは「ストラディバリは特別な秘密の材料を使わなかったのかもしれない。弦楽器製作、特に木材の仕上げに秀でた工芸家だったのだろう」とし、ニスのレシピは非常にシンプルなものだったと結論づけている。
------以上ニュースから引用--------
という結論ですが、疑問はいくつかあるように思えます。
1.反射FT-IRの精度で松脂・コロホニウムの主成分アビエチン酸(Abietic acid)とサンダラックの主成分サンダラコピコマール酸(Sandaracopimaric acid)の区別は可能なのかという問題。赤外のチャートを見れば一目瞭然というわけではないのです。非常に判別しにくく、しかもオイルニス化で二重結合は酸化しているとするとほとんど同じです。
2.当時の松脂は現代の松脂と精製方法が異なります。それに加え実際にオイルニスを作ると精製松脂は色が赤くないので、どうしても生松脂が必要となります。松脂と亜麻仁油と断定したとしても多くのバリエイションが存在することは、あまり考えられていないようです。
蛍光を見ると分かるのではということになりますが、紫外線のチャートをとった文献があるので、読んでいる最中ですがこれもいくつか問題があります。
300年400年経った松脂オイルニスの経時的なデーターがないのです。
天然物は自然酸化しやすく、蛍光も変わります。私の作ったサンプルも1年で蛍光は変化しています。
コロホニウムオイルニスの作り方 (2014.10.9)
16-17世紀のヴァイオリンニスはコロホニウムのオイルニスで、生松脂が原料であると主張してきたのですが、反論はないのですが、自分で別の方法を探していました。文献にはいくつかありました。
精製コロホニウムの赤いニスの作り方です。
黄色透明な精製コロホニウムを100℃で4時間加熱します。
赤いコロホニウムができます。これはまだ硬く、「ランニングコロホニウム」として販売しているものとは違います。
ランニングコロホニウムは半分液体状で赤黒い「ピッチ」です。
この酸化した赤いコロホニウムはこの色としては正にヴァイオリンの色です。
しかし亜麻仁油を加えてオイルニスとすると、かなり色は薄くなります。
ここで考え方を変えて、亜麻仁油側にも細工をします。「プリペアード・リンシード」の方法です。
以前は特に面白い素材ではありませんでしたが、亜麻仁油が赤くなれば良いのではと思います。
プロポリス(2014.10.23)
プロポリスが入荷しました。
南米産で50gで5000円と高額です。しかし今まで見たものの中では一番黒く、品質がよさそうです。
プロポリスとアロエはヨーロッパ産のものは、EUの「種の保存条約」ワシントン条約などで制限されて入荷しません。
アロエについては前に述べたように「アロエベラ」普通のアロエは対象外です。
当たり前ですが、普通のアロエを大量に栽培しているのでそれが規制の対象になるのは間違いです。
輸入する度に税関で差し押さえられてしまいます。
プロポリスはアルコールに溶かして、場合により火をつけて焼いて色を濃くします。
ヴァイオリンニスにとってプロポリスとアロエは重要な原料ですので、アロエも国内品を探しています。
オイルニスの着色はこの二つの成分が必要です。
弦楽器フェア2014(2014.10.31)
弦楽器フェア2014に行ってきました。
写真は松上さんの琥珀オイルニス(ピュアアンバー)をベースにしたヴィオラです。
製品のヴァイオリンヴァーニッシュ・クラシカル(色付き)とグランドは、サンダラックと胡桃油ですが、こちらより使い易いということでした。この差ですが、サンダラック胡桃油ベースのヴェルニーチェ・リキッダは有名なM社と同じ組成です。M社は現在ありません。これは16-17世紀のオイルニスでコロホニウム系と同じくヴァイオリンニスとしては主流の素材ですが、アンバーはそれより後のものです。
アンバーは色は茶色で濃いのですが、蛍光は明るいオレンジで見た目が美しく皮膜は堅牢です。
私はアンバーの方がヴァイオリン向きであると思います。
そうするとクラシカルのベースにサンダラックを使用する意味が少し変わってきます。
M社のクレモネーゼはこのベースとチンクトリア法マダーレーキで、最高の組み合わせであることは間違いないのですが、技術というものは現存する伝統的な方法を改良していかないと、伝統すら守れないという蒔絵職人の言葉を思い出します。私の作るアンバー琥珀ニスは古典処方ではありますが、細部我流なところもあります。
琥珀が融けやすいようにマステイックや松脂を入れたりはしません。これはマルタンの方法とは違い元に戻っているわけです。
あとはマダーレーキと色の微調整用のレーキの開発が残ります。
ストラジバリの修復の写真には裏側にコチニールレーキの明るい赤紫ピンクががった顔料が゜見えます。
紫のレーキはアリザリン亜鉛やコチニール亜鉛で作ることができます。
赤いニスに少し添加すると赤味が増すからです。
