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彼女がいることをなんとなく匂わせて〜な。

2021/12/03 pm:09:34

冥婚って知ってる?


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分かりやすく言うと死後結婚のことよ アジアの一部で今も続いている慣習で、亡くなった故人同士の結婚式を生きている人間が執り行うというものでね

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これだけ聞けばそういうのもあっていいかなって思うんだけど、子供が亡くなってからまだ生きている同じぐらいの年齢の相手を探して、目星をつけておく家族もいるのよ 中には病院にまで行って探す人たちもいるって話...人様の文化にはあれこれ言いたくないけど、これは流石にひどいわよね?

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でも、遺族には結納金が入るから自分の家族が幸せになれるならそれはそれでいいのかもしれないわね...

自分がもし冥婚の花嫁になったのなら、自分の家族がどう結納金を使うかちょっと覗いてみたいわ

献杯の席で親戚一同熱海旅行の計画を立ててなんかいたら、幽霊の私は坊主の頭をぺちぺち叩いて爆笑するでしょうね 呆れて怒りなんて忘れてしまうわ

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あ、確かに!そうね、冥婚相手の旦那さんとずっと一緒っていうのも嫌よね

喧嘩しても一緒 耳の後ろが臭くなってきても一緒 地獄に落とされちゃったらついて行かなくちゃならない

別れることができても慰謝料は六文銭 レジ横の募金箱に躊躇なく入れるわ

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自分が死んだ後の世界ってなんだか妙に魅力的というかどうみんなが過ごしてるか気にならない? あ、ちがうちがう! 決して私に自殺願望があるわけじゃないわ!

ただただ、興味があるってだけよ、心配しないで

家族は私の話をしてくれるかしら 高校時代に椎名林檎に病的なまでに憧れていた私がナース服を身に纏って学校の保健室の窓ガラスをパンプスで蹴り割った話なんかを楽しく話してくれてると嬉しいわね 次の日からクラスで私は『透明人間』と化したわ 

おい、笑えよ


でも、こうして会話しながら歩くって楽しいわね

付き合ってくれてありがとう

私たちって似たもの同士でちょっとズレた人間だから、こんな話を出来るのはあなただけよ


そうねえ...地獄に行く前に浮遊霊としてせめて家族の熱海旅行には付いていきたいわ


私のお金でどんなお宿に泊まるのかしら...ふふふ



2021/12/04 am:08:02

ピンポーン

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ガチャ

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「いらっしゃい、まあ入りなよ」

こいつの名前は佐藤。

こいつとは昔からの付き合いなのだが、その佐藤が急に昨晩、「ついこの間引越しが終わって、ようやく落ち着いてきたところだから遊びにでも来い」と連絡をしてきたので僕は今日佐藤の自宅に訪れている。

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おじゃましまーす

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よいしょ、靴を並べて....

ん?一回り小さくて内側がフワフワの靴が置いてある。レディースの靴だ。

なぜ、女性モノの製品がこの部屋に...。


まさか、彼女と同棲でもしているのか?いや、しかし、最近特にそんな気配を佐藤は見せていなかった。

…うん、そうだ、佐藤は『週刊 彼女を作る 1\1スケール』を定期購読しているに違いない!創刊号は『駅前クリスマスツリーの下で待ち合わせ ふわふわムートンブーツ』690円(税込)だ。

足元から製作していくタイプなのだろう。顔は最終刊までのお楽しみというわけだ。

洋ゲーのキャラクリのような顔が届いた暁には慰めてやる。まずは唇を削る作業から手伝ってあげようじゃないか。


…とかいうあるはずもないことを妄想している自分が心底嫌になる。誰か殴ってくれ。あの、肩パンとかで、後引かないやつで。

はあ、何を考えているのか僕は。どうやら僕は佐藤に彼女がいることをどうしても信じたくないらしい。


まあいい、彼女がいるとなればこの部屋にはたくさんヒントが隠されている。

なにがヒントになるかわからない。今日はとことん目を光らせていこう。



ん?

これは....

