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「蝶の毒 華の鎖」の感想

※読んだのはPC版、公式チャンネルのOPがswitch版のみなのでそちらを引用。動画自体はPC版と同じ。

2011年5月27日にアロマリエより発売された、アダルト乙女ゲーム。
キャッチコピーは「毒を持っているのは誰?」

百合子の誕生日に催されたパーティー。
野宮家は子爵とはいえ困窮しており、それは精一杯の見栄の宴だった。
娘を深く愛する父が無理をして盛大な祝いをしてくれたのだ。
内情を知る幼なじみの秀雄に呑気なもんだなと揶揄され、集まった華族たちに嘘寒い世辞を言われ、百合子は耐え切れず逃げ出そうとしていた。

舞台は大正時代の東京。
ヒロインは由緒ある華族の家に生まれながら、呪われた運命に翻弄されてゆく。

FANZA商品紹介ページより引用

おもしろかった。丸木さん執筆のノベルゲームはほぼ読んだが、純粋培養の穢れを知らない主人公が新雪を踏み荒らされる展開が好きすぎだろ、「執着」が好きすぎだろ。大正モノというのもライターの他作品(創作小説)を見て「好きなんだな…」と思ったし、筆がノっているうえにライターの性癖が生き生きしているので、この作品はめちゃくちゃ面白い。リビドーが解放されているエロゲは面白い。文華、ノベルゲー復活して令和の恋愛ゲームの天下取ってくれ。アンビバレンスな情緒と魂を引っ搔くようなBAD ENDをうまく書けるライターは貴重。

以下、ネタバレ

シナリオ

長くない、中編くらい。ボイスを全部追わないタイプなら個人√は2時間程度で終わるが、濃厚なので気にならない。満足感が高い。
ライターはハイティーンの現役令嬢なのか?と思うほど、百合子の心情が瑞々しく生っぽい。潔癖な少女の部分と性に目覚める女性の境目がうまい。あと、百合子が特別な体臭を纏っているからか、香りに関する描写が多い。攻略対象の異性に対するそれぞれの評の違いが面白く、とくに真島に対しての評は真相も相まり、切なかった。

各キャラに2つ以上あるBAD ENDが濃いのも丸木節が効いていて、短いのに実が詰まっている。この作品がたくさんの可能性を追えるノベルゲーという媒体なのもあって、人間の多面性を濃密に味わえた。
ENDによっては百合子がメンブレしたり身売りしたり、自らの行動で思いを成就させたり女探偵として活躍するが、それが物語上の都合ではなく、百合子自身の成長や環境によるもの、という「説得力」がうまい。
ただ、BADはDLsiteのR18音声作品みたいなアブノーマルな性癖がいきなり出てくるのでちょっと面白い。藤田√の姫様の乳は笑うだろ。

留意するべき箇所は攻略順。解放されるロックがほぼ掛かっていないので順番をミスると真相を知ってしまう/勘づいてしまう。
ほんのすこしのミステリー要素である犯人当てもそうだし、それに付随するアレコレとかを知ってしまうと他√を読むとき食われてしまうかも。

グラフィック類

天野ちぎりさんの描くCG、立ち絵が良い、繊細で美麗。蝶毒は10年以上前の作品だが今でも通用するほど美しい。
画力が高く、百合子の嫋やかな身体も、斯波のような雄々しい体格も、瑞人のような細身な骨格も描けていて絵が上手い。
濡れ場で男性も女性も肉体美を描くのは成人向け乙女ゲーならではだと思った(ギャルゲのスチルは男性の身体はおざなりに描かれがち)。
美麗なキャラクター絵と比較すると、背景画はチープだが発売時期を考えれば許容範囲。

システムは世界観に合わせて機能名が漢字だったので若干使いにくかったけどそれも許容範囲。
あと、音楽は大正時代らしいアンティークなリズムで良かった。

総評

10周年を過ぎても人気、且つ曲芸商法を続けているのがなんかオモロい(揶揄じゃなくて単純に感想として「いっぱい出ててオモロい」の意味です)が納得もする。switch版などさまざまなコンシューマ版が出ているが正直R18以外だと半分くらい発禁になりそうな淫靡で倒錯した作品で、乙女ゲー界では代わりの効かない、耽美でコケティッシュな世界観は唯一無二。キャラクターも良い、そして自分が丸木先生の文章が好きなので、とても面白かった。FDもやります。

あと「毒を持っているのは誰?」について。攻略対象の男たちでもあり、百合子自身でもあり、黒幕の真島でもあり、万華鏡のようにいくつも解釈出来るのが良かった。真島√では百合子が真相を知らないし、真島自身が百合子という「毒」に犯されて行動していくのがinterestingの意味で面白かった。

好きな結末は斯波BADの「後悔」(死が近くても変わらない斯波の一途さ)、鏡子エンドの「女郎蜘蛛」(強●で男嫌いになってしまった百合子と蜘蛛のように男の主導権を握る鏡子、たくさんの人形と耽美で妖艶な女関係)、真島BADの「おかしなお姫様」(どうしようもない”おしまい”なのに真島が唯一愛を直接ささやく)と「悪人」(性的関係が無い相互執着の兄妹系好き)、共通BADで実質真島ENDの「上海愛玩人形」(「甘い甘い人形の時間は、永久に、ゆっくりと流れてゆく─」)。


