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VOLLEY TOUR 2019/20【37】~ベルリン観光(後編)

1月12日(日)
思えば1週間前、ちょうど
欧州五輪予選が始まりました。
それに合わせて先週の土曜日にベルリン入り。
かれこれ今日で9日目となる滞在も
いよいよ最後となりました。

大会が終わった直後、昨日の今日で
まだセルビア敗退の悲しみは
全く拭えていません。
でも、悲しみに浸るだけでは
何も変わらないので気分転換も兼ね、
最終日は市街地の方へと足を運んでみました。

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朝ごはんを食べて列車で
アレクサンダープラッツへ。

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そこからベルリン大聖堂を目指して
歩きます。

ここへ来ると、
川沿いのカフェでお茶している写真を
SNSに上げていたリシナツのことが
真っ先に思い出されます…。
トレント、スクラの前…
ベルリンでプレーしていたことが
遥か昔のよう…
そんな彼を追いかけ続けたこの6年、
それがこの旅で終わるのかと思うと
また切なさが込み上げてきてしまうのでした。

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裏手に回ると旧博物館。
この一帯、4年前リオ五輪予選の時
友人4人で訪れた時は
雪が積もって真っ白だった場所。

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今回は暖冬のお陰で緑の芝生が
きれいに顔を出していますが
変わらないのはあの時と同じく
出場権を取れなかったという悲しい結果。

そして奥の旧博物館にも思い出があり、
4年前ここを訪れたのち
夜行バスで向かったデューレンで
ペルージャサポーターの方々と
知り合えたことが懐かしく思い出され、
彼らともう会えなくなることも
また悲しくて涙を誘うのでした。

歩けば歩くだけ思い出が蘇り
それに伴って悲しみの涙…

結局観光していても何をしていても、
バレーの思い出、そして最後は悲しみに繋げてしまうのです。

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それだけ悲しいと思っているなら
なんでこの旅を最後にする決断をしたのかって?

それは…
周囲のバレー仲間みんなに言われるけど…
そこには私なりに2年3年と長い時間をかけて
悩んで出した結果があってのこと。
簡単に切り替えられない思いがあるのです。

100人バレーファンがいたら
100通りの応援スタイルがあるし
100通りの観戦歴があって
100個の違った気持ちがあると思うのです。
それを全員がお互いに分かり合えることはなく、
分かってもらうのは難しいでしょう。

ここ最近、私の周囲で、
応援スタイルや選手への思いの相違で
ファン同士が揉めたり
傷つけられたりということを
見聞きしてきました。
私はそれがとても悲しくて残念でした。
仕事ではない、あくまでも趣味の世界、
他人の大好きなものを邪魔するなんて
どんな人でもそんな権限はないと思うのです。
自分の価値観を押し付けることで
誰かを傷つけたり奪ったりすることは
できれば避けたい。
避けてほしい…。

奇麗ごとだと思われるかもしれませんが、
それぞれが尊重し合える
バレーファンの世界であってほしいと願って止みません。
だからこそ、自分の応援の仕方を
誰かに分かってもらえなくても
当然のことだと…。

意固地と取られるのかもしれませんが、
そこには自分でも理論で説明できない
直感的なものも働いているのでした。

でも、帰国後まさか
それが証明されるような
バレーファンにとっての海外観戦の危機が
訪れるとは思いもせず…
この時はただ自分が海外観戦を止めるために
一人で気持ちを整理することに必死でした。

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ブランデンブルグ門を見たあとは
川沿いを歩いて中央駅まで。

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たどり着いたところで
お腹が空いたので駅構内の
アジア料理のお店に入りました。

オーダーしたのは野菜のカレー。
ちょっとスパイシーで刺激が強かった…
けど美味しかった!!

結局、ベルリンでの9日間は
アジア料理三昧に終わりました。

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日本食は食べていませんが、
これでかなりリフレッシュ!

ベルリンは都会なので利便性もよく
いろんなお店があって
食事もバラエティに富み
楽しむことができました。
そして人々も親切でストレスも感じない…
すっかりベルリンでの生活になじんでしまい、
ここを離れるのが寂しくなっていました。

悲しい思い出が多いけど
この街には何の罪もない。
むしろ景色や人が温かく癒してくれたな…
観戦旅を止めてもベルリンは
何度も観戦に訪れた思い出深い街として
きっとずっと心に残り続けるでしょう。

忘れられない街の一つ…ベルリン。

こうやって一つ一つ思い出に封をして
終わりの準備をしてゆくことになるのでしょうか…。

気が付けば、残りの旅もあと37日となりました。

【38】へつづく…



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