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【340日目】:自然治癒

ご隠居からのメール:【自然治癒】

カゼを引いたくらいでは病院にも薬局にも行かないことにしている。咳が出たり、高熱になっても放置しておけばそのうちに 自然に治癒する。治癒しなければ、そのまま死ぬだけだ。その覚悟が半ば出来たとき、遺書を書き、「急病で倒れても救急車を呼ぶな」と記した。

ところが、今年早々、虎ノ門浦安クリニック発熱外来で、新型コロナウイルスで陽性が確認され、保健所の調整によって、順天堂大学付属浦安病院に入院し、手厚い治療を受けた結果、無事退院することができた。遺書のことを思い出したのは、退院後だった。今さら、入院をなかったことにするわけにもいかない。

そういえば、入院した日には、保健所から出迎えのハイヤーに乗って、自宅から病院に向かったような記憶がある。ハイヤーも救急車のようなものだ。

まあ、それはなかったことにしても、次に同じような高熱と激しい咳き込みに襲われたとき、どうするか。救急車を呼ぶのか、呼ばないのか。その判断を私がするのか、家族の誰かがするのか。

自然治癒の方針を徹底させようとしても現実には厄介な判断を迫られる局面に直面することがあり得る。その局面に直面する覚悟はできているのか。


■太平記

三悪女以外の題材にどのようなものがあるか考えてみたが、やはり、「兄弟というもの」が優先的に取り上げるべき第一候補、「親子というもの」が第二候補だ。足利尊氏たかうじと足利直義ただよし、足利義詮よしあきらと足利直冬ただふゆ、それに源頼朝よりともと源義経よしつね。その他、有力戦国大名家では、兄殺し、弟殺しの例はいくらでもあるだろう。

比較的兄弟喧嘩が少ないと思われるのは三本の矢で結束が固かった毛利氏、ついで佐々木氏。佐々木氏の場合は男の子が多いわりに、一致結束していたような印象を受ける。

佐々木道誉どうよが一度だけ足利尊氏たかうじを裏切ったというのも、一族の当主、佐々木時信の状況判断に従った時だけだ。バサラが戦で強いのは、趣味にエネルギーを発散させて、現実的には、大局的判断を誤らない生き方だろうと思う。

それに、佐々木氏や三浦氏が改姓を戦略的に実施したことも題材になり得る。それに対して、山名氏や細川氏はまったく改姓をしていない。

三浦氏は、伊勢氏や長谷部氏の本家だし、古い時代には千葉氏から枝分かれしている。その辺の親子兄弟ネタは、吉川英治『新平家物語』『私本太平記』、北方謙三『道誉なり』『悪党の裔』『楠木正成』などにも書かれているとは思うが、インプットがたいへんだね。拾い読みだけでもしておいたほうがよい。オレもネタづくりには気をつけてなるべく協力するよ。

佐々木氏の本流は六角氏だった。六角高頼たかよりという人物がいるので、注目したが。六角高頼たかよりを六角高瀬たかせと誤読してしまった。白内障にもなりかけているらしい。


返信:【Re_自然治癒】

自然治癒が希望というのは、理解した。延命処置をせずに自然に天寿を全うしたいと意味だね。了解したよ。きっと、周りは、動揺するだろうから、救急車を呼んで治療するようお願いするだろうけど、そのあたりが、本人の意思と周りの意思に相違がありそうだ。

まあ、そんなことを考えるのもいいけど、今を生きる楽しいことを考えた方がいいでしょう。


近江国と出雲隠岐に佐々木氏一族が根を張り、佐々木信綱のぶつなの子供ら4人が大原氏、高島氏、六角氏、京極氏と名を改めた。そして、その大原氏から立原氏や米原氏が支流となったとじぶんは、思っている。

今度「米原市史」を読みにいかなければいけないな。まあ、気長に調べていくことにするよ。ただ、ファミリーヒストリー的にはだいぶ核心に迫ってきてると思うよ。

鎌倉時代の佐々木道誉どうよの仕事は、相伴衆という仕事で、朝廷や執権の宴会を盛り上げたり、他家への移動時に随行するのが仕事だったらしい。

じぶんの宴会芸は一流。正直、これだけで今のポジションと給料があがっていったといっても過言ではない。そう思うと、DNAがつながっているんだなとおもったよ。


ただ、佐々木道誉どうよのバサラと、高師直もろなお、土岐頼遠よりとおのバサラとでは、似て非なるもののような気がする。バサラを大きく括ると「自分の心行くままに行動をとる人」ということなんだ
ろうけど、高師直もろなおや土岐頼遠よりとおは、傍若無人で傲慢に映った。

佐々木道誉どうよのバサラぶりは、恩を売ったり、弱みを握ったり、公家たちの太鼓持ちとなり、喋りは達者。華道や鷹狩などの文化通で芸達者ともなった。戦となれば寝返りはお手のもの、強者の方に力を貸す。いうなれば、フットワークがとても軽い。

しかしそれは、どれも、派手な衣装と同じ、着飾った偽りの姿だと思う。本音には図太い一歩の芯があるようにもみえる。それは、足利尊氏たかうじへの忠義なのか、日本を良くするという考えなのか。きっと、京極家には、代々、佐々木道誉どうよの言い伝えが残っていたはずだ。


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