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「銭湯図解ができるまで」個展へ

 高円寺近く、荻窪のTitleという本屋さんの2Fで行われている塩谷步波さんの個展「銭湯図解ができるまで」に行ってきました。

 人の個展というものは魅力に溢れています。
あまり行く機会は多くないけれど、美術館よりストリートというか…等身大な感じがします。その人が作った作品だけじゃなく、その人が作った空間が息づいている。そして、今回の「銭湯図解」個展、色々なことを思ったので、自分の雑感とともに少しまとめようと思います。

絵との出会い

 そもそも、塩谷さんを知ったのは上京して来て少し経った頃。
僕の前職はデザイン会社の営業で、業界にありがちな訳のわからない勤務体系でした。それに対抗するために、近くのミニスーパー銭湯みたいな所に通っていて(天然温泉・炭酸泉・サウナ常備で650円だった)、その流れで東京の家を銭湯の近くに決めたのです。

実際住んでみると、その銭湯はとても素晴らしく、すぐ近くに風呂屋がある幸せに浸りました。しかし、たまには別のところも行きたいなと思い調べてみると、周囲に色んな銭湯がある。それなら色々行ってみよう。そう思っていくつかの銭湯に行くと、銭湯の浴室の俯瞰図?を描いた「銭湯図解」という絵が色んな銭湯に張り出されているのを知りました。

「図解」と書くと写実的というか、かなり厳格な印象を受けますが、その絵は確かな測量のもので描かれているのに温かく、銭湯の雰囲気を丸ごとパッケージしたような素敵な絵でした。
感覚的な言い方をすると、絵から銭湯の匂いがするんです。
僕もグラフィックやロゴのディレクション等、デザインの仕事をしているのもあり、少し世界は違うのですが魅力的に映りました。

それからは「ここの銭湯にはあの絵は貼ってあるのかな〜」と楽しみながら新規開拓を進めることになりました。しかし、浴室に貼ってあるため、絵の外側、すなわちどんな人がどんな思いで描いているのかなど、詳しいところはわかりません。銭湯で得た情報では、どうやら塩谷歩波さんという人が描いている、そしてこの人は建築の世界の人らしい。その程度でした。当時は「自分の好きな場所を、自分の得意な形で表現して、それで銭湯の人が喜んでくれるなら、こんなに素晴らしいことはないよな〜」くらいに考えていました。

 瞬く間に泥沼のごとく銭湯にハマり、SNSで見つけた銭湯のアカウントをフォローしているうちに、塩谷さんのアカウントを見つけました。「こんな人なんだ〜」となんとなくの気持ちでフォローし、少しずつ情報を追っていると「元々は建築業界に就職して、今は銭湯の番台をしながらイラストを描いている」という情報が入りました。変わった人生を送っている人なんだな、でも広い世界で言えばデザインの世界の人だし、なんか通じるものがあったりするのかな〜と考えている矢先に、情熱大陸に出演するとのニュースが舞い込みました。

「えー!!あの絵の人が!すげえ!!」と、とりあえず録画。
内容は、あの絵をまとめて「銭湯図解」という1冊の本として出版するという密着取材でした。そこには、塩谷さんがあらゆる情熱を絵に注ぎ込む姿が映っていたのですが、その時僕は「この人は…ちょっとマジですごいぞ。」と感じたのです。

人の持つ才能

 人には色んな才能があります。
何かを好きになれる才能、好きなものを好きでい続ける才能、1つのことを突き進められる才能…たとえ自分が才能だと認識しなくとも、存在する才能は沢山あるもの。そして、僕の目に映った情熱大陸の塩谷さんは、自分のあらゆる才能をかき集めて、それをとてつもない集中力で1つにし、絵に打ち込んでいるように見えました。穏やかな笑顔の後ろに、とてつもない気迫を感じたんです。この人は何かをなし遂げる人だ…と。

 人は、あからさまにすごい人に出会うとショックを受けます。
「マジで自分なんか全っ然ダメだわ…」みたいな。
僕は、こんなことを言うのもなんなんですが…それなりに自分の人生に自信を持って生きています。今は音楽関係の仕事でデザイン業務に当たっていますが、ここにたどり着くのも簡単ではなかったし、劣等感は抱きつつも、それなりに狭き門だとも思っています。でも、そんな小さなプライドなんて消し炭になるほど、この人はすごい…そう思ったのです。

 イラストレーター、デザイナー、世の中には色んな人がいます。
ただ、絵が上手いイラストレーターさんを見て「すごい技術だな〜」とは思うけど、完全に負けたって気はしません。そもそも自分が負けず嫌いなのもありますが、アイデアとか企画では競り合えると思うし、それを形にしてアウトプットする際の情熱とか、なんなら勝ってるぜって考えてしまう。それに、前職を経験してわかりましたが、世に言う職業デザイナーには指示された設計図を組み立てているだけの人も沢山います。子供の頃に夢見た、世間のパブリックイメージのデザイナーと、業界の大人が意味するデザイナーの意味が違いすぎるのが原因ですが。

