デジモンアニメ劇場版三作リバイバル上映鑑賞

この間、デジモンアニメ劇場版のリバイバル上映に行ってきた。

上映作品は『劇場版デジモンアドベンチャー』、『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』、『劇場版デジモンアドベンチャー02 ディアボロモンの逆襲』の三本立て。

これらの三作品は映画館で観た事はなかったし、そろそろ記憶もうろ覚えになってきた頃で見直すのにちょうどいいと思い、劇場へと急遽足を運んだ。

旧Twitter(現・X)に投稿したふせったーとほぼ同じ内容になると思うけど、noteにも鑑賞記録を残していこうと思う。

※自分は一応デジモンアドベンチャー以降の直撃世代に当たるものの、今回は意識的に一歩引いた目で鑑賞しているので、気になるところがあれば書いていく方針。厳しめな感想があるのでご注意。

※なお、アニメシリーズ中心にハマっていたので、ゲーム関係については全然詳しくないです。


『劇場版デジモンアドベンチャー』

TV本編の前日談に当たる今作は、主人公・八神太一とその妹・八神ヒカリを中心とした子供の視点で展開されている。

そのため、大人は八神家の両親くらいしか登場しない上に、顔は殆ど映らず足元のみでの登場となっている。これも、子供の低い目線を意識したものなのだろう。

個人的に目玉だと思うポイントは、グレイモンとパロットモンの2体による、現実世界で繰り広げられる激しい戦闘シーン。
ある日突然、現実の中に、非現実的で異質なモンスターが出現し、暴れ回るという怪獣映画的な描写が、やはり自分に大きく刺さる。

後のデジモンテイマーズでもそうだったが、現実世界に忽然とデジモンが実体化し戦うというシチュエーションが、自分にとってより好みなのだろうと、この映画を観て再認識した。

しかし、前日談+基本子供視点で進行という性質上仕方ないだろうが、この映画単体だとかなり謎が多いと思った。個人的に気になったものをいくつか挙げると、


・「八神家のパソコンからコロモンのデジタマが出現したのはなぜか?」

・「コロモンが進化できた理由は?」

・「進化後のコロモンが人間の言葉を話さなくなったのはなぜか?」

・「なぜパロットモンが出現したのか?」



などなど、謎が結構残る。

これらの疑問については、「八神兄妹を初めとする子供達が、人知れず未知の怪物を目撃する事に焦点が当てられる映画なのだから、これらの謎はこの映画内で明かされなくても特に問題はない」と、反論されそうな気がするが。

今作におけるコロモンが進化したアグモンは、自販機との比較から考えて恐らく人間の大人にも迫る大きさで、自動車や自販機などを簡単に破壊してしまうほどのパワーを見せつけていたが、成長期でこれなら人間なんかはとてもではないけど勝てないな〜… と思った。ちょっと殴られただけでポッキリ行きそう。

幼年期の時は人語による意思疎通が図れていたものの、人間とはどこか一線を画したモンスターである事を表現するための、コロモン(※進化前進化後含めて)の〝目〟の描写も、印象的だった。

改めて見直すと、コロモンと多く関わっていたのは太一というよりどちらかというとヒカリの方なのでは? と思った。
ヒカリは笛で、泡を出すボタモン時のコロモンと意気投合してたし。

また、いくら深夜とはいえ、あんな団地のド真ん中で巨大な怪物2体が現れてドタンバタン暴れ回っているのに、子供達だけが知っていた戦いというのは、結構無理があるように思う。警察やら消防やらが出動もせず、大人の存在が希薄になっている。(子供目線を意識した映画なので、意図してやっているんだろうが)

戦いを目撃した子供の一人である丈が電話をかけても通じなかった描写からして、警察や消防への通報もままならないという事が一応示されてはいたが、いやそれでも今作の戦いの目撃者が子供達のみなのは「本当にそんな事ある?」と今更ながら引っかかるところである。

『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』

こちらも既に様々な人に高く評価され語り尽くされているため、自分が特筆すべき事もあまりない。なので今回はあえて、鑑賞していて個人的に気になった点を挙げていく。

・テントモンとパタモンが進化妨害されて以降、戦線離脱したままだった。

・空がプレゼントに難癖を付けるキャラにされている。
(ヘアピンのプレゼントに対して「私の帽子が似合わないって事?」と捉えて文句付けるの、一体人としてどうなの…?)

