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しゃもじ間違えてたコンパさん

学生時代、結婚式場やホテルのパーティなどでドリンクをサーブするアルバイトをしていた。

派遣会社から仕事の紹介があり、都合や条件が合えば仕事を受ける流れだ。女社長から猫撫声で電話がかかってくる。『お疲れさまで〜す♡今度どこそこのホテルの〇〇のお仕事ありますけどいかがですか?』

都合が悪いですと断ると、途端に低い声になり
『あらそう。よろしくどーぞー!ガチャリ。』とソッコーで電話を切られるのだが、その豹変ぶりがツボで、毎回電話を切ったあとに笑っていた。
急いでメンバーを集めなければならないようで、社長に悪気はないのだけど、脈無しとわかった途端にそれって、笑。それでも面倒見の良い、溌剌とした社長で密かに慕っていた。

前置きが長くなったが、その派遣会社からの要請で、明治時代に建てられた迎賓館での結婚披露宴に毎週定期的に入るようになった。

その迎賓館というのは、日本の近代建築を牽引した建築家で、東京駅の設計を手がけた辰野金吾による設計で、アールヌーヴォーの洋館と、日本館からなる。木々に囲まれた小道を、ヒヨドリがキーッキーッと甲高く鳴くなか、湿った落ち葉の香りをかぎながら辿り着く。

従業員はこじんまりとした日本家屋から入るのだが、渡り廊下で繋がった洋館に入った途端、黒光りする木の階段と床の醸しだす重厚感、シャンデリアとランプからの煌びやかだけどあたたかな光、さりげなく置かれた調度品や美術工芸品の数々、洗面所のモザイクタイル、アールヌーヴォーの曲線美に抱かれた什器、ドアノブ、ヒンジなどのディテールなど忘れられない。明治時代の社交界にでも紛れ込んだような気持ちになり、毎度うっとりしていた。

そこを支える元帝国ホテル料理長のシェフと厨房スタッフ、マネージャーやホールの叔母様達も、みんなどこか気品があり、全員とても仲が良く、素晴らしいチームワークで結婚式の披露宴がサポートされていたため、洋館の夢のような雰囲気と相まって、毎回わかっているのに、披露宴のクライマックスでは涙が止まらなかった。1日に2組の披露宴があったのだが、毎回である。『あらぁ、コンパさん、また泣いちゃったのね?でも感動するわよね。』と何十年もそこで働き続けるホールの叔母様たちも、毎回目を潤ませていた。そしてわたしはコンパさんと呼ばれていた。

 

本当に幸せな気持ちでお仕事させてもらえるだけでなく、出されるまかないがまた最高に美味しかった。余り材料を使った適当なまかないではなくて、ベテランお母さんの手料理のようなしっかりとした和食料理が用意されていた。順番で食事に行っていた為、一人でまかないを食べることになっていた。

そんなまかないの時間も楽しみではあったのだが、ただ、一つどうしても嫌なことがあった。それは、ご飯をよそうしゃもじへの不満。不安?


適当な大きさのしゃもじが、どこを探してもどこにも見当たらない。引き出しという引き出しを調べ、扉を開け、しゃもじどこ〜?とかくれんぼみたいに探しまくった。え!!こんなところにあるじゃない!壁に給食センターのような大きくて立派なしゃもじがかけられていたのだ。でもさ、ねぇ、本当にコレであってる?と恐る恐る、お茶碗の1.5倍はある大きなしゃもじで、炊飯ジャーから真っ白いご飯をちょこんと掬って、茶碗に盛る。このサイズ感と、ご飯よそう私の姿ってコレ客観的に見たら完全におかしくない!?これ、もしもしゃもじ間違って使ってたらめっちゃ恥ずかしくない?と、誰にも見られないように、食堂入口のガラス扉の前を誰か通らないかドキドキしながら、ご飯をよそうその時間がすっごく嫌だった。そして、使ったしゃもじはすぐさま洗って、元のように壁にかけてから食事を取る。次から、マイしゃもじ持参しようかしら、と思ったり。



そんなある日、まかないを食べていたところに、厨房の一人が食堂に入ってきてしまった!濡れたしゃもじを見て『あれ?このしゃもじ使ってたのって、もしかしてコンパさん?』ヤバい!やっぱり違ったの!?『あ、は、はい・・・。もしかして、ていうかやっぱり、そのしゃもじぃじゃなかったんですね?』『う、うん!これ広島のお土産の飾りだよ。なんか、誰かこれ使ってるよね!だれ?って話になってたんだよ。ガハハハハハ!』顔から火が出そうだった。もう笑うしかなかった。

で、あっさり本物のしゃもじは炊飯ジャーの取っ手の後ろにちゃんと用意されていたのだった。
えーーー、うっそぉ、そこぉーーー?

恥ずかしかったけど、厨房の彼に救われて、それからは何の心配も必要ない至福のまかないタイムを過ごせるようになったのも束の間、テストや部活の大会で忙しくなったのをきっかけに、ボーイフレンドができたのをきっかけに、学生生活の流れもガラリと変わって、そのアルバイトからもフェードアウトしたのだった。

今でも、そこでの時間をちょっとした実家のように懐かしく思い出すことがある。

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