見出し画像

「エヴァーメイデン ~堕落の園の乙女たち~」の感想

読了したとき、「これで終わりか…」という一種の寂寥感に苛まれてそれだけ物語に没入していたということに気づいた。とてもおもしろかった。
心地よい雰囲気を纏っており、ずっと浸っていたいと思わせる不思議な作品。

プレイ時間は約10時間弱。
個別√が存在せず、エンドも4種で終盤で分岐するので実質一本道。
フルプラとしては短い部類だけど作品としての完成度が高いので気にならなかった。個人的にはプレイ時間長くても薄味のカルピスみたいな話を出されるよりはギュッと濃縮された原液を出されたほうが好きなので大満足。


成人向けの百合ゲー。のちにコンシューマ版も出ている。
禁欲的で閉ざされた女学院と異能力の特化を学んでいく少女たち、耽美な世界観と秘められた謎が魅力。この「謎」っていうのは学園の秘密もそうだし、少女たちの感情も含まれている。
物語の伏線が後半で回収されていくのは見事、小気味いい。

じつはSF要素が絡んでくるが繊細な世界観を壊さずうまく調和されていた。
ライアーの別作品(名前を出すとネタバレになるので書かない)で耽美からSFになる物語があるんだけど、そっちは若干萎えになったので叙情と理知は両立しにくいと思ってたがそうでもなかった。
というかエヴァーメイデンはSF部分である発達した科学、「中央」という地域や外世界のディストピアは掘り下げず、少女たちのミクロな語りに焦点をズラさなかったのが良かったんだと思う。アルエットは外の世界の旅人だったようだけど、そこも掘り下げられなかったし。

恋愛ってロジックじゃないけど、おたがいが惹かれていくにはそれなりの理由とか思い出を重ねていくもので、この作品はそこが非常にうまい。

冗長でもなく物足りないわけでもなく匙加減が丁度いい、洒落たテキストが繊細なティーンの揺れ動きを描いていた。
価値観が違うタイプでもこれは惹かれるしおたがいを好きになるわ…と納得。特に「葛藤」がうまかったね。この作品の女の子たちはアルエット以外は大体なんらかの葛藤をしていて、その違いも良い。


百合としてのカップリングも豊富で、主人公組も良いし他のカップリングも好き。個々のキャラが立っていてテキストも良いしBGMも雰囲気が出ているしグラフィックも素晴らしい。もちろん声優さんの演技も最高。
百合ゲームを探しているひとには胸を張ってオススメ。

あと耽美作品って退廃ゆえの蠱惑とか悲愛を描くことが多いけど、本作は過程でそこを描きつつも最終的には「最も希望ある結末」に辿り着けたのが嬉しかった。語り部であり主人公のアルエットが野の花を彷彿させる明朗快活な少女で彼女が堕ちていくのはちょっと違うかなー、って途中で思っていたので。だから「エヴァーメイデン」に最も近い完璧な乙女のルクをこちらに堕落させて一緒に生きていく、というトゥルーはかなり刺さった。

あと、読了した直後あたりで公式から設定資料集が電子販売された。うれしいタイミング。
購入して拝読してみたが満足度が高くてこれもオススメ。
本編のスチルに加えて各キャラのラフスケッチ、ライターの意図のコメントに各カップリングのSSも収録されていて本作を気に入ったひとはこちらもぜひ。


振り返るとテキストが非常によかったな。
海原さんはフェアレクシリーズで信頼していたが今作も素晴らしい。描写がイイ、簡潔で比較的誰にでもわかる言葉で心情をすっと掬う。難しい言葉を使うのは簡単だけど普遍的な言葉で深みを出すっていうのはなかなか難しいと思う。

キャラが魅力的だからこそ日常がもっと見たかったという気持ちもあるが、逆を言えば無駄な箇所が一切ないということ。
決して長くはない物語で分岐も少ないが、関係性の推移の描写等は大満足。

主に3つのカップリング、アルエットとルク、マコーとパヴォーネ、ロビンとキャナリーに焦点を当てて物語が進んでいく。
価値観の違う女の子たちが惹かれ合う描写がうまい。自分が女性だから余計思う。マコーの持つティーンの少女の潔癖さとか。
恋愛の瑞々しさや輝かしい部分だけではなく、性愛への戸惑いや相手を思うからこそ憎悪にも近くなる等、デッカい感情がとにかく良かったね。

あと瞳の描写が印象的。ルクの氷のように冷たい水色とか、マコーの美しい青とか。マコーがルックスは野暮ったいが瞳の美しさは目を惹くっていう描写があったけど、立ち絵もそれを見事に表していた。彩度が高めのブルーで吸い込まれそう。これは大石さんの技術の妙。

「本当に見せたかった景色に比べて、あまりに小さいけど。海もないし」
「そんなことはないよ。完璧。……海なら、ここにあるじゃない」
戸惑い、「どこに」と返しかけて、マコーは気づいた。
パヴォーネが、自分の瞳を覗きこんでいる。マコーの瞳の青に、知らないはずの「海」を見ている。

「星がゆらゆらしてる。綺麗だね。そこまでも泳いでいけそう……」
「パヴォーネ」
マコーもじっとパヴォーネの瞳を見つめた。この瞳もまた海なのだとしたら、きっと夜の妖しさと払暁の清らかさが溶けあう、朝焼けの色だろう。

──吸い込まれたい。
ふと、そんな想いが生まれた。

2章終盤


アヴェルラが特に好きなので、彼女が救われるエンドが無いのはちょっと残念だったが、そこは納得。
なぜかというと、この物語は始まった時点でアルエットとルクの物語で、さらにアヴェルラはネヴァーメイデンと一体化していて、言うならば開始時点で彼女は詰んでいた。だからアルエットと結ばれるには倒錯的なエンドしかないよな…。
でもイイ女だった、アヴェルラ。金髪縦ロールの美貌で選民主義の高潔と思わせて卑しい生まれによるコンプレックスがあるとか好きでしょ、みんな。

グラフィック担当の大石竜子さんは自分が大好きなクリエイターで、今作でもその独特で唯一無二な色彩とテクスチャで描かれるかわいらしい少女たちにメロメロ。
年々画力が凄まじいことになり、一種の絵画、イコンのようだった。エヴァーメイデンの世界観は彼女の絵無くして成立しなかったでしょう。

声優さんも良かったね、全員合っていた。
パヴォーネ役の野月まひるさんが特に光っていたように思える。特徴的なハスキーボイスがパヴォーネのファニーな部分と色気にぴったり。てかアドラー先生と同役だと気づかなかった。声優さんってすげー。


唯一欠点を語るならライアーのシステム。
UIや画面設計は世界観に調和して美しい(種を集めていくマップとかね)だけにゼロ年代から多分ほぼ変わってないコンフィグには気になった。Forestもこんなんではなかったか?いや選べる機能は圧倒的に増えたけど22年の新作ゲームにしてはやや不満が残る。

特にログがホイールで1回転ごとにしか追えないのは不便、まとめて見させてほしい。
ここだけはライアーソフトさんどうにかなりませんかね?