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これは、キャッチャーミットとグラブだ。ここに組であるということは、キャッチボールを交わす相手がグローブを持っていないということ。つまり、女性である可能性が高い。愛のバッテリーを組みませんか、なんて言ったりしてわき腹を小突きあっている。やかましい。佐藤、こいつは彼女を相方と呼ぶタイプの男だ。


ここで最終確認。彼女がいるかなんて洗面所を見れば判断がつく。

ただの独り暮らしであれば歯ブラシは一本で十分なはずだ。

手を洗うついでに見ておくか.....。


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...まあ、あるよね~

微笑ましい二つ並んだ幸せのコップ。こちらまで優しい気持ちになってくる。あぁ、この歯ブラシで洗面器の黒ずみを落としてあげたいよ。チクショー、羨ましい。

園児が麦茶飲むときのコップで口をゆすいでるあたり彼女も佐藤と同様にかなりの曲者なのかもしれない。

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ん?片方の歯ブラシが全く使われてないな。

しかし、少し前にした宅飲みで佐藤は「先祖代々そうだから」とかいう不可解極まりない理論で歯磨きを回避していたのでこの歯ブラシがただのインテリアと化していることに関してなんら不思議に思わない。


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「Don’t be shy...」

やはりこいつに....佐藤に彼女が存在することが明白になりつつある。

だが、これを僕自身の口から尋ねるのは絶対に避けたい。なぜなら単純に悔しくて僕自身が泣いてしまうからである。へへ、わかっちゃうか~なんて言いながら顔が赤くなった佐藤など見てしまったら、僕は何をするか自分でも分からない。一通り暴れた後、今年の漢字を大きく床いっぱいに書いてしまうだろう。今年の漢字は「獄」です。地獄の門を開けようじゃないか。

目の前で相方とディープキスをされても「彼女いたんだ」とは決して聞くものか。お茶も彼女の分は机上には置かない。知らない人にはお茶は出しません。


決めた、僕は佐藤にどれだけ彼女の存在を匂わせられても決して自分からは尋ねない。



「おい、何ぼーっとしてんだよ、早く入って来いって」

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このカブトムシのたくさんいる木に父親を案内するような眩しい笑顔。彼女が出来たであろう今もこいつは昔からずっと変わらない。なかなかに憎めないやつである。

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「まあとりあえず座りなよ」

「ほれ、飲み物はグレープジュースでいいだろ?」

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これはうれしい、ご丁寧にストローまで。

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コト

!?

匂わせ露骨だな~。

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チュー

吸いづら.....2倍のカロリー使わせんな。

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はあ、血尿パンパンの膀胱みたいで嫌。


ところで、その絆創膏....

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「絆創膏?あーこれね、最近料理練習しててさ、怪我しっぱなしなんだよ」

いや指全部いくことある?ドリアンの皮を素手で剥くとかしない限りそうはならないと思う。

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「大切な人に食べて貰いたくて、さ」

うるせ~~~、令和になって鼻の下をかくな。

しかし、佐藤は僕が小さなうんこを小のレバーか大のレバーで流すか便器の前で悩んでいる間、密かに彼女を作ろうと行動に移していたわけであり、彼女が欲しいとぼやくばかりで何もしなかった口だけの僕とは雲泥の差である。そこは見習わなければならない。


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「ちょっち、おしっこ垂らしてくるから」

「あ、そうだ冷蔵庫にチーズケーキがあるから、切って机に持ってきて置いて」


えぇ、それ僕の仕事なの!?

…ったく

ブブ ブブ ブブ

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アラーム??あ、佐藤の携帯か。

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うるさいなあ

スッ

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うわ、ちゃっかり、彼女を待ち受けにしてやがるよ。

にしても"生活"が過ぎる。家から出ろ。

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まあ、頼まれたからにはケーキを切り分けてやるか。

これか、だけどなんで僕が切り分けるんだ。自分で言うのもアレだが僕は客人だぞ。アフタヌーンティースタンドに盛り付けるまでが迎え入れる側の義務だと思う。

僕がミシュラン審査員だったらどうする気だ。ミシュランガイドに著名なシェフのモノクロ写真と共に佐藤の遺影と死因が掲載されることになるぞ。佐藤だけひらひらの黒リボンがついている。かわいいね〜。

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まあ、いい。人の冷蔵庫をじろじろ見られる機会もそうは無い。

ガラ

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へ?

このカップル、パピコを日頃のルーティンに組み込んでんの?

パピコは二人で食べるべきアイスだ。ここにあるということは共に食べる相手がいるという事。ああ、さすがだ佐藤。彼女の存在をプンプンに匂わせてくる...。


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にしても、ホワイトサワー味が極端に少なくはない?


「ホワイトサワー味は弱いんだ」


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え?

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「だからチョココーヒー味には決して勝てない」

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「弱いものは強いものに淘汰される。当たり前の話だろ?」


”力”に対しての認知が歪みすぎている...。

幼少期に自分の村を焼かれてないとこうは育たない。


「いいからケーキを切り分けろ」


うす

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しょうがない、包丁はこれか。

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カツ

カツ?中に何かある?

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え?

