Main Story - 009 (Case of VALIS)

移動式サーカステント。その中はすでに狂乱の予感に満ちていた。いつものように。
人々のざわめき、時に上がる叫び声のような歓声も、日常の光景だ。
真っ暗な舞台袖で聞くとはなしに準備をしていた6人の少女達は、そのまま自然と円陣を組み、顔を見合わせた。
そして、いつものようにララに視線が集まる。
スウッと息を飲み、5人に向かって叫ぶ。

「今日も、お客全員ひとり残さず! 見せつけて、焼き付けて、虜にする! いくよ!」
「「「We're VALIS!」」」

その勢いのまま、少女達はステージという自分達のフィールドへ飛び出した。

「みんなのところに行っちゃうよっ!」

ステージ上にいたはずのニナは、次の瞬間に客席に移動している。興奮したお客が殺到する前に、また別の場所へと移動する。

「ほらほら、あたしだけを見て~! ま、どれ見てもいいんだけど」

無数に分身したネフィが、ステージのあちこちに散らばって、思い思いに客席にアピールをしている。中には柱によじ登っているのもいるぐらいだ。
たくさんのネフィ達よりもさらに目立つように、ふわっと宙に浮いて大きく手を振るのはヴィッテだ。

「みんなー! ヴィッテも見て見てー!」
「「「ずるじゃん!」」」

たくさんのネフィが一斉に抗議するも、ヴィッテは「べーっ」と舌を出して小馬鹿にする。

「いつまでふざけてるの……!」

その声と共に、ステージ中央に仁王立ちしているララがどんどんと巨大化し、天井を突き破る勢いまで大きくなる。

「ヴィッテ!」
「ごめんなさい~!」

巨大なララに怒られて、逃げるようにステージ上へと戻るヴィッテ。

「まあまあ。そんなに怒らないで、ララ。大切なのは、愛よ」

ミューはそう言うと、ララにハート型のバルーンを手渡す。

「ヴィッテにも」
「わーい!」

バルーンを掲げて、子供のようにはしゃぐヴィッテ。

「みんなも欲しい……? なら、あげちゃう!」

ミューのかけ声と共に、天井から客席へ、大量のバルーンが降り注ぐ。
歓声と共に受け取っているお客を見て、ミューは満足そうにうなずいていたが、ネフィが冷静に突っこんだ。

「ね、バルーンに夢中であたしたち見てなくない?」

あっ、という表情のミューの横で、チノがクスクスと笑う。
笑われたことに抗議の表情を浮かべるミュー。チノはそれを涼しい顔で受け流し、パチン、と指を鳴らす。
と、バルーンはまるで逆再生をしたかのように、するすると天井へと戻っていった。

「巻き戻し」

次々と起こる超常現象とも言うべき出し物に、お客さんは大歓声を送る。

「でもこれは、“力”を使った出し物のひとつ」
「あたし達の歌もダンスも、まだまだ見せてない!」
「ヴィッテ、みんなに聴いてもらいたい!」
「ララ達の本気、まだまだ見たいよね!?」

歓声と悲鳴が同時に上がる。

「最後まで、目を離しちゃダメだぞっ♥」
「みんなの熱い視線を全部、ちょうだい…」

ネフィは愛らしく、ミューは扇情的に、それぞれ客を煽る。

「いっくよー……『残響ヴァンデラー』!」

ニナのかけ声と共に、サーカステントの中の温度が一気に上がった。

ドアが開くと、楽屋は一気に喧噪に包まれた。

「お疲れさま~」
「うんうん、今日も楽しかった!」
「楽しかったー! それと、お腹空いた~!」
「あらあら。じゃあ、すぐにご飯にしましょう」
「みなさん」

先に楽屋で待っていた団長が声をかける。

「ちょっと、ご飯の前にやることがあるでしょ。反省……」
「反省会、だね。もちろん、食事をしながら」
「食事をしながら!」

チノの提案に、ヴィッテとミューがハモって相づちをうつ。

「はいはい。それでいいわ。ていうか、ララもお腹ぺこぺこ!」
「み・な・さ・ん!」

コンコン! と自慢のステッキで床をついて主張をすると、ようやく彼女達はその存在に気づいたようだった。

「あれ団長、いたんだ」
「ええいましたよ最初から。それよりもですね……」
「お疲れさまです」
「お疲れさまでーす!」
「ね、今日もヴィッテ達、サイコーだったでしょ!?」
「誰かに同意を求めるまでもなく、最高だったよ」
「まぁ、今日はなかなか手応えあったわよね」
「それよりもですね!」

