Main Story - 004 (Case of VALIS)
「ララ、ちょっと相談が……」
お客さんのいないステージ。そこでひとり練習しているララを尋ねたニナ。
彼女の目は、ステージ上に釘付けになった。
髪を振り乱し、飛び散る汗も気にせず、一心不乱に踊るララ。キュッ、キュッっという靴の鳴る音以外は、荒い息づかいだけが聞こえる。
力強く伸ばされた指先にも、魂が宿っているようだ。
その踊りを観るだけで、いかにララが現実世界でのステージにかけているかが伝わってくるようだった。
「あらあら、今日はずいぶん飛ばしているのね」
後ろからつぶやき声が聞こえて振り返ると、そこにいたのはミューだった。手には、お手製らしきサンドイッチが、ラップに包まれている。
× × ×
遡ること少し前。
ミューはキッチンで、全員分のサンドイッチを作っていた。
「こう……トマトを薄く切るというのは、なかなか難しいね」
「ごめんなさいね、チノ。難しかったらわたしがやるから」
「いや、逆に集中して、頭が空っぽになっていい」
ミューの横では、薄くトマトを切ることに集中しているチノの姿。包丁を手にしてトマトに向き合う姿は真剣だが、手元はだいぶあやしい。
トマトを切り終え、ふう、と息をついたチノは、ミューが作ろうとしているサンドイッチに目をやる。
「おいしそうだ」
「そう? よかった」
「だけど……サンドイッチというより、ハンバーガーのような厚さだね」
「最近、ララもみんなも、よく食べるから」
そう言いながら、手際よく次のサンドイッチの具材を並べていく。
「それに、小さいころ思わなかった? 口いっぱいに頬張っても食べきれないぐらい、ぶあついサンドイッチが食べたいって」
そう? という感じで肩をすくめるチノ。そのまま次の戦場となるトマトへと向き合う。
ミューはニコニコとサンドイッチを作っていった。
× × ×
「人の練習を黙って見ていたなんて趣味が悪い。声かけてくれればよかったのに」
ステージの端に座り休憩中のララは、少しむくれながらも、ミューお手製のサンドイッチを受け取る。
「あはは……ごめんね! すっごいかっこよかったから、思わず見とれちゃって。っていうか、息するのも忘れちゃってたかも!」
「調子いいんだから」
そう言いながらも、サンドイッチを一口頬張って、目を見開く。
「おいしい……!」
「よかった」
一心不乱に食べるララに、満面の笑みのミュー。
「じゃああたしも一個も~らいっ」
ステージでわちゃわちゃと話しているのを聞きつけたネフィが、いつの間にか背後から忍び寄り、ミューの手元からサンドイッチをかすめ取る。
「あらあら。あわてなくても、みんなの分はあるから」
そんなやりとりを横目で見つつ、ララはニナに。
「で、何か用?」
「あ、そうだ! 練習、見てもらおうと思って!」
× × ×
「あぁ~疲れた~!」
「練習見てって言ったのあなたでしょう!?」
「わたし、ダンス苦手だった……」
「だから練習するんでしょう!?」
自分から志願したものの、ララの熱の籠もった指導に早々に根を上げたニナは、がらんとした観客席に座ってへばっていた。
練習相手がいなくなり肩透かしを食らった形のララは、次のパートナーを探して目線をさまよわせる。
「ネフィ」
「あたしは自分でやるからパース」
ララが眉根を寄せてネフィに何か言いかけたところで、ミューが自然とララの隣に立った。
「わたしと一緒にやってくれる?」
「ん」
簡潔に返して、ララはダンスをはじめた。ミューもそれに習い、踊り始める。
それをニナは、ぼうっとした表情で眺める。
「綺麗だよねぇ……ふたりって。息ピッタリだし」
「ま、ララとミューってなんか付き合い長いっぽいし?」
「うん……」
ネフィの返答も上の空という感じで見つめるニナ。
突然、ハッとした表情になると、バタバタと出口に走り出した。
「へ?」
取り残されて、呆然としたネフィ。
取り残されて、呆然としたネフィ。取り残されて、呆然としたネフィ。
少しして息を切らせて戻ってきたニナは、スケッチブックと色鉛筆を抱えていた。
そのまま、すごい勢いで絵を描き出す。
「うわ……すご!」
ララとミューのダンスがちょうど終わったのと同時に、ネフィの感嘆の声が上がった。
「?」
ニナはスケッチブックを手に、ステージに上がってきた。
「ふたりを見てたら、描きたくなっちゃって!」
そう言ってスケッチブックを開いて見せる。そこには、躍動感あふれるふたりの絵があった。
「上手い……」
「あらあら、まあまあ」
「ね、マジですごくない?」
ネフィがまるで自分の手柄のように話す。
と、見入っていたララがなにかに気づいた。
「……ニナ、このポーズって」
「あ……バレた? 実はちょっといじっちゃったのです」
