見出し画像

下ネタを喋るな

 10月に入り、過ごしやすい季節になってきました。夜風が心地よく、目覚めの良い朝も増えてきてとても嬉しく思います。

 皆さんはいかがお過ごしでしょうか。肌寒い夜にいつもより少し分厚い布団を被ってみたけどなんだかんだ暑くなって、冷たいフローリングに足の裏をピタリと付けてみたり、革ジャンを羽織ってみたもののいざ日中外に出てみると意外と暑くて、脱いだ重い革ジャンを手に持ちながら、革ジャンには適温がないことを実感したりしていますでしょうか。

 ってかおい、終わりのラジオみてえなこと言ってんじゃねえぞ。季節の話を頭から始め出したラジオの寿命はもうそこまで来てんだ(ミスチル桜井)。死亡フラグを自ら立てるんじゃねえ。この戦いが終わったら故郷に帰って両親と慎ましく暮らすんだろ??

 しかし実際に自分のnoteの脈の低下を肌で感じている。書くこととやる気がフェードアウトし始めている。助けてくれ、もう山には登りたくない。

 僕のnoteなんて正直何書いたって良いんだけど、書くならちゃんとまとめたいなんて気持ちもあったりするので、せめてラーメン評論にならなようには気をつけているつもりだ。

 こういう、何にも浮かばない時というのは僕の頭の中は下ネタで満たされてしまう。幼い頃からそうだ。どこかで読んだのだが、小さい子供というのはうんち、おしっこの排泄に対する快感とうんち、おしっこという言葉を直接頭の中で結びつけてしまっているため、そのような言葉を使うことに対しても心地よさを感じるのだと言われている僕はもう大人だ。しかし、うんち、おしっこは今でも面白い。僕は毛が異常に濃い老け顔の子供なのだ。

 これは日頃から周囲に力説していることなのだが、やはりうんち、おしっこが一番面白い。祖のお笑いだと思っている。僕は死ぬまで言い続けるだろうし、介護ベットでうんち、おしっこを連呼しながら血圧を測っている僕がそこにはいる。血圧は健康そのもの、介護士にスリッパで叩かれ続けたお陰で頭髪の禿げ上がった僕はニッコリ笑っていることと思う。うんち、おしっこは一生笑えるコンテンツだ。

 しかし、そのような下ネタに対して嫌悪感を示す人は少なくはない。なんなら世間の過半数が嫌な顔をすることだろう。もちろん、それは僕も理解しているつもりで、話す相手も選んでいる。下ネタというのは配慮の上に成り立っているものであって決して人に不快な気持ちを発生させてはならない。

 こういうことを考えるといつも思い出すことがある。それは成人式での会話であまり関わったことのない同じ中学校の同級生に言われたこと。それはあまりにも生々しく、登場人物が傷つく話だったし、具体的にここで述べることも憚られる事だったから当時の僕は苦笑いも出来なかったと思う。しかし彼はそれを嬉々として話し、まるで武勇伝のように語っていた。これもジャンルで分けてしまえば、下ネタなのだが僕は全く受け入れられなかった。

 別にこれは妬みや羨望と言った気持ちでは全くない。一切の曇りもない生理的嫌悪。今すぐそいつの親に言いつけてやりたかった。その袴を剥ぎ取って冷たい中禅寺湖でクロールさせてやりたかった。そのまま華厳の滝から落下しながら108回身体を捻って水面に激突して欲しかった。飛び込めよ、未来のオリンピアン。

 もちろん、違う仲間内ではそれは笑い話になるんだろうし、実際にそれは彼にとって鉄板のエピソードだったのかもしれない。しかし、そのエピソード内では事実、傷つけられた人間がいるわけでそれを武勇伝のごとく話す彼を軽蔑するほか無かった。焼き鮭には醤油ではなくポン酢の方が美味しいという僕の気づきの話の方が100倍は有意義であろう。

 僕はこういう生々しい話が非常に苦手でたまにWebサイトに流れるエッチな漫画の広告すらキツい。特に例のあの坊主が嫌いだ(参照:カラミざかり)。もし僕がそいつと同級生だったら毎日鼻くそのついた手であの坊主頭を撫でていたことだろう。しかし、この感情は多分妬みだ。

 話す側と聞く側だけならまだしも、そこに新たに笑いとして消費される第三者が現れると言うことは聞く側にとって聞いてはいけないことを聞いてしまった罪悪感、いとも簡単に想像ができてしまう情景に対してのはっきりとした生理的嫌悪などの精神的なダメージは少なからず負うが、自分の知らぬところで自分の痴態や秘密をパートナーの小さなマウンティングに利用された第三者は一番の被害者だと言っても過言ではない。

 生物としてこのようなことは避けては通れないことだとは分かってはいるが、我々は理性のある人間であって本能で動く獣ではない。言わなくて良いこともある。そういうことは胸の内にひっそりと仕舞っていて欲しい。

 本記事の目的はここまで述べた性の生々しさというものを苦手な人間がいると言うことをみんなにただただ知っておいて欲しかったということだけ。しかし、別にこれは僕個人の感想であるし、しかも、うんち、おしっこが一番面白いと言うことも決してない。

 


そして、僕の願いをもうひとつ。


この世の全てのヤリサーは燃えて無くなれ。



 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?