ほっとくとかしましくなる彼女達をなんとか制して、話を続ける。

「……なぜ、ショウの演目の順番を勝手に変えたのですか?」

ソートは声のトーンを落とし、彼女達に圧をかけるように話す。

「VALISが生み出さなくてはいけないのは圧倒的熱狂! みなさんの“力”はそのためにある。吾輩とみなさんは取引をしたこと、お忘れではありますまいな?」

コツ、と会話を区切るようにステッキで床をつく。

「だのに、一番の見せ場で“力”ではなく、ただの歌と踊りだけとは! ショウというものを甘く見ているのでは……」
「でも、盛り上がったよ」

団長が作り出していた重苦しい空気などまったく気づかぬ風で、ニナがけろっと言った。

「うんうん、めっちゃアガってたよね!」
「お客さんの歓声すごくて、ヴィッテさいっこーに気持ちよかったー!」
「気持ちよくなりすぎて、あやうくダンスのフォーメーション崩すところだったわ」
「それはダメ」
「いやあの、それは確かですが、当初の段取りというものが」
「団長」

チノが無表情のままずい、と団長の前に出る。

「今夜の売り上げは?」
「それは」
「昨日より上がった? 下がった?」
「……上がりました」
「みんな、いいねの数は?」
「めっちゃ増えてるよー!」
「ええ、とってもたくさん!」

ネフィは両手から、ミューは胸元から、それぞれあふれんばかりの♥を出す。
チノの反対から、今度はララがずいと顔を出してきた。

「実績は出してる。お客も喜ばせてる。文句、ある?」
「それは……」
「ある?」
「……ございません」
「じゃあ、オールオッケー!」

ヴィッテの能天気な声と対照的に、ソートはガクンと肩を落とした。

「ねー、お腹空いたー」
「そうね。団長とのお話も終わったし、ご飯にしましょう」

終わったわけではないんですがなー、と心の中でつぶやくソート。だが、今の彼女達に対して口にするほどの元気はもはや無かった。
入ってきた時以上ににぎにぎしく楽屋を出て、食堂に向かう少女達。
と、最後にドアを閉めようとしたニナが振り替えった。

「はぁ……まだ何か?」

ニナは小走りで戻ってくると、少ししゃがんで団長に視線を合わせる。

「みんないろいろ言ったけど……お客さんに盛り上がって欲しいんだ」

ソートが珍しく、ぽかんとした表情を浮かべる。

「お客さんからわーって声援もらって、ありがとーって気持ちで踊って、もっとすごい声援が来て、お返しだーって歌って、もっともっとすごい声援になって……ほんっとうにワクワクして、アツくなるの!」

ニナー、と廊下の向こうからの声に、はーいと返す。

「最高のステージだよ、VALISは! それじゃ、ご飯いってきまーす!」

一方的に語り倒してドアを閉めて出て行ったニナの背中を、ぽかんとした表情のまま見ていたソートだったが。

「……これは、なんとも」

苦笑とも微笑みとも取れる、複雑な表情で笑った。

「吾輩の意図を越えられるものかと思っておりましたが、こうもあっさりとクリアされると、いやはや」

ヒゲをなでつけながら、ぽつりとつぶやく。

「『星はそれぞれの軌道を行くべき』――ですか」

まるで古くからの親友に語りかけるような柔らかな響きを持ったその言葉は、誰にも聞かれることなく消えた。
そしてカツン! と、ステッキで床を突く、ひときわ大きな音が響く。

「ですが、その道の先がどこに繋がっているか……その先に何が待ち受けているのか、もう少し想いを馳せてもよいのではありませんかな、お嬢さま方」

ソートは窓から外を眺める。普段そこにある巨大な月はない。新月だからだ。
強烈な月明かりがないので、天空の星々がいつも以上に瞬いている。
同時に、地上にある星の輝きもまた見える。

――“本来はこの世界にないはずの、摩天楼の輝き”だ。

「みなさんを待ち受ける『シンセカイ』は、どのような場所なのでしょうなぁ……吾輩も、もう少し愉しませてもらいましょう」

そして、ソートはくるりと振り向いた。

「そしてこれをご覧の、あなたにも。もう少々、お付き合いいただきますよ」


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