Main Story - 005 (Case of VALIS)

その場を支配していたのは、重苦しい沈黙だった。
VALISとして初めての現実世界でのライブ。『あちら』に乗り込み、自分達の力を見せつける。そのはずだった。
椅子に座りうなだれる者、壁にもたれかかり悔しそうに歯がみする者、ただただ悲しい顔をしている者――表情は違えど、抱える思いは同じ。

「みんながんばった……わよね」

なんとか励まそうとしたミューの声も、場の空気に飲まれて虚空へと消えてしまう。
そんな沈黙を、無遠慮に破る声。

「ま、こんなものでしょうなぁ」

いつの間にか来ていたソートに、驚く者はひとりもいない。
ララが食ってかかる。

「こんなものって……どういう意味?」

怒りを含ませた足音を立ててソートの元へ向かう。ララ、というミューの制止の声も彼女の耳には入らない。

「ララ達はまだ本当の実力を出し切ってない!」

ララの叫びは怒りよりも悲痛さが目立ってしまっていた。だが、仲間達の心を動かす何かはあった。

「そうだよ……だって、3人ずつでしかライブできなかったし!」
「6人揃ったのにやれたの、バックダンサーだけだよ!?」
「ダンスだけじゃ、ララ達のすごさは伝わらない! 歌ってこそよ!」
「ええ、ヴィッテの歌声をもっと披露できれば、みんなもっと褒めてくれる」

バン! と机を叩いて立ち上がったのは、ネフィだった。

「次のチャンスがあれば、きっとうまくやれる! だから!」

そんな彼女達の姿をゆっくりと見回した後、ソートは心底残念そうに言った。

「嘘はいけません」

え、という口の形で固まってしまう少女達。

「吾輩、嘘はあまり好きではありません。特に自分自身につく嘘はもっとも嫌いでして」
するりとした足取りでネフィの元へ行き、見上げるような視線で言った。

「うまくやれる、なんて思っていないでしょう? 今のままでは」
「……!」
次のターゲットはララだ。

「バックダンサーに甘んじたのも、納得したのでしょう? あの歌声を聴いたら」
「違う……!」
「嘘は嫌いです」

いつものソートらしからぬ、ピシャリとした物言いに、次の言葉を飲み込むララ。
と、それまでずっと黙っていたヴィッテが、ぽつりとつぶやいた。
「……すごいよね、あの子」


一緒のステージに立っていたのは、彼女達と同じ、ひとりの少女だった。
だが、そこには決定的な違いがあった。
儚げながら圧倒的な存在感を持つ歌声に震え、彼女の声と自分達の踊りがかみ合い、作品を作り上げている高揚感が確かにあった。
けれどそれは、ひとりの少女の歌声によって作られる作品であり、彼女達は――

「私達はパーツだった。彼女という作品を作るための」
「わかんないよ……わかんない」

つぶやきだったニナの声は、やがてみんなに聞こえる大きさとなった。
ネフィが、絶望した表情でぽつり、とこぼす。

「何が違うの!? 同じだよ! 同じステージで、同じように歌えるのに! それなのに!」
「実力、カリスマ、若さ、実績……すべてが違います」

ソートの言葉に、またも皆が黙りこくる。

「まさに輝かしい可能性と言えましょう」

ネフィが、絶望した表情でぽつり、とこぼす。

「……また、なんだ。こっちでも……」
「でも、ヴィッテだって歌は好きだよ! 歌えって言われたら、あの子みたいにも歌えるもん!」

ソートはそんなヴィッテを見つめ、静かに首を横に振った。
「それは、あの少女のニセモノでしかありません」

『ニセモノ』という言葉が、少女達の耳にいつまでも残る。

「そこにあなたはいませんよ、ヴィッテ」

これ以上ないほどに、彼女の耳がうなだれる。天真爛漫な彼女のそんな姿を見て、仲間達も何も言えなくなってしまった。
うつむく彼女達の前で、ソートはヒゲをいじった後、大仰なポーズで手を広げた。

「さて、本日はそんなみなさまに、すばらしいご提案があります」


チノはひとり、廊下の窓辺から空を見上げていた。
こちらの世界では、空は不可思議な色をしている。何より月がありえないほど大きい。
まるで空に黄色の大きな穴が開いているようにも見える――そんなとりとめのない考えをしていると、つんつん、とやわらかいもので肩をつつかれた。
見ると、ニナが両手にマグカップを持っている。

