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【出オチ注意】母がくれた5分の愛 | 最初の記憶

今回初めてnoteの企画に投稿してみようと思います。
企画は「#一人じゃ気づけなかったこと」。


「天涯孤独」がテーマのマガジンなのにっ


決まった。。出オチ。。


………。


もうここで笑わないと笑うとこありませんよ?


残念ながら、もう笑うところはありませんが、参加資格は満たさないといけないので、続きを書きます。

天涯孤独を称するValuqueにも「#一人じゃ気づけなかったこと」は流石にあるでしょう。


知らんけど。


………。


ここ逃したら本当に笑わないと笑うとこありませんよ!


天涯孤独を笑い飛ばすマガジン」で笑わらいどころを見逃すとか、あり得ない。。。


仕方ないので、続きを書きますが、


もう笑うところありませんからっ!


さてさて。。

唐突ですが、みなさんの一番最初の記憶(=一番古い記憶)ってなんですか?
幼稚園のころ?どこかに遊びに行った思い出とか?

みなさんそれぞれあると思いますが、私は母との記憶です。
この記憶は少し不思議で、ハタチ過ぎてからふと思い出したものです。


最初の記憶当時、二階建て一軒家の二階に住んでいました。一階の玄関から階段で二階に直行するタイプのやつ。
ある夜に一階の玄関で、母に抱っこされる満面の笑みの赤ちゃん。それがValuqueが知る一番ちっこいValuqueです。
女性でも軽く抱っこできるくらいなので、かなりちっこい。

夜中に玄関先で母親に抱っこされて喜んでる記憶って少し不思議ですよね。実は両親はValuqueが物心つく前に離婚し、父に引き取られました。そしてこの夜は、離婚してまだ日が経ってなかったんでしょう、母がValuqueに会いに来てくれたのです。

厳密に言うと最初の記憶はこの数日前で、「お母さんはどこ行ったの?」と父に質問していた記憶があります。ぼんやりとしたものですが。

状況は分からないけど母がいない。
「なんでいないの?会いたい、会いたい。」と父に何度も何度も聞いていた気がします。

父がどう答えたかは覚えてないけど、まだ純粋な赤ちゃんValuqueは父の言葉をただ信じていたと思います。
そんなときです。


なんと、なんと母が帰ってきた!


もうめちゃくちゃに嬉しかったんでしょう。満面の笑みで抱っこされたのを覚えています。母も笑顔でした。我が子に会えて嬉しかったんでしょうか。ついでに父も笑顔だった。

ずっと会いたかった母親が帰ってきた。抱っこしてくれてる。赤ちゃんはめちゃくちゃテンション上がって、喜んで、そして笑ってる。

ずっと泣いてた赤ちゃんが母親に会えた。そんで抱っこされてめちゃくちゃ笑ってる。良かったな、良かったね。周りの大人も祝福してくれてる。

思い出してからの脚色かもしれないけど、そんな空気が流れてたような気がします。


とっても幸せな時間は、体感というか記憶の感覚で「5分」くらい。
これが一番最初の記憶。そして、残念ながら母との唯一の記憶です。


「天涯孤独を笑いとばせ」というタイトルでnoteを書いているので、当然なんですが自分を天涯孤独だと思ってるんです。だけど、


母に抱っこされてた5分は孤独じゃなかった。


自分の中の天涯孤独の定義は、「孤独を感じる状態」です。
具体的には↓こちらの2つ。

1)適切な関係じゃない
「家族がいるんなら天涯孤独ではなくない?」というご意見もあると思います。確かに家族はいるんですが、Valuqueの家族は一家離散状態。家族はいても会えない、常に悩みの種。。
いるだけでもありがたいけど、どうしても孤独を感じてしまうのです。

2)自分のことを1番に考えてくれる人がいない
「家族以外に友達とかいるじゃね?」というご意見もあると思います。確かになんだけど、友人には友人の家族がいてそちらの方が優先度は上です。。
完全なワガママだけど、Valuqueが優先度1位の人がいて欲しい。。

当時、母も離婚直後でいろいろ大変だったはずです。
そんな時に時間をつくって会いに来てくれた。
母に抱っこされたValuqueを両親が笑顔で見てくれていた。
笑顔のValuqueを見て心から良かったと思ってくれていた。


この5分間は孤独とは真逆の気持ちだった。


自分にも孤独じゃない時間があったって、たった5分だけど、完全に思わせてくれる記憶です。


もし認知症とか悪い悪魔が僕の記憶を1つずつ奪うなら、母との5分間を最後にして欲しい。

僕の「歓喜」の定義は、この5分の記憶に刻まれてる感情のこと。

孤独だけど、孤独じゃない。

さよならだけど、さよならじゃない。


………。


笑うところはもうないと言われて真に受けてちゃダメですよ。。


無さそうに見せかけて、あるんだから。。


僕はこれからもこの最初の記憶に支えられて生きていくでしょう。
たった5分だとしても本当に愛してもらえたから。

時間が短くても本当の愛は心の穴を埋めてくれる。
寂しさから守ってくれるお守りになる。
去っていった母を恨むどころか感謝の気持ちでいっぱい。


5分だけでも愛を残してくれてありがとう。


嘘のような本当のような。あやふやな話だけど。
あなたの大切な人を5分だけでも本気で愛したら、一生モノの思い出をプレゼントできるかもしれませんよ。


知らんけど。


「出オチ」と言いつつ、最後まで笑かそうという気持ちを汲んでいただきたい。

#一人じゃ気づけなかったこと」でした。

ド素人の拙い文章を最後まで読んでくださり本当にありがとうございます! 笑うことは幸せなこと。 もしValuqueの記事で「フッ」と一刹那の笑いでもお届けできたらこの上ない喜びです。 少し笑いたいときに来てもらえる場所を目指して精進しますので、これからもよろしくお願いします!