・他のメンバーは仕方ないとして、せめてヒカリに事情を詳しく話せば、誕生会を優先せず帰ってきてくれたのではないか? (上映時間が短いゆえに、登場キャラを絞らなければならない都合があるのは分かるけど…)

・終盤太一が「一緒に戦いに来た」と言うけど、実際はパートナーデジモンのそばについてるくらいしかできないのに、「一緒に戦う」とは具体的に何をどうするのか? というのが頭によぎった。ネット空間上における戦いを援護するなら、光子郎のようにパソコンや機械に強くないと難しそうだなーと思ったり。

しかし、尺が短いのを逆手に取ったテンポの良さは、こちらに考える隙を与えない勢いであり、思い出補正に飲み込まれそうだった。

『劇場版デジモンアドベンチャー02 ディアボロモンの逆襲』


ぼくウォから続けて観ると、前回のディアボロモン(いつ名前を知ったんだ光子郎?)との戦いでは、各員諸事情があったとはいえ中々集結する事ができなかったデジアド組と、何かあればすぐに全員駆けつけそうな雰囲気がある02組が、意図したかどうかは別として対照的だった。

劇中でも賢ちゃん(あえてこう呼ぶ)に指摘されていたが、02の主人公・大輔の何とかしようとあがく真っ直ぐさはやはりとても眩しく、彼の好きな点である。

また、懇願する大輔にパソコンを貸してくれたお兄さんや、ブイモンやワームモンのところへの道を開けてくれた子供達といった、名もなき人達の人の良さが出ていたのが良いと思った。

気になったのは、ブイモンとワームモン、パタモンとテイルモン以外の02組のパートナーデジモン(ホークモン、アルマジモン)が戦闘面で殆ど活躍させてもらえてなかったところ。これはアカンだろう… と思う。そんなキャラの間に格差を生むような真似は。

また、終盤のインペリアルドラモン・パラディンモードが、オメガモンより動きというかアクションが少なかったのもどうかと思ってしまう。
過去の映画に言っても詮無い事かもしれないけど、中盤までオメガモンがゴリゴリ動く分をこの映画のメインデジモンであるインペリアルドラモンにも分けて欲しかったというのが本音。

『ターゲット 〜赤い衝撃〜』が流れるタイミングは良かっただけに。

アーマゲモンへの止めの刺し方も、演出が少し地味で爽快感に欠けるなーと…。もっと豪快にして派手な終わりにしても良かったのではないだろうか? そこで控えめになってどうする?

02組も好きであるゆえに、02組にとって最後の晴れ舞台(公開当時)となるであろう劇場版で、所々で扱いなどに差があるのを残念に感じてしまった。

まとめ

久しぶりに三作品を観たけど、それぞれの上映時間はそんなに長くないとはいえ、複数の映画を連続で鑑賞するのは今回が初めてだったのもあり、満足度は高かった。

しかし同時に、一本目の劇場版デジアドを観てる最中に思ったのが「公開当時、この映画から受けた衝撃は確かに推して知るべしだけど、後のアニメシリーズが今後も一々デジアド関連と比較され貶されるのかと思うと、不憫でならないし悲しい……」という事だった。

今回はデジアドにかけていた思い出補正をなるべく取っ払って鑑賞してみた。その結果、戦闘シーンは概ね迫力があり演出も凄かったけれど、近年自身がよく抱いている「デジモンのアニメって、結局人間キャラ中心で話を回してないか?」という疑念は、上映後も払拭される事はなく……

改めて、自分にとって良い点や「ここはどうなの?」と思う点を再確認できたリバイバル上映だった。