いわゆる人間ピラミッドの練習中にケガをしたことについて,学校側の責任が認められた事例(2)
いつものように,意外と知られていないけど興味深い判例を紹介します。
今回も「人間ピラミッド」の練習中の事故で学校側の責任が認められた事例をご紹介します。前回ご紹介した事例は,認容額は110万円余りでしたが,今回は文字通り桁が違います。
福岡高判平成6年12月22日判例時報1531号48頁がそれです。今回のは裁判所ウェブサイトでは閲覧ができませんが,コチラの→pdfの論文に,原審判決(福岡地判平成5年5月11日判例時報1461号121頁)について言及があります。
事案の概要は,県立高校の体育コース3年生であった被害者が,体育大会の行事として8段の人間ピラミッドを実施することとなり,体育の授業でその練習を行った。被害者は体育コースのリーダー格であり,第一段(最下段)の中央に位置したが,6段目が上がりかけたところで突然ピラミッドが崩壊し,被害者は第四頸椎骨折等の傷害を負ったというものです。
被害者の傷害は重く,
頸髄損傷により四肢は完全麻痺し、両手指以下の自動運動はなく、感覚は完全に消失し、今後回復する可能性はなく、移動には車椅子が必要で、日常生活動作にも介助が必要
として,後遺障害としては最も重い後遺障害等級1級と認定されました。
この種の,若くして後遺障害を負った事案では損害賠償額は高額化します。本来であれば元気に働いて稼げるはずであった収入がゼロになったことを埋め合わせる「後遺障害逸失利益」や,本来必要のなかった「付添介護費用」,後遺障害を負わされたことに対する「後遺障害慰謝料」等が,いずれも1000万円の単位で認定されます。本件では被害者本人の損害としては1億0749万9386円,父母に対しては固有の慰謝料として各200万円が認容されました。
事故のあった平成2年度における福岡県内の高校110校のうち,体育大会実施校中,ピラミッドを実施したのは44校で,6段が8校,7段が12校,8段以上は当該高校のみであったとされています。
今回の事案では,前年に7段に失敗したことから,被害者の側から8段のピラミッドの実施を要請しているようです。しかし,過失相殺は否定されています。
以下,教諭らの過失の争点に絞って判決文を引用します。長いので,太字部分だけでも読めば理解できるように要約しました(後半はほとんど太字ですが・・・^^;)。
<総論>
控訴人は被控訴人(被害者)に同高校への入学、在籍を許可していたのであるから、学校教育の場において生じ得る種々の危険から同被控訴人の生命、身体等を保護するために必要な措置をとるべき一般的な注意義務を負っているものというべきである。そして、本件事故は学校教育の一環としての体育の授業の際に生じたものであるから、控訴人の責任の有無を判断するに当たっては、その授業の内容、危険性、生徒の判断能力、事故発生の蓋然性や予見可能性、結果回避の可能性等を総合考慮し、その客観的な状況のもとでの具体的な注意義務の違反があったかどうかが検討されなければならない。
<人間ピラミッド8段を実施することを決定したことについて>
2(一) ところで、全ての体育実技の授業は必然的に一定の危険を内在させているのであるから、これを指導する教師等は、指導計画の立案策定から指導の終了に至るまで、当該授業にいかなる危険が存在するか的確に予見し、右予見に基づいて適切な事故回避のための措置をとることが要求されているというべきである。しかして、人間ピラミッドは各種体育大会等において広く行われる種目であり、高等学校学習指導要領において指導すべき体育の科目として定められている体操の範疇に入る組体操として高等学校における体育授業の一内容と解することができるものの、一般的にみて、上部の者が前後左右へ転落する危険はもとより、上部の者ないしは中位の者がほぼ真下に崩落することにより下段の者がその下敷きになる危険を内包することを否定できない。