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槇山の不入山

今から五百年ほど前のお話。
現在の香美市物部町に伝わるお話。
この話には個人的に思い入れがありまして、と言うのも高知にお住まいでテレビをよく観られる方ならご存知かと思いますが、日曜日の朝7時15分からRKCで放送されている

土佐のむかし話

で、このお話を放送された回がありまして、もう何年か前だとは思いますが、かなり印象に残ってる回です。

子供の名前を悲痛な声で叫びながら森を駆け回る母親の姿が印象的で、普段よくある可愛らしい狸に化かされる回とは違い、得もいわれぬ恐ろしさ、悲しさを感じました。

この土佐のむかし話では、わりとベーシックな土佐弁が淡々とセリフで使われていますが、イントネーションを学ぶには間違いないと思いますので、県外の方にもぜひ見ていただきたい。

ところで、同県の高岡郡津野町にも不入山という山がありますが、あの山は土佐藩のお留山として立ち入りを禁じられていましたので、その名がつきました。

今回のお話では入山、または手を加えると祟りがあるとされた祟り山を不入山(イラズ山)などと呼んだ事に基づくお話です。




いらず山の謂れ



槇山村におみねさんという、亭主を亡くしたばかりの女性がおりました。

おみねさんのもとには芳坊(よしぼう)という、まだ幼い一人息子がおりました。

ある日の明朝、庄屋の屋敷から

「ブォー、ブォー」

と法螺貝を吹く音が聞こえてまいりました。

亡くなった亭主が普段は働きに出ていたのでおみねさんは、法螺貝の吹く音が何を意味するのかわからず、隣家の弥吾作爺さんに問うたところ

「あれか。あれは、山仕事へ行けとの合図じゃ。はよう支度をせんと庄屋に怒られるぞ。」

という。
芳坊を抱き抱えた爺さまは

「それはそうと、芳坊はどうするがぜよ。連れて行くわけにもいくまいが。」

と言うたが、おみねさんは

「いえいえ、連れて行きます。」

と言い、おみねさんは芳坊を背負って、山仕事の支度をした。




やがておみねさんと爺さまは庄屋の屋敷へ行くと、すでに村の人たちが集まっていた。


「皆のもの、よく聞け。今日はわしの山の手入れをする。精を出して働けよ。怠けるとしょうちせんぞ。」


庄屋はこう言い放つと先頭に立って山を登り、やがて庄屋の持つ杉林へとたどり着いた。

この杉の枝打ちが今日の仕事であり、村人たちは皆、懸命に働いた。

おみねさんも、芳坊を背負ったまま、打ち落とされた枝を拾い集めては、葛のツルで束ねる仕事をしていた。

芳坊がむずがっても、背負って働かねばならない。
休むわけにはいかない。

なぜなら、ムチを持った庄屋が見張りをしているからだ。

そうして村人たちは昼も休まず働き、やがて夕方になり、日が暮れようとした時

「もうよい!仕事をやめよ。皆、束ねた枝を持てるだけ背負うてこい。」

と庄屋は村人たちに命じた。

村人たちはめいめい、杉の枝を背負ったが、庄屋はそれを厳しく、一人一人を調べて回った。
やがておみねさんのもとへやってくると

「こら!誰が子を背負えと言うた!子供を下ろしてさっさと枝を背負わんか!」

と怒鳴りつけた。

この事態をみかねた弥吾作爺さんは

「このわしが、二人分背負って行きます。なので、どうか勘弁してやって下さいませ。」

と必死にとりなしたが、庄屋は聞く耳を持たず頑として子供を置いていけと言う。

どうしてこんな恐ろしい山に子供を置いていけるものか。

おみねさんは必死に訴えたが、無慈悲な庄屋は何としても許してくれない。

その場で皆に迷惑をかけるわけにもいかず、仕方なくおみねさんは芳坊を木に縛り付けると

「芳坊、すぐに戻ってくるからね、待っててね」

と言いきかせ、枝の束を背負うと一目散に山を駆け降りた。



そうして庄屋の家に枝を届けると、飛ぶように山を登り、

「芳坊…芳坊…」

と、わずかに木々の隙間から見える星の光を頼りに我が子を探したが、先程の所にはもう芳坊は居なかった。

気が狂わんばかりに我が子の名前を叫ぶおみねさん。

するとかすかに、二十間(約36m)ほど先で子供の声が聞こえた。

嬉し涙をこぼしながらおみねさんは駆け寄った。

しかし、不思議なことに寄れば寄るほどに声は遠ざかり、やがて声はとんと聞こえなくなった。

おみねさんは気が狂ったように

「芳坊かえせ…子供をかえせ…」

と繰り返し大声で叫びながら、高い崖から身をおどらせ、谷底へと消えていった。


弥吾作爺さんや村人たちは、おみねさんと芳坊が村に帰っていないことを知り、山に探しに行ったが、ついに親子を見つけるに至らなかった。


それから七日経った時、ちょうど庄屋の家の一人息子の誕生祝いが催され、庄屋の屋敷は大変な賑わいだった。


鬼畜のような庄屋も、我が子だけは可愛いとみえて、にこやかに笑っていたが、その夜のことだった。


庄屋は夜中に飛び起きると、途端にゲラゲラと笑いだした。

驚く家人を尻目に荒々しく我が子を抱き抱えると

「子供を返せ…子供を返せ…」

と叫びながら表へ飛び出し、一目散にあの悲劇のあった山へと駆け上がって行った。

その声は庄屋の声ではなく、あのおみねさんの声だったという。

この騒ぎに村中が騒然となった。

村人たちは何日もかけて庄屋親子を探して山狩りをしたが、ついに見つけるには至らなかった。


やがて誰言うとなく、これはおみねさんと芳坊の祟りであると噂して恐れ、誰もこの山に入る者は無くなり、いつしか不入山となった。



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