一番少ないポストに隠した
引っ越しをしよう、という計画が具体的になっていくにつれて、僕のなかで初めての引っ越しのイメージが浮かび上がってきて、それはしだいに経験したことのない記憶とごちゃまぜになっていくような感覚を呼び起こした。厳密には引っ越しが「初めて」ということはなく、10数年前に実家から出てきて一人暮らしを始めたわけだけど、当時は生活に最低限必要な家電と趣味のものをいくつか実家から送ったのみで、ほぼカラっぽからのスタートだったので、荷物や手続きを伴う本当の引っ越しは初めてと言ってもいいでしょう。前回どんな手続きをしたかとか、いっさい忘れちゃってたし。今回は、ねこもいた。
東京を舞台にした歌詞の音楽(銀杏BOYZとか)を聴いていると、存在しなかった10代の青春時代(中央線沿いのアパートに住んで、飲み屋で知り合ったシンガーソングライターの女の子を好きになって振られるような記憶。そんな事実は存在しない)を追体験させてくれるように、この10数年の生活のあいだに読んだ小説やエッセイやマンガが、これから起こる引っ越しについて、存在しない物語を生み出したんだろうな。家を探すときのワクワク、内見して生活を想像する楽しさ、実際の手続きが上手く進んだり躓いたりして想像とのギャップを感じること。住み慣れた街で顔見知りになったコンビニやペットショップの店員さんや行きつけの店との別れにあたって感じる寂寞。若いころに引っ越しを経験しなかったせいか、いま青春を取り戻している感じはする。まぁ、引っ越し先は旧居から電車で10分くらいの街なのだが。
まったく関係ないし一生やることはないんだと思うけど、「夜逃げ」って言葉にすっごいワクワク感を覚えることはあって、きっと金目のものを隠したりある日とつぜんサッと姿を消すことに注力したり、移動先での新しい生活はいろんなものを隠した環境になるのだろう。これは引っ越しとは対極の緊張感があるんだろうなあ、なんてことを想像することもあります。引っ越しは要らないものの処分も考えなきゃいけない"引き算"的な思考で、夜逃げは必要なものをひとつでも多く確保する"足し算"的な思考のものとで行われるのだろう。この段落は、むかしのマンガとかで見かける手押し車に家財道具を詰め込んで家族で夜中に家を脱出する形式の夜逃げのイメージを念頭に書かれています。
「未來」の2023年3月号に投稿したこの歌は、引っ越しのなかの物語を想起して読めるようにと思って作ったわけだがに、夜逃げの文脈でも読めるような気がしてきた。
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