ことに参加者数が増えるに従って、高さ、人数等の点で下段の者らの負荷は大きくなるばかりか、中央に押す力も強く働いて揺れを生じ、かつ、バランスを失して崩落しやすくなり、崩落が下段の一か所に集中し、その結果下段の者に過重な負荷がかかる危険があることは見易い道理である。特に、本件のような高さ五メートルにも及ぶ八段のピラミッドは完成間際はもちろん、途中においても崩落する危険があることは当然であるが、この危険性は更に、参加者数のみならず参加生徒の個々的及び全体的な体力、筋力、精神力、集中力、協調力等の資質不全、習熟度の不足ないし指導者の未熟等の要因によって容易に増幅されるものであり、指導する教師らにこの危険性が予見できないことはありえない。したがって、八段のピラミッドを体育大会の種目として採用するに当たっては、参加生徒の資質、習熟度、過去の実績等について慎重な検討を必要とするものというべきである。しかるに、S高校においては、前記認定のとおり、これまで八段のピラミッドを成功させたことは一度もなく、前年の平成元年度の体育大会において七段を二度も失敗していたにもかかわらず、指導に当たる体育コース担任の教諭らは、被控訴人(被害者)をはじめとする生徒らの希望をそのまま受け入れ、平成二年度においては七段を飛びこして一挙に八段ピラミッドを実施することとし、学校長の平賀東一郎も指導教諭らの意見に何ら疑問を呈することなくそのまま承認したものである。しかもその際、指導教諭らにおいて、前年度の失敗の原因を分析研究し、その上での反省を踏まえたり、他の学校での実施例、成功例を調査するなどして、八段ピラミッドの構築に伴う崩落による事故発生について何らかの有効な事故防止対策を講じた形跡は全くないまま、目標段以外は前年度と殆ど変わらない練習計画をそのまま策定実施したものであって、S高校の体育コース担任の指導教諭ら及び学校長には先ず第一に杜撰で無理な練習計画を安易かつ漫然と策定実施した過失があり、その結果本件事故が発生するに至ったとの非難を免れないのである。
(後略)
<人間ピラミッドの指導について>
(二) 次に、人間ピラミッドの組み方指導についての注意義務違反を検討してみる。
前認定の事実によれば、被控訴人(被害者)が受傷した直接の原因は組立て途中のピラミッドが突然崩落し、五、六段の中央部の生徒が集中的に同被控訴人の上に折り重なったため、同被控訴人は、過重な負荷に耐えかねて不自然な体勢を余儀なくされ、かつ、上からの荷重等により頸椎を損傷するに至ったものであると推認されるのであるが、右崩落の態様及び受傷の結果は崩落により当然生じうる性質、程度のものと認められる。
控訴人は被控訴人(被害者)のとっていた体勢が受傷の一因であるかのように主張するけれども、これを認めるに足りる的確な証拠はないし、証人小早川慶次の証言に照らせば、二段から五段までの者の負荷があった被控訴人(被害者)に崩落開始のころに上を向いて声をかけるほどの余裕があったとは到底認め難いから、控訴人の右主張は採用できない。
ところで、人間ピラミッドの組み方は、一、二段は時間をかけて安定的に組む必要がある反面三段以上は集中的に迅速に上る必要があるが、一定の時間内に所定のピラミッドを完成するためには参加生徒全員に対し練習の都度事前に所定の目標段数を明確に周知徹底させて筋力、バランスの集中配分に遺漏なきを期せしめることが大切であり、これが同時に崩落防止のために必要不可欠なことであって、指導教諭として先ず最初に心すべき指示事項でなければならない。しかるに、前認定のとおり、M教諭は、事故発生当時、五段を目標とするピラミッドの完成を予定しながら五段目がほぼ完成した段階で遽かに方針を変え一気呵成に六段目以上の構築を指示したが、六段目以上については生徒に対し事前の明確な周知がされてなかったのであるから、その方針変更が一段目から六段目までの生徒の集中力と力配分に対し微妙な心理的影響を与えたであろうことは容易に推知できるところである。このことは六段目以上の完成のための所要時間が極めて僅少であることや同教諭の眼前でピラミッドを組んでいる五段目以下の生徒は同教諭の右指示を当然耳にしたであろうことを考慮しても変わりはないのである。そして右指示に従って六段目の生徒が五段目の背中に手をかける位置まで登った直後に二、三段目から崩壊を生じたというのであるから、崩落による本件事故の発生は六段以上の目標段数を事前に明確に周知徹底させたうえで練習を開始すべきM教諭の注意義務違反に基因すると認めてもあながち不当な認定とはいえない。