これらの製品化もしたいと思います。
オイルニスのベースについて(2014.11.7)
現在Violin Varnish Ground処方はサンダラック・胡桃油です。
これをベースにClassicalとして色を付けてますが、コロホニウムとアンバーについては着色できないかというご質問が多いのです。またコロホニウムの下地は何を塗るのかということもあります。
サンダラック・胡桃油は色が一番薄く、蛍光も明るいのでベース処方とグランド塗りには適しています。
コロホニウムはコロホニウム独特の赤味と渋さですので、これはベースを活かしてあまり着色しないで使用したいところです。
アンバーは茶色ですが、蛍光が明るく赤いということで、着色のベースには向いています。
この辺は仕上がりの好みの問題です。音はたぶんアンバーが最も良いと思います。
これは私の主観で確証はありません。
下地から着色まで同じ組成で通すことは原則です。
これは収縮率や硬さの違いで経年的にひび割れを考えるとこの結論になります。
現在コロホニウムの色の改良とバリエイションを作っていますので、またマニュアル作りもしています。
コロホニウムニスは、出来上がったニスの色が最後まで変えることが難しいということは分かって欲しいと思います。
塗料技術者としては30年のキャリアがあるので、ひとつ云えることはパーツの多い処方は不完全だということと、グランド、プライマー、着色塗り、トップコートと別の樹脂系で複雑に塗装することは本来「逃げ」の技術で不完全なものだということです。良いものは一つで足りるということです。
コロホニウムオイルニスの塗装 (2014.11.13)
コロホニウムオイルニスはヴァイオリン誕生前からヴィオール類、シトール、シターン、レベックでも使用されていました。初期のヴァイオリンニスはほとんどこのベースですが、今の材料と質が違うことは以前に書きました。
特徴は二色偏光があるため、色が深いのに自然に見えることです。赤く見えるのは黄色成分と緑色成分が波長に存在するためです。RGBの合成波長とこの補色にあたる溶液色の問題は後に書くことにします。
写真は天然生松脂で作ったコロホニウムオイルニスの塗装です。
プロは手の指や手のひらで塗るらしいのですが、とても難しくて、今回は少しテレピン油で希釈しました。
マニュアルを作っていますが、UVボックスがないので一面づつ硬化させてます。
コロホニウムオイルニスは基調が黄褐色で赤味は足りません。
これにやや赤紫のコチニールレーキを少量足して、上塗りのニスとします。(写真1)
練り込んでいくと真っ赤なニスにります。(写真2)
塗装試験ですが、ベースのコロホニウムオイルニスを塗装した状態(写真3)に比べ、このコチニールレーキを少量混ぜた赤を塗ると赤くなります。(写真4)
黄色に紫を足すと赤になる原理なのですが、完全に紫ではどうなるのかはまだ試していません。
ストラジバリの分析でマダーレーキを使わず、コチニールレーキが少量という方法は正しいわけです。
マリア浴(2014.12.11)
ARTE DE BRILHANTES VERNIZES,
e das Tinturas, Fazellas , e como se deve obrar com ellas.
E DOS INGREDIENTES DE QUE OS
JOÃO STOOTER
Art of bright varnishes
ジョアン・スーターという著者が1786年に書いた本は、古典ポルトガル語でラテン語も混ざっています。大変読むのに苦労しています。
(原文)
de goma copal em pedacinhos , e este vidro he escusado pôr ao sol,ou em banho de Maria , pois em casa em dois , ou três dias de per si fica bem dissolvida a goma copal capaz de se coar , e a naõ ser para este verniz copal o espirito de vinho do brado , naõ importa ;
mas para o alambre assim he preciso.
Depois de coado o verniz copal se deixará dois, ou rres dias aclarar.
Pio Leitor aqui tendes explicado ,
ou feito estes dois vernizes aparados , e á vontade podeis misturar,
ou usar de per si só , que o do alambre só he o mais pricioso , e durissimo.