そんな感じで、全部が全部負けちゃいねーぞって思えるのですが、塩谷さんを見て、土俵にも上がってないのに全部負けたなと感じました。なんだ図解って…自分の得意なアプローチで独自のニュアンス?そして銭湯という内部が不透明な施設との奇跡の親和性。全てがうまく噛み合っていて、こんなの出されたらもう全くかなわない…。
情熱大陸後の何日かはそんな感じでした。

きっかけになった「おわりにかえて」

 その後しばらくして、銭湯図解の本の最後の書かれている「おわりにかえて」の文章が公開され、情熱大陸ショックの余波がやっと収まってきていた僕は、その文章を読みました。
するとそこには、塩谷さんがなぜ今こうなるに至ったのか、という内容が描かれていました。情熱大陸でも軽く話していたような気がしますが、頭に全く入ってきていなかったのでしょう。

内容をざっくり書き出すと
元々志望していた建築業界に就職したものの、結果を出したいと業務に集中しすぎるあまり体調を崩した。
休職中に銭湯で、心身ともに救われた。
復職したものの体調のコントロールができず、ハードな建築業界での勤務継続を悩んでいる際に、銭湯への転職を持ちかけられた。
昔から夢見ていた建築業界と銭湯というギャップに悩んだが、最終的には絵を描くということに重点を置き、銭湯への転職の決意をした。

そんなことがつらつらと書き連ねられていました。

それを読み、僕は思いました。
「あの絵は、この人の人生じゃないと描けない」と。

少し冷静になり何度か読み返すと、仕事に集中しすぎて体調壊すとか、自分も家の近くのあの温泉がなければ完全にそうなってたな…とか、舐めてきたやつ全員見返してやるって気持ちでやってたな…とか、勝手に自分の経験を重ねてしまいました。

人それぞれ色んなことがあり、そこから道を考えて選択して生きていく。
塩谷さんは、選んだその先に「銭湯図解」があった。

だから、きっと塩谷さんの絵は、塩谷さんの人生でしか描けない。
それなら、僕が作るデザインだって僕の人生でしか作れないはず。
焦らなくていいんだな。
情熱大陸ショックが完全に収まるのを感じました。

 僕は、この感動をなんらかの形で伝えよう!とたまたま塩谷さんのinstagramのDM機能?が生きていることを知り、おわりにかえてにすごく共感したこと。自分もデザインの仕事をする中で、銭湯というものに非常に助けられていることを書いて送りました。自分が塩谷さんなら見ず知らずの奴からなんか突然熱い感じで送られてくるDMなんて絶対返信しない気がしますが、律儀に返信をいただきました。

 本人に会ってみたい

 その文章を読んでから「実際に会うとどんな人なんだろう?」と言うのが頭に浮かび、ちょこちょこイベントを開かれている告知をチェックしていました。すると、週末に小杉湯でトークイベントをやりまーすという告知が。

小杉湯自体行ってみたかったし、いい機会かなと思ってそのイベントに参加したところ、内容自体は漫画家さん、進行役(本・出版関係の人?)、塩谷さんが銭湯漫画について3人で話すと言ったイベントでした。しかし、進行役の方が緊張で上がり狂っていて、周りが全然見えておらず…喋り慣れていないであろう少し引っ込み思案気味な性格の漫画家さんをうまくリードすることができず、ちょっとカオスな現場になっていました。
僕は1番後ろから見ていて、これ大丈夫なのかな…と思っていましたが、それを塩谷さんが見事円滑にフォロー。この日思ったのは、とにかく塩谷さんは周りをよく見ているということ。同時に、あれだけ周りを見ていると、そりゃ人一倍疲れてしまうんだろうな、と思いました。

 絵を描くことは、すなわちよく見ることな訳ですが、その技術は練習で身につく人もいるし、生来人以上に周りがよく見える人もいます。それはよく見えるというよりは「よく見えてしまう」というニュアンスで、僕自身はわりかしそのタイプなので「よく見る」という勉強をおろそかにした過去があります…。
要するに何が言いたいかというと、もともとよく周りが見える人が、絵の勉強でさらによく見る技術を身につけると、ちょっと常人じゃ太刀打ちできない感じになります。
塩谷さんは「見る力」が飛び抜けている。あの絵はこの人じゃなきゃ描けない。この人だから描けるんだ。改めてそう強く思いました。
話しかけようかなと思いましたが、お忙しそうで、またの機会があるはずだと思い、小杉湯を後にしました。