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ええ?

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ええええ?

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は?

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負けましたわ。


これもう匂わせるとかじゃないよ。うんこ直嗅ぎだよ。


佐藤、お前のその努力には脱帽だ、あっぱれという他ない。

僕に彼女がいることを匂わせたいからと言ってなぜここまで出来るのか。もう素直に言ってくれていいのになと思う。しかし、不思議と嫌ではない、むしろ楽しめた。そうなのだ、佐藤はなかなかに憎めないやつなのである。


ああ、チクショー羨ましいなあ。認めるよ、僕は佐藤に嫉妬していた。

幸せを匂わせてくる佐藤と今の自分と比べて僻んでいた。幸せの基準は自分自身が決めべきなのだ。比べようだなんて間違っている。

しかし、僕はなぜ佐藤の幸せを素直に喜ぶことが出来なかったんだろう。無意識に佐藤は僕より劣っていると見下していたのかもしれない。だとすると僕は人間として未熟だった、浅はかだった。

そうだ、まずは佐藤の照れた顔でも拝むことにしよう。ここは佐藤の新たな門出を祝おうじゃないか。



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もうさ、いまさらなんだけど、聞くわ!

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佐藤、お前彼女いるの?

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「へへ、わかっちゃうか~」

あ、暴れようかな。

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「まあ、彼女隣で横になってるから挨拶していきなよ」

まさか、今家にいるとは思わなかったが、これはいい機会だ。たくさん話したいことがある。

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コンコン

彼女さーん、お邪魔してます

僕は佐藤の友達で、今日遊びに来てて~


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ちょっとご挨拶だけでも

...開けますよ~

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ガラ

初めまして~、僕、佐藤の友達の....

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ちょ.....え?これどういうこと?は?



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おいおい、佐藤。彼女さん血が出ちゃってるぞ...

なあ、なに突っ立ってんだよ…

おい!救急車呼べって、このままじゃ死んじゃうって!

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......早くしろって!


スッ

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うっ....

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え?

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2021/12/03 pm:09:48

え?家族のためならどんな使い方されてもいいのかって?

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そうね、でも変なお金の使い方されたら流石に怒るわ 

なんとなくでNISAとかに入れられても嫌ね いっそ玄関先にバカでかい犬の置物買って欲しいわ! え?これは変じゃないわよ 私、犬好きだし

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やっぱり、誰かと話ながらだと夜道も怖くないわ ありがとうね、ミチコ

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ワイヤレスイヤフォンほんと便利よ、あなたも買った方がいいわ 

え?バカでかい犬の置物買っちゃったからお金がない?

なによそれ...最高じゃない! うん、家についたし うん

じゃあ、電話切るわね…

ブチ




カシャ

「なあ」

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「俺、熱海のいい旅館知ってるぜ」


…え?

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2021/12/04 am:08:52


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「やっぱりお腹からだと深く刺さるなあ」

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「悪く思わないでくれよ、こんなことでお前が親友だってことは変わらない」

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「この部屋には俺がいた証拠は見つからない、指紋だって残しちゃいない」

「あるのはお前の指紋の付いた包丁と二人仲良く並んだ死体だけだ」

「この部屋にはお前と彼女の生活の痕跡で溢れている。警察はこの部屋の状況を見て彼氏が無理心中を図ったカップルだという結論を出すだろうな」

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「ともかく、俺は一切この出来事に関わっちゃいない、お前が勝手にやったことだ」


「おいおい横に寝ている女性はお前の彼女なんだぜ?」

「もう少し喜んだらどうだ?」

「お前がいつもいつも彼女が欲しい、なんてうるさいから仕方なく俺が手伝ってやることにしたんだ。全てはお前のためなんだぞ」

「助け舟を出してやったわけ。まあ渡るのは三途の川だがな」


「これで終わりもなんだし...なんだっけ?メイコン?の儀式でも執り行ってやるよ」

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「はあ~、ペアリングまで付けて!ため息が出ちゃうぐらい眩しい二人だ」

「やっぱり俺の目は正しかったよ。バス停で待ってる彼女が目に入った瞬間にお前にぴったりの女性だ、と思ったんだぜ」

「親御さんも彼女の一人も連れてこないお前を心配してたろうよ。でもこうやって”彼女がいたこと”を匂わせられるんだから満足だろ?」


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「あぁ、とてもお似合いだ。ずっと独りだったお前にも最後にパートナーを用意してやったんだから感謝しろよ?」

「......こういう時、なんて言えばいいんだっけか.........」


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「お幸せに!」



2021/12/04 am:09:04

心肺停止











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