ニナはいたずらがバレてしまった時のように、ペロッと舌を出す。
ララとミューは目配せをして、その場でさっき踊っていたダンスの一節を踊り始めた。
ただし、最後の決めポーズはニナの描いた絵と同じに変えて。
ララは確認するかのように、ニナとネフィに問いかけた。
「……どう?」
「あぁ~! やっぱりそっちの方がいい!」
「うんうん、イケてる! 照明でのシルエットもそっちの方がかっこよく見えるし!」
「自分達で踊ってるだけだと気づかなかったわね、ララ」
「……まぁ、それはそうかも。やるじゃん、ニナ」
「えへへ~そうでもないよ~」
謙遜しつつも、まんざらでもない表情を浮かべるニナだったが。
「じゃ、今度はニナも含めてこのポーズの練習するよ」
「えっ、えぇ~!? これは、ふたりでやるからかっこいいやつだって~! それにこのポーズ、体勢キツそう……」
「いいからやるの!」
× × ×
「あれ~? みんないる~」
結局ニナも練習に巻き込まれ、ヘトヘトにへばった頃にふらりとやってきたのはヴィッテだった。
口にサンドイッチをくわえたままニナがしゃべる。
「ふぃっふぇ」
「食べてからしゃべる」
「ヴィッテもサンドイッチ、食べる?」
ミューが差し出したサンドイッチに飛びつくかと思った周りの考えとは違い、ただ首を横に振るヴィッテ。
「あれ珍しい」
「どうせまたおかし食べ過ぎたんでしょ」
「そうなの?」
ニナ達の会話に答えることもなくステージを指差し、
「そこ、いい?」
ああ、と答えたララの方を向きもせず、ヴィッテはステージの真ん中に立つと、いきなり歌い始めた。
甘くて力強いのに、聴いていると切なくなる歌声。
細い足をふんばり、耳と尻尾をピンと伸ばし、まるでひとつの楽器になったように声を出すヴィッテ。
と、最後の一節を歌い終わり、誰もいない客席のさらに先、真っ暗な空間に最後の音が吸い込まれるまで、その場にいた全員が微動だにせず聴いていた。
「……わたし、今度こそ息止めてた」
「ララも」
「最高だったわ、ヴィッテ!」
しかし当の本人は気にした様子もなく、てとてとと歩いてミューに抱きついてきた。
「つかれた~」
「ヴィッテが、自主的に練習するなんて……」
「珍しいこともあるよね~! 明日は大雨? それとも槍が降るかも!」
いつもの茶化しをするネフィの目を不思議そうに見つめるヴィッテ。そして、普通のトーンで。
「ヴィッテね、歌うの好きなの」
「え」
「歌ってると、どんどん自分じゃなくなっていくみたいな感じがしてね、ふわ~って浮き上がるみたいなの」
「あらあら、本当に飛んでいったら、ヴィッテは天使様になっちゃうわね」
いつもの調子に戻ったヴィッテの横で、ネフィはひとり目線をそらした。
× × ×
こちらの世界ではいつも夜だが、もちろん真夜中もある。
他のメンバーがみんな寝たり帰ってしまった後。
ステージに、ひとりで踊るネフィの姿があった。
「ここで……こうで……!」
ララの時と同じく、靴の鳴る音と荒い息づかいだけが響く。
だが、真剣だがどこか余裕もあるララの踊りに対し、ネフィのそれは切羽詰まったような何かを感じさせた。
ステップを踏みきれず、バランスを崩し、思わず手をつく。
「っ!」
バン! と大きな音がするが、次の瞬間には顔を上げ、立ち上がろうとする。
と、そこではじめて客席に座っている人物の姿が目に入った。
「チノ……」
「ごめん」
何に対して謝ったのかは言わないまま、チノはステージの元へと歩みを進める。
「あ……いやーこっちこそごめん! 気づかなくって~。なんか急に練習とかしてみよっかな~って思ったんだけどさ」
ネフィがしゃべっている間も、チノは黙ったまま歩みを進め、ステージへと上がってきた。
「やっぱキャラじゃないよね~ララじゃあるまいし。なに熱くなっちゃってるんだか。空気読めって感じ?」
なおもしゃべろうとするネフィの言葉を遮るように、チノはスッとタオルを差し出した。
「いいと思う」
一瞬あっけにとられた表情をするネフィ。差し出されたタオルを掴み、言った。
「いい、かな」
黙ってうなずくチノ。ネフィはタオルで顔を思いっきり拭いた。
「一緒に練習していい? ネフィがよければ、だけど」
ネフィは顔を拭いたまま、いいよ、とだけ答えた。
× × ×
ネフィも帰った後。ステージ上でひとり座って、真っ暗な客席を眺めるチノ。そのまま後ろに倒れ込み、大の字になる。
VALISのサーカステントの天井は暗く、まるで星空のない夜のようだった。
だとすればこのステージだけがこの世かな? と考えて、ひとりでくすりと笑う。
その笑いもすぐに引っ込み、いつもの無表情に戻った。
彼女達が現実世界のステージに立つまで、あと1週間――
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?