(三) また、ピラミッドの補助態勢についての注意義務をみるに、高段ピラミッドの崩壊態様は千差万別であるが、独り前後左右のみならず、本件事故発生時のように、中央部分の二、三段が上から下へ崩落することもありうる(現にS高校の平成元年度体育祭における崩落も同様であったことは既に認定したとおりである。)のであるから、M教諭ら四名は指導教諭として、例えば平成五年度における城南高校の七段ピラミッドの事例(成立に争いのない甲第一三号証の一ないし五、乙第二八号証、当審証人篠原一洋)のように、多くの補助者を動員して中央中段部分に支持を与えることにより崩落の危険性を少しでも緩和する等の対策を講ずべき注意義務があるのにこれを怠り、前後の崩落の可能性のみに注意を奪われた結果、ピラミッドの前方に教諭四名、後方に補助台を兼ねた生徒一二名の補助者を配置したのみで中央中段部分の支持のための補助態勢に全く意を用いず、そのため中央中段部分については崩落するにまかせたことにより本件事故が発生したことを認めることができる。
(四) 更にまた、人間ピラミッドの崩れ方についての注意義務を考えてみるに、完成したピラミッドを合図により首を引き両手両足を伸ばし身体を真直ぐにして一斉につぶす場合は比較的安全であるが、これと異なり完成前の崩壊のまま放置すれば過重な負荷と不自然な姿勢の相乗作用により不測の事態が生ずるおそれがあるから、指導教諭としては、平素から完成前崩壊による事故の防止対策にも留意し、できるだけ完成後分解と同一の姿勢を保持するよう指導を徹底し、臨機応変の練習を段階的に繰り返し、その要領を全参加者に会得させるよう努めるべきはもちろんであるが、完成途中のピラミッド全体を見渡せる地点に補助者を配置する等して、崩れる気配を感じたら笛、太鼓等の合図により臨機応変にむしろわざと崩させる手段に訴えてでも、事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負担しているといわなければならない。もとよりピラミッドが本来完成を目指す組体操である以上未完成の崩落に備えて過度な注意義務を期待することは相当ではないが、前示のとおり、ピラミッドの途中崩壊が不可避な現象であり、かつ高い危険性を有する性質のものである以上、そして、意図的な分解によって事故の発生を防止又は軽減することが期待できる以上、体育コース担当の指導教諭として負担を免れない注意義務であるということができる。
しかるに、M教諭らは、平素から、崩れるときには上のものは素早く下りて退去せよ、崩落するものは補助者が支えよ、との指導はしていたが(これは中央部の垂直落下による下段者の受傷にとって有効な防止対策たりえない。)、それ以上に、平素から、特段の事故防止の指導に努めた形跡は窺えないし、本件事故発生に際しても、臨機応変に意図的な分解を敢えてしてでも事故の発生を未然に防止等する方策にそもそも思い至らないばかりか、ピラミッド全体を見渡せる位置に補助者を配置することもなく、崩落のままにまかせてなす術を知らなかったものであって、本件事故はM教諭らの右注意義務違反の所為によって発生したといわなければならない。
(五) 以上に認定、判断したとおりであって、本件事故はS高校の学校長を含むM教諭らの各種具体的注意義務違反の所為によって発生したものということができるから、控訴人はこれにより被控訴人らが被った損害を賠償する責任がある。
判決文中では,原因分析等を行っていないことを指摘していますが,この事故から29年(!)も経過しています。当然,前回,今回と取り上げた裁判例も分析した上で対応すべきでしょう。安易に人間ピラミッドを採用する学校や教諭がそのような分析を行っているでしょうか。