以下、キャラ感想。

斯波 純一

大金持ちの貿易商の男。
幼いころに出会った百合子を心の支えにして一途にアプローチをしている、というのがベタで、なおかつ彼が俺様系なのも相乗でベタ。屈折した関係が多い蝶毒のなかでストレートで気持ちの良い男だった。また、攻略対象のなかで肉体接触がいちばん早いのがオモロ。
斯波はBAD「後悔」が好き。百合子は復讐目的で彼と結婚するが、毒を盛られていても彼女を一途に愛していた斯波の想い、日記のシーン、これまたベタだが染みる。
ほか攻略キャラ√でも斯波と婚約するのがこのゲームの面白いところであり成人向けならではだなー、と思った。

藤田 均

鉄面皮の異国の使用人長。
活動館行ったり料理作ったりピアノしたり日常ほのぼのかわえーと思ったら、バッドで藤田が犬になって姫様の乳でデカい声で笑った。惹かれあうのにすれ違う主従関係ならではの切なさが姫様の乳に持ってかれた。
乳は置いといて、藤田は見た目とは裏腹に湿った男で以下の文章が印象的。乙女ゲーでこういった、いわゆる「カッコいい」とは真逆で「病みの雄々しさ」とも違う、卑屈な湿り気はめずらしい。さらにこの文では百合子が主導権を握っていると思いきや、最後で逆転するのが面白い。

【藤田】「姫様だってどうせ私の腕からすり抜けていくくせに、なぜそんな挑発をなさるのですか……」
悲しげで、そしてまとわりつくような目だ。
それはまさに女性そのもののような、熱い陰を孕んでいる。
【藤田】「どうせ私を捨てるんでしょう……?今は私が思い通りにならないから、躍起になっているだけなんでしょう」
【百合子】「……お前……、言っていることもその顔つきも、本当に女性そのままね」
こんな頼りないことを言っている男よりも、大半の女性は傲慢だが男らしい斯波を選ぶだろう。そして、浮ついているが素直に甘えて来る瑞人を選ぶだろう。
けれど百合子は、この卑屈で臆病な藤谷に、どうしようもなく惹かれていた。
この情けない男が、熱に溺れる様を見てみたかった。
自分を、欲しがってほしいと願った。

尾崎 秀雄

幼馴染枠、眼鏡の軍人。
行為の際の眼鏡の差異(冷たい銀縁眼鏡で守っていた優し気な表情)で心情表現するのがアダルトゲームならでは。バッドエンドで剃毛といい藤田といいBADで突然の性癖開示がなんかオモロい。

瑞人

浮世離れした美形の兄枠、と思ったら血縁関係が無かった…。血縁関係ならではの倒錯した関係、葛藤はあったから良かったけど人によっては最後に真相を明かされるのはぶっ倒れるゾと思ったら真島の衝撃が。血縁のブラフを別の血縁で賄うパターンは初めて見た。
あと瑞人√終盤の、血縁関係がじつは無い告白に対する真島の「この家の呪いは……あなた方を、侵しはしなかったようだ……」で、真島ってホントは百合子と血の繋がりが?と勘づいたので瑞人√は終盤にしたほうがいいかも。

あと心中エンドが多すぎる、蔵の中で燃えるのが印象的。尾崎との3pエンド出たのはやっぱ丸木っちはこうじゃなきゃな。二厘差しと潮吹きが出たとき、やっぱ濃い性癖が出てきてオモロかった。

真島 芳樹

おだやかな使用人枠、と思ったら黒幕で阿片の取締王で百合子の実兄。属性盛りすぎ。
瑞人の存在はカモフラージュで、ほんとの「血縁関係」が真島だったのは驚き。ネタバレをまったく踏まないままインターネットをしてきて良かった。

ハッピーとされる「秘めた想い」エンドは、百合子が血縁あるの知らないまま結婚するの大丈夫か?その先は地獄では?と思ったけど、彼が百合子と「幸せ」になるにはこういうやり方じゃなきゃダメなんだろうな。蝶毒では初の男性視点語り手の終盤もそうだし。

あと、兄妹関係好きとしていちばん泣いたシーンを抜粋。セックスよりもこれがいちばん【濃い】

【真島】「もしかして……腐った臭いがしましたか?」

【真島】「果実の腐った臭いですよ。甘ったるい、熟して腐り落ちる寸前の臭いです」
【真島】「俺、そういう臭いがするらしいんですよね。自分じゃ気付かなかったけど……でも腐った体臭なんて、いかにも俺らしい」

【真島】「同じ……?」
【百合子】「ええ。私も……そうみたいなの。よく言われるのよ。甘いにおいする、って」
【真島】「…………。そう、だったんですか……」
【百合子】「私たち……きっと同じ体臭だから、お互い分からなかったんだわ。お母様の血筋なのかしらね……」
真島は昏い目つきで、自分の手の平を眺める。
手首から肘にかけて浮いている青い血管を、ゆっくりと撫でている。
【真島】「……きっとそうですよ。俺たちには、腐った甘い血が流れているんです」
【真島】「同じ血の臭いに惹かれ合う……呪われた一族ですよ。俺はその結晶なんです」

【真島】「姫様も、甘い香りがする……」
【真島】「でも……俺の腐った臭いとは違います。……姫様は、清廉な……白百合の香りがします」
【百合子】「お前だって腐った臭いなんかしないわ……」
涙で喉が詰まる。
紅潮した頬が、熱い雫に零れる。
ああ、兄なのだ。
この男は、自分の血を分けた、兄なのだ!
【百合子】「お前は、太陽のにおいがするわ……」
【百合子】「この家の庭を美しく輝かせてくれた、優しい太陽のようなにおいがするわ……!」
【真島】「……姫様……」
真島の指が、百合子の涙を拭った。