「銭湯図解ができるまで」個展へ

 尋常ならざる前置きを終え、遂に最終フェーズ。
さて、僕は最初にも書きましたが、個展というものが好きです。

イラストレーターやデザイナー本人と話しながら「これはこうで〜」と、それぞれのこだわりや隠されたポイントの説明を聞く時間は、とても尊いものだと思っています。アパレルの展示会とかも、ブランドディレクターがやっているものは本当に面白い。

 そして、塩谷さんが個展を開くというので、これは行きたいなと思っていると、ちょうど僕の仕事が休みの日に在廊されているとのこと。近頃週末も出張が続いていたのに、なんといいタイミングだと思って伺ってきました。

小さな本屋さんの2階がスペースになっており、階段を上がると展示スペースが所狭しと広がっています。
そもそも、大体の絵というものはやはり原画の迫力が段違いなのですが、何と言っても水彩は特に綺麗で、美しさが違います。音楽で言えば、ライブとCDのようなものです。

この日見たかったのは何と言っても薬師湯。
ピーク時には週4、5で通う薬師湯には、スカイツリーの照明のようにグラデーションで色が変わる「タワー風呂」なるものがあり、その図解を生で見たかったのです。
奥の壁面に貼られたそれは、非常に綺麗な色使いでした。

実は、僕は薬師湯のポスターを作りました。
それは、近くの銭湯が廃業になったのを見て、なんらかの形で自分も銭湯業界に貢献できないか、魅力を伝えられないかなと考え、自分がやるならデザインだと思い至り、デザインしたポスターを自分がライターとして参加していた銭湯のサイトに、魅力よ届け!という感じで掲載しました。
それにタワー風呂のグラデーションをイメージした箇所があるのですが、合わせたわけでもなく図解の色と同じ色で、それがどこか嬉しかったのです。(同じものをベースにしているので当たり前かと思うかもしれませんが、色々ニュアンスがあるのです…)

「やはり原画は良いな」と何度も見て、展示してある取材風景の写真も見ました。その中に、裏口からの景色だから一見したらわからないけど、水風呂のタイルで「これは薬師湯だ!」とわかるものがありニンマリ。望んでいるわけではないのによく見えてしまう僕の目は、たまに姑クサくて自分でも嫌になるけど、こういう時は素直に嬉しく思います。

そして、一通り見た後に少し塩谷さんとお話ししました。
薬師湯の話ばかりしましたが、この個展という場所で話せてよかったなと思います。

最後に、薬師湯店主のシュウゾウさんが先述のポスターのデザインを気に入ってくれて、グッズとして販売されることになったキーホルダーとステッカーを塩谷さんにプレゼントし、個展を後にしました。

帰りに

 帰りの電車に乗り込んだとき、ふと頭に、先述の「おわりにかえて」の最後にふわっと書かれていた文章が浮かびました。

「もう『絵を描くのは楽しい』と純粋には言えない」

これに関しては僕も思うことがあり、本当に「好きは呪い」だと考えています。
「やりたいことあっていいな」とか言われたりもしますが、こっちはこっちで大変なんだぞと。僕の場合は絵というより「こういうものが欲しい、作りたい」からデザインを行っていくことも多いですが、本質的には同じこと。好きなだけじゃやっていけないし、プラス要素、マイナス要素、いろんなものがついてきます。

塩谷さん自身は「辛さもすべてひっくるめて絵を描く人生を引き受けたいと今は考えています。」と文章をまとめていますが、この言葉は決意表明、覚悟のようなものを感じます。
自らの著書でそれを宣言することはなかなかできることではありません。しかし、それだけ価値のあることなのです。何か作り上げるということは。
たとえ周りにどんなマイナス要素が転がっていようと、完成形をイメージし、出来上がった瞬間の喜びを想像しながら、1つ1つのステップを進めて何かを産み出していく。その作業は何者にもかえがたい。

 大好きな音楽という世界に、自分がやりたいデザインというセクションで携わるために上京した自分にとって、救われた場所である銭湯という世界に、絵というアプローチで仕事をする塩谷さんの存在は、すごく刺激的に映りました。

 自分はまだまだダメだなと思うし、日々情熱大陸ショックを色んな方面から受けたりします。東京でもうダメかもと思ったことも1度や2度じゃないし、「選んだこの道は間違いだったのかな」と悩んだ日もあったけど、結局答えなんてない。なら、これを正解にするために、這いつくばってでも必死に生きていくしかない。それが、塩谷さんのいう「全てひっくるめて絵を描く人生を引き受ける」ってことなんでしょう。

それならば僕も、今一度自分の歩んで来た道に自信を持ち、これからも何かを生み出していく人生を引き受けていくしかないと思いました。
何度も言うように、自分にしか作れない何かがきっとある。

そして最近、この東京という地で「良く見えてしまう」僕の目には、それが何かというのが少しずつ見えてきている。そんな気がするのです。

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