醜形恐怖症のカケラは誰でも。

小さいころから、背も高くて、体格も良かった。
今となっては子どもの体から女性らしい体つきになる段階だったけれど、「太ってる」と母から良く言われていたから、太ってるものだと思っていた。
足も太い、顔も丸い、太ってる。
そんなこと当たり前に言われ続けていた。

中学生のとき、いじめが原因でご飯が食べられなくなった。
家族と食卓を囲むのが辛かった。
一人前にも満たないご飯で「あれを食べなさい、これをまだ食べてない」と監視され続けられる毎日が苦痛で、ときどき吐いた。
お弁当も喉を通らなくて、帰り道コンビニで捨てたこともあった。
あの頃わたしはガリガリだったと思う。

それから食べることが怖くなった。
今も怖い。
ストレスから食に走る意味が分からなかった。
わたしはストレスから、食べるもの全て味さえしなかったから。

ダイエットといいながらジュースを飲む意味が分からない。
大量の高タンパク低糖質を食べる意味もわからなかった。何でそんなにたくさん食べるの?

「ゆいちゃんは細いからいいよね」
と女の子に言われることがあった。
最初は嬉しかったけれど、だんだん苛立ちを覚えた。
思春期の味のしないご飯を食べては吐き、お弁当を捨て、あのころに成長が止まったままのわたしが顔を出す。

じゃあ食うなよ。
栄養の基礎を学べよ。
そんな風に思った。

太るなんて怠惰だ。
ご飯は誰と食べるかが大事なんだよ。
太りたくなかったら、10時間飯を抜けよ。
昼と晩、食べたら充分だから。
運動しろ。
腹筋300回しろ。
水かお茶だけ飲め。
そんな風にいろいろと考えてしまう。

人それぞれ体に悩みはある。
痩せているからいいなんて褒め言葉じゃない。
体格に合った肉や筋肉のつき方が大事なんじゃないの。
知らんけど。

わたしはというと、1日3食食べられない。
食べるくらいなら眠っていたい。
お水かお茶かコーヒーしか飲まないし、
砂糖もミルクも要らない。
動かないから筋肉はないけど。

褒められて嬉しいのは
目がかわいいねとか、歯がキレイだねとか、おでこの形が羨ましいとか、まつ毛が長くて可愛いそれ自まつ毛なの?とか、そういうところ。
全て遺伝的なものだけれど、母にありがとうと思える瞬間なのだ。
可愛いパーツにしてくれてありがとう、と。
むちむちの体も意外と好きだったりする。
むちむちの肌にボディークリームをぬって、
よりむちむちに仕上げている瞬間が愛おしい。

わたしは自分の体が好きなのである。
でもあとすこし、体が締まれば…と考えているが、運動嫌いがゆえに足踏みをしてしまう。

しかしながら、それでも愛してほしい。
贅肉でむちむちで、巨乳が遺伝しなかったさみしい胸も、ぼろぼろの腕も。
ブスな顔も、二重の目とキレイな歯並びでなんとか妥協して欲しいのだ。

まあでも、少しは体を動かそうとおもう。
キレイな体でいたいし。

この仕事はコンプレックスをしっかりあぶり出してくる。
それを強みにするのか、弱みにするか、
己次第なのだ全て。
しかし愛したい。せめて、自分だけは。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?