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選挙は一周回って人で選ぶのがいいんじゃないかと思っている話

これを経験しておいてよかった、と思うことはいくつもあるのですが、そのひとつが「競技ディベート」です。学生時代のほんの一時期だけやっていました。

ディベートとは本来、「議論」「討論」といったような意味ですが、これに勝敗を決めるルールを設け、競技として行われるのが競技ディベート。基本的なルールは以下のような感じです。

1.命題(テーマ)が与えられます。例えば、「レジ袋を有料化すべきであるか否か」といったような、賛否どちらの立場でも論じられるようなものです。
2.賛成側・反対側に分かれて、それぞれ立論を行います。1の例では、賛成派は有料化すべきである根拠、反対派はすべきでない根拠を述べる時間が均等に与えられます。
3.質疑・反駁
それぞれの立論に対して、相手方からの質疑の時間が設けられています。また反駁(相手方の主張の矛盾点を指摘するなどの反論を行う)の時間が双方にあります。
4.判定
2~3を何度か繰り返すルールもあります。規定通りのプロセスを終えたあと、審判が判定を決します。

より詳細なルールに興味があればこのあたりを見てください。

競技ディベートの面白いところは「実際に自分がどちら側の意見を持っているか」に関わらず、賛成派になったら賛成の立場で、反対派になったら反対の立場で論じなければならないところです。そして強い人はどちらの立場になっても強い。主張の正しさを競うものではなく、論理の構成力やコミュニケーション力それ自体を競うところがポイントです。

さて冒頭の話ですが、競技ディベートを経験してみてよかったと思うこと。

それは「主張の内容」と「人」を分離して捉えるという視点を得られたことだと感じています。

たとえば大学生同士でディベートを行う場合。1回生から見て4回生などというのはもはや神、いわゆるゴッドです。サークルの上下関係としてはとても頭の上がる存在ではない。しかしディベートの現場では、誰が主張しているのかということはほとんど関係がないのです。1回生であっても4回生の主張の矛盾や論理の破綻をうまく指摘できれば競技には勝てる(基本的な戦法として相手の矛盾を明らかにする=リンクを切るという戦い方がよく行われます)。論旨と人が分離されているので、賛成側と反対側を入れ替えてもういちど対戦、などということもできます。構成力勝負なので、主張の正しさも関係ないのです。

社会に出ると、自分と立場が異なる人や全く意見が合わない人とも出会います。このとき、「この人は間違っている」と捉えるのか、「この主張は自分と立場が違う」と捉えるのかではずいぶんと考え方が異なります。そして多くの場合でどうしても人に紐付けて考えてしまいがちです。

たとえば自分の部下が何か失敗をしたとします。失敗した「人」に何らかのペナルティを与える、というのは最も簡単な対処法ですが、ある意味汎用性がありません。その人は再度のペナルティを恐れて失敗しないよう気をつけるかもしれないし、ペナルティに納得が行かず辞めてしまうかもしれませんが、実際に失敗していない(=ペナルティを課されていない)人にはほとんど影響がないので、別の人に同様の失敗が生じる可能性があるからです。

そのような失敗が起こる原因を分析し、それが方法論の誤りやプロセスの矛盾から生じていた場合。そのリンクを切ることで、システムとして同様の失敗の発生を防ぐという方法のほうが、はるかに生産的です。考え方、主張や行動を、「人」と分離して考える。とはいえ実践するのはなかなか難しいのですが、できるだけそのように振る舞おう、という視点を学んだのは、自分の場合は競技ディベートの経験からでした。

さて、競技ディベートは上記のような理由でとても面白いと思っているのですが、あくまで競技としての面白さであって意思決定の手法としては向いていません。

主張の正しさを競うものでもなく、意見の集約を行うものでもないので、立場を入れ替えて実施すると真逆の結論になる場合もあります。会社の方針や自治体の政策決定などを競技ディベートで決めるというのは無理があります。(考え方としてディベートの手法を取り入れるのは大いにありだと思います、念のため)

そして、選挙の場合はどうか。「人と主張が不可分」なのです。

「この人がいいけれど、主張の内容はちょっと…」
「主張していることには納得できるけれど、人としては別の人がいい…」

などと思ったとしても、誰か特定の「人」を選ばなければならない。選挙というのはそのようなルールで出来ていますので、人と主張を分けて捉えることが難しい。

マニフェストが重要視されるようになり、選挙のたびに各候補者の「主張」が比較されます。我々有権者は「主張」を選んでいるようで、結果として実際に選ばれるのは「人」なのですね。国政選挙の比例区で政党名投票をする場合は政策=主張で選ぶ性格が強い投票行動ですが、この場合も結果としては「人」が選出されます、当たり前ですが。

政策=主張は極めて重要であることは言うまでもありませんが、このような理由から選挙に関して投票先を決める際「最後は人」で選ぶのがいいのでは、と思っています。政策=主張を選ぶ選挙であるならば、選ばれた政策を当選後に変えることは問題があるでしょうけれども、現代のように変化の激しい社会においては現状に合わせて柔軟に舵取りをしてくれるという意味で、人で選ぶ要素はより必要なのでは、とも思います。

そう考えてみると、投票の際に参考にできるタイミングで候補者の方の人柄を比較できるような情報源というのはどのくらいあるのでしょうか。実際に候補者の方にお会いしたり、お話する機会があればわかることも多いでしょうけれど、物理的に多くの有権者がそのような機会を得ることはなかなか難しいのではないでしょうか。

さて、ここでお知らせです(急に番宣)。

11月14日(土)18時~MBCラジオ「Radio Burn+」では、鹿児島青年会議所の皆様とコラボし、鹿児島市長選挙(11/22告示・11/29投開票)立候補予定者の方々のオンライン討論会を生放送・生配信します。YouTubeライブでも、Radikoやオンエアでもどうぞ。「人となりに迫る」第1部と、「主要政策に迫る」第2部の2段構えです。なんて親切なのでしょう!

今回は鹿児島市長選がテーマなので自分は投票権がないのですが、このような取り組みがより広まってほしいという期待も込めて、楽しみにしています。


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