(訳)砕いたコーパルをガラス器に浸して二、三日自宅の日光にあてるか。またはマリア浴に浸けて溶解し、アルコール溶液のコーパルニスができます。
しかしalambreを必要とします。
コーパルワニスをクリアするために2日以上放置した後。
Pio Leitor が説明したように調整した2つのニスを作り、あなたが自由に使用できます。またはそのalambreはきれいで非常に硬くこれを使用できます。
alambre :不明
「マリア浴」とはメアリー・ジュエス(Mary the Jewess)はMaria ProphetissimaともMaria Prophetissima呼ばれた西暦0-200頃に実在した女性錬金術師でした。蒸留装置の発明者です。
コロホニウムオイルニスの塗装2(2014.12.27)
乾燥硬化の改良と新製品として上塗りの赤系になる製品を開発しました。
開発したと言っても、既にストラジバリの頃に行われています。
その再現ですが、仮定どおりごく少量のコチニールレーキで赤くなります。
大幅に塗装回数が減りました。
結論としてテレピン油で2割程度希釈が必要です。
マルチアナヴァーニッシュの着色(2015.1.5)
コロホニウムオイルニスの塗装が終わりました。
このニスは生松脂をランニングして、亜麻仁油と煮て作られるマルチアナヴァーニッシュです。
マステイックを入れるか入れないかは多少解釈と、他の文献処方で異なります。
デメイヤーンのオリジナルは松脂、マステイック、亜麻仁油です。
マスティックは長時間加熱すると熱分解してしまいます。
この下地にコチニールレーキの赤紫を少量加えたマルチアナヴァーニッシュを塗装すると真っ赤になります。
少し真っ赤過ぎますが実験です。
生松脂系樹脂のオイルニス (2015.2.7)
現代のロジンやコロホニウムと生松脂では色の出方がだいぶ違います。
コロホニウムは長時間熱処理しても、実用に近いマルチアナヴァーニッシュは作れません。
今回比較したものは
1.コロホニウム熱処理
2.中国ロジンの熱処理
3.スラバヤ(インドネシア)の松
4.サンダラックとアロエ
5.ヨーロッパ樅(モミ)
どうでしょうか。コロホニウムよりは色は濃くなります。
サンダラックとアロエでも赤くはなりますが、蛍光が暗いはずです。
ヨーロッパ樅はとても良いのですが、焦げやすく使いにくいのが難点です。
スラバヤ松は入手困難です。
最良の方法はイタリア南部の松から採取した生松脂という説がありました。
例の「カラブリア松樹脂」というものです。
赤松あたりでもできるはずですが。
オイルニスの顔料(2015.2.14)
コロホニウムオイルニス(マルチアナヴァーニッシュ)ではアリザリン皓礬(こうばん)レーキを少量練り込むと、赤くなります。アリザリン皓礬は紫色です。本来は茜チンクトリアからマダー皓礬レーキを使用していました。またはコチニールレーキの皓礬バージョンです。
註)明礬は硫酸アルミニウム。皓礬は硫酸亜鉛
コロホニウムオイルニスへウルトラマリンやコバルトブルーを加えると黒になります。
ここまでは上常套敵な手法です。
サンダラック・ウォルナットのグランドでは紫を入れても赤紫でヴァイオリンの色としては使えません。
ある程度赤、つまりマダーレーキやアリザリンロジンレーキが必要となります。
ストラジバリのニスの分析で、マダーレーキが使用されていなかったのはベースがコロホニウム(松脂)だあったからと推測できます。
昔の楽器の修理の映像で内部に紫の顔料の痕跡があります。
近々紫のアリザリン皓礬レーキは販売します。
画材メーカーの顔料は不透明なので、透明になるレーキを試作しています。
アリザリンロジンレーキ・パープル(2015.2.22)
アリザリンロジンレーキ・パープルが完成しました。
販売いたします。
古典的には天然茜と亜鉛のレーキですが、コストがとても高くなります。
コロホニウムオイルニスに少量練り込むことで赤いニスとなります。
下地をコロホニウムオイルニスで塗装して、一層か二層この赤いニスを上塗りすると、オールドなヴァイオリンの再現ができます。この塗装は完成後に研磨していくと剥げたところは下地の色になりレリックな仕上がりになります。
10g 3,000円とまだ少し高価ですが、一日20gを作るのが限度です。
コチニールレーキ(2015.3.4)
コチニールレーキの制作もしました。
紫のレーキでマイケルマンタイプの透明レーキです。
これも製品化します。
少し赤味のあるオイルニスに使用すると、強い赤になります。
この方法ですと赤色のマダーレーキやアリザリンロジンレーキを使用するよりは、だいぶレーキの量を下げられます。これはコストの問題ではなく、透明性でもありません。
顔料は蛍光は不活性ですので、ある程度蛍光を阻害します。
またベースのオイルニスの色を生かした方が自然な感触となります。
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