「ココア、飲む?」
「ありがと。だからって、しっぽで人をつつくのはどうかと思うけど」
「えへへ~。便利なんだよね~これ」

それからしばらく、ふたりのココアを飲む音だけになる。

「チノは、どうするの?」

問いかけられたチノは答えずに、空に開いた穴を見ながら、さっきソートに提案された言葉を思い出していた。


――『ホンモノ』になるためには、力が必要です。それも、圧倒的な。
チノは視線をニナに向けて、どうするの? と目で尋ねる。

「わたしは……正直、こわい」

力には対価が必要、ともソートは言った。
――天秤のようなものです。力を与えるのですから、相応のものを頂戴しないと釣り合いません。


「何を奪われるのかわからない。こんな取引、普通はしない」
「だよね」

そう言って苦笑いするニナ。
チノは、自分の頭についた獣の耳を優しくなでた。

「でも、わたしたちは、もう普通じゃない」
ニナは、それには答えず、残り少なくなったマグカップのココアを見つめた。

客を誰も入れていないステージ。
その中央に、少女達の姿があった。
一様に思い詰めたような表情をしている。

「ニナは?」
ララの言葉に、首をふるだけのチノ。
力を得ることを望むものは、月食の夜、真夜中0時に、ステージへ――
団長の言葉に従い来たのは、5人。

「呼んでくる?」
「自分で願わない限り、力は手に入りません」

ミューの言葉を、ソートは静かに否定した。

「わたしも!」
その声で、ピンライトが彼女に当たる。

「わたしも……お願いします!」

ニナはかけて、少女達の作る輪の中に入った。
ソートは懐中時計を取りだし、時間を確認する。

「時間です」
それだけ言い、どこからともなく取りだしたステッキを、高々と掲げた。

「では皆々様、成り果てましょう――『ホンモノ』に」


サーカステントの外にいてもなお、少女達の悲鳴が漏れ聞こえる。

「もっと、もっとちょうだい……もっともっともっと! 足りない足りない足りないのぉ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! こんどは! じょうずにやるから!! だからぶたないでぇ!」
「やだ……おねがい……いかないで……ひとりにしないで!! ここはやだよぉ!!」
「……こんな思い……するなら……死んだ方がマシ…………死にたい……」
「助けて……! 苦しいよ……! ねぇ、見てないで! ……おねがい……たすけて……」
「違う! わたしは悪くない! そんなつもりじゃなかった! 信じて! ……そんな目でみないで……違うの!!」

その叫びを、嘆きを、嗚咽を、聞き届ける者はいない。
さらに時が進み、彼女達の声が力尽きた時、何者かの声が響いた。
――Fais ce que tu voudras.


「おっつかれ~! いやー大成功だったね!」
「みんなマジで口あんぐりしてたし! ていうか過去最高の♥数?」
「ヴィッテ、まだまだ歌い足りない!」
「あらあら。でも……わたしも同じ気持ち!」

いつもの楽屋に、少女達が駆け込んでくる。
それぞれいつもの鏡の前に座り、汗で少し落ちてしまった化粧を直しにかかる。
VALISの最新公演は、新たに手にした彼女達の『力』を見せつけるものだった。今までになかった表現、パフォーマンス、歌声……客席は熱狂を越え、狂乱の一歩手前といったテンションだ。
これならいける……! そう思いながらララは、アクセサリーケースのフタを開ける。
と、見覚えのないイヤリングが、中央に大事そうに鎮座していた。


「ちょっとネフィ、またイタズラして」
「はい?」

これ、と言いながらそのイヤリングを見せる。

「勝手に変なもの入れないで。こんなのララの趣味じゃないし」
「いや知らないし。ていうかなんであたし!?」

またいつものケンカか、とあきれ顔で見ていた仲間達だったが、ミューが異変に気づいた。

「それ……いつも付けてたじゃない」
「ちょっと、ミューまでのって悪ふざけしないで」
「そういうつもりじゃ。でも、お父さんからもらった大切なものだって……」

そこで、一同が静まりかえる。

「ララ……なんで泣いてるの?」

何を、と思って鏡を見ると、そこには無表情のまま、涙を流してる自分の姿があった。

「…………え?」


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