Main Story - 003 (Case of VALIS)

長机の端に立つ団長が、座っている彼女達に向けて演説めいた口調で話をしている。

「えー今宵は、来るべき新たな挑戦に向けて、英気を養うためのディナーであり……」
「フォークとって！　あとお皿足りない！」
「お水お水〜！　意外と辛かった！」
「お肉、相当奮発したね」
「はむ……はむ……」
「VALISが次のステージに進むための大勝負！　そのためにも……」
「ちょっとそれわたしも食べたかったやつー！」
「おかわりすればいいよ」
「だから誰かお水とってってば〜！」
「おかわりお願いします〜」
「はむ……はむ……」

が、誰も聞いてない。
彼女達は目の前に並んだごちそうを食べるのに忙しく、団長の長ったらしい話に耳を貸す余裕など、つけあわせのパセリほどもないのだ。
しかし団長もまったく動じずに、自分のペースで話を進める。

「そう、ついに『あちらの世界』に打って出る！　VALISのパフォーマンスで『あちらの世界』の人々を瞠目させる絶好の機会です！」

その一瞬だけ、食器が鳴るトーンが下がる。
あちらの世界。
6人それぞれ理由は違えど、逃げて、見捨てられた世界。そこでもう一度、自分達がここにいると叫ぶことができる。爪痕を残せる。その願いは、6人同じ。
そして高ぶった想いは——食欲にぶつけられた。

「お料理もっともっとー！」

「ミュー、それはなんだい？」
「カレーよ。欧風カレー、とってもおいしいの」
「こっちのお皿は？」
「グリーンカレーね。辛さが最高！」

ミューの前には、色とりどりのカレーが盛られた皿が並んでいる。ちなみにカレー以外は一切ない。

「ね、そんだけカレー食べて飽きないの？」
「……だってカレーよ？」

何をおかしなことを言ってるの？　という顔で見つめられて、ネフィは話を続けるのをやめ、自分の食事に集中した。

「それにしても、見事だね」
「？」

突然話を振られたネフィに、チノがナイフとフォークを指差す。

「食べ方。綺麗だ」
「あ……そう？　普通じゃない？」

平静を取り繕いつつ、クセが出ちゃったか……と少しモヤッとした気持ちになる。あんな家で躾けられたことなんて、思い出したくもないのに。

「ネフィ、これもおいしいよ」
そう言って骨付きチキンを差し出してきたヴィッテを見て、内心でウッとなるネフィ。
人に取り分けられるのが、なんか生理的に苦手だ。こういうパーティーでは、自分の食べたい物を自分で取って、あとは手をつけないのが普通。
……なんだけど。

「……なんか、めっちゃおいしそうに見える」

こっちに来てから、妙に肉が美味しく感じる。今ヴィッテが差し出してる肉も、肉汁があふれててキラキラしてて、かぶりつきたい……

「だからおいしいって言ってるじゃん」

そう言いながらヴィッテはパクッと一口食べて、うんうんと満足げに頷く。
そして、はい、と差し出してきたチキンに、ネフィはたまらずかぶりついた。

「……マジうま」
「ねー！」

他人が口付けたやつとか絶対嫌。あっちの自分ならそう思うはずなのに。そんな疑問は、チキンのおいしさの前にすぐに消えた。

「あれだけ上品に食べていたのに、急にかぶりつくなんて。ネフィも意外と食いしん坊だね」
「そういうチノは食べてるの？」

ニナに言われて、くすりと笑うチノ。

「ステーキを2枚ほど」
「そんなに！？」
「普段はカロリーブロックで満足してるんだけど、不思議だ。みんなと食べてるからかな」
「だよねだよね！　みんなで食べれば、どんな食事もおいしい！　っていうか、団長の用意してくれた料理、みんなおいしい！　このパスタも絶品だよね〜！」
「ニナはもっと肉を食べるべき」

ララはそう言いながら、衣のついたロースかつを食べる。

「ぶー。いいじゃん好きなもの食べるぐらい。ヴィッテだって」

とニナが見ると、ヴィッテは口の周りをチョコレートだらけにしていた。

「このチョコケーキおいしー！　オペラ？　だっけ？」
「ヴィッテは本当にお菓子が大好きね」
「栄養バランスの偏りは心配だけど」
「って、カロブばっか食べてる人がなに言ってんだか」

話題がヴィッテに移りかけたのを、ララが引き戻す。

「パスタとかお米とか炭水化物ばっかじゃ、筋肉がつかない。それに太りやすい」
「それ以上にレッスンしてるから大丈夫ですー！」

そう言いながら、ふたりはテーブルごしに向かい合う。
ニナとララ、ふたりのやりとりに、他のメンバーが黙る。この前のこともあり、どうしても身構えてしまうのだ。だが、その緊張は一瞬で解けた。

「えい」
「あ」

ニナが隙を見て、ララの皿にあったロースかつをフォークで刺して食べてしまったのだ。

「うん、これもおいしー！　ヤミヤミー！」
「ララの……！」
「行儀悪いよ、ニナ」
「あらぁ〜野蛮。お育ちが悪くてらっしゃるのね！」

ネフィのいつもの茶化しも入って、いつもの彼女達の空気に戻る。

「わたしのも食べていいよ」
そう言って、皿に山盛りのパスタを差し出すニナ。ララは苦笑しながら、それをつつく。

「はいはい。炭水化物も、持久力に必要だしね」

「さぁてみなさん、おかわりはいかがですかな？」

団長がパチンと指を鳴らすと、小さな羽根の生えたドール達が、自分の身体よりも何倍も大きなお皿を持って飛んでくる。

「「「食べるー！」」」
「パスタ、これだけあるとわんこそばみたい！」
「いや、そばじゃなくてパスタでしょ」
「わんこパスタ？　なにそれヤバイ」
「わんこ……？　ドッグフード？」
「あらあら、ヴィッテのお家のわんちゃんはパスタ好きなの？」
「そのわんこじゃないしー！」

騒がしくも楽しい食事会は、まだ終わりそうにない。