娯楽都市の饗宴【ルピナス編①】


これは、灰色と閃光【カイナ外伝】のその後の物語になります。


部下からの報告を受けたカイナはようやくルピナス南部の酒場に到着した。
店の中では報告の通り、男が暴れている。

「オラオラァ!!全部ブッ壊してやらぁ!!」

筋骨隆々とした身体に首もとにタトゥーの入ったその男は、BLACK JUNKETの隊員たちをたった一人で圧倒している。
カイナは腰に携えたレイピアを抜き、店の中に入る。

「お前たちは下がっていろ、ここから先は僕が対処する。」

「カイナ様…申し訳ありません…」

「構わない、それよりけが人の手当てにまわれ」

「はっ!」

部下たちを退避させた後、カイナは男に向かう。

「なんだぁ?てめぇ一人で相手するつもりか?」

男はカイナをじろりと見下ろす。

「ええ、あなた程度であれば僕一人で十分ですので」

「あぁ?なめてんじゃねぇぞクソガキがぁ!!」

男は額に血管を浮かばせ拳を振り上げる。

「魔の極み…『百禍之霞』」

極みの口上と共に、カイナの身体から黒いモヤが発生し、カイナを覆い隠すように広がった。

「そんなんで目眩ましでもしたつもりかぁ!」

男は構うことなく拳を振り下ろす。
しかし、その拳がカイナに届くことはなかった。

「グワァァァァ!」

モヤに拳を突っ込んだとたんに男は悲鳴をあげる。見れば、その拳はズタズタに切り裂かれていた。

「な…何をしやがった!」

男はカイナに向かって吠える。

「魔の極み『百禍之霞』。このモヤは触れたものを切り裂くんですよ、こんな風に」

そう言ってカイナはモヤをまとった手で男の左腕を握る。

「ギャァァァ!」

今度は左腕がズタズタになり、男は再び悲鳴をあげた。

「どうします?まだ続けますか?」

カイナは両腕を切り裂かれ膝をついた男に問いかける。

「わ…わかった…降参…する…」

「そうですか、では…」

カイナはレイピアの鋒を男の喉に向ける。

「あなたが我々に与えた損失、きちんと賠償してもらいますね」

「お、おい…それってどういう意味だよ…?」

「死をもって償ってもらうって意味ですよ。まさかこれだけのことをしておいて腕だけで済むとお思いで?」

「ま、待ってくれよ…俺は客だぞ…?お客様は神様だろ…?」

「確かにお客様は神様です。神様ですが…」

 カイナは淡々と言葉を続ける。

「我々に害を成すような“疫病神”なら始末しても構わないんですよ、それがこの街のルールなので」

そう言うとカイナはレイピアを握る手に力をこめた。すると今度は黒いモヤが刀身にまとわりつき渦巻き始めた。

「それではまたのお越しをお待ちしております。来世でね…」

「た…助け…!」

 ザシュッッ!

その瞬間、レイピアにまとわりついていたモヤが針のように圧縮され、ものすごい速度で男の首を貫いた。

「一応ファブナー様に報告しておこうか…」

カイナは後処理を隊員たちに任せ、酒場を後にした。


一方その頃、ルピナスの総支配人執務室にて

「『天は二物を与えず』って迷惑な言葉だよな」

ファブナーは椅子に深く腰掛け、語り始める。

「あの言葉があるせいで皆変なイメージを持っちまう。頭脳タイプはひ弱だとか、逆にパワータイプは頭が悪いとか、あとは“金持ちは弱くて何でも金で解決する”とか。」

「だから子供さらって身代金要求したり、臆面もなく押し掛けて『金を出さないと殺すぞぉ!』なんてのたまう輩がでてくる」

「中には金を持っているうえに最強な男もいるってのに。全く面倒なことだよ、なぁ?お前らもそう思うだろ?」


「…って、もう聞こえちゃいないか」

ファブナーは目の前に転がる五体の死体を見ながら呟いた。死体はどれも原型をとどめておらず、壁や天井にも血がべっとりとついている。

「こんなに部屋も汚しちまって…掃除が面倒だな…」

この部屋でいったい何があったのか、時は十五分前にさかのぼる。


カイナが執務室を出た後、ファブナーはカイナが作ったリストにもう一度目を通し始めた。

「あとはこいつらを金で従属させるだけだな…」

その時だった。
バァン!と扉が開け放たれ五人の男たちが部屋に押し入ってきた。年齢は二十代前半といったところで、手にはナイフや鉄パイプを持っている。

「…ここは一般客立ち入り禁止なんだが?」

「そんなこと知るかよ!それよりほら、死にたくなかったらありったけの金を用意しろ!」

「金目的のチンピラか…なんで仕事をしてる時に限ってこういうのがやってくるんだか…」

ファブナーはため息をつく。

「ここはカジノ街だぞ?金なんて勝って稼げばいいだろ」

「そのカジノに負けたからここに来たんだろ!」

「それに、あんたから奪う方が手っ取り早いしな」

ファブナーはもう一度大きくため息をつくと、椅子から立ち上がり男たちへと歩み寄る。

「お前らにくれてやる金なんてねぇよ、どうしても欲しいなら俺を殺して身ぐるみ剥いでいくんだな」

ファブナーはナイフを握る男の目の前まで行き、立ち止まった。

「ほら、刺してみろよ?」

「は?あんた本気で言ってんのか…?」

男たちはファブナーがすぐに金を出すと思っていたらしく、目に見えて動揺する。

「どうした?さっさと刺せよ、それとも怖気づいたのか?」

ファブナーは笑い、男の前で手を大きく広げてみせる。

「や…やってやるよぉ!」

覚悟を決めたらしい男はナイフをファブナーの腹めがけて突き出した。

 ガキッ!

「え…何で…?」

男のナイフは鋒がファブナーの腹に触れた途端に、まるで石壁に当たったかのようにそこで動きを止め、それ以上刺さらない。

「なんだよ、期待はずれもいいとこだ」

ファブナーは困惑する男の頭に手を置く。すると男の目から光が消え、ナイフで自分の体を滅多刺しにして死んだ。

「チッ…服が汚れちまった…高いんだぞ、これ…」

返り血を気にするファブナーを前に、他の男たちは呆気にとられている。

「何が起きたんだ…?」

「見りゃわかんだろ、お前らのお仲間が俺に殺されたんだよ。早く敵討ちでもしたらどうだ?」

「て、てめぇよくも!」

残る四人の男たちは武器を振り上げて一斉に向かってくる。ファブナーは男たちの攻撃を防御することなく、全て体で受け止める。

「やっぱり弱いな。そんなんでよく俺から金が奪えると思ったな」

ファブナーは体に力を入れ、男たちを吹き飛ばした。

「嘘だろ…傷一つついてねぇ…」

「バ、バケモノだ…!おい、逃げるぞ!」

男たちは扉に向かって走り出した。

「逃がすかよ」

男たちが部屋を出るより先に、ファブナーは扉の前に移動する。

「ど、どけぇぇえ!!」

男の一人が鉄パイプを振り回しながらファブナーに突っ込む。
ファブナーは振り下ろされる鉄パイプを片手で弾き飛ばし、男の頭に回し蹴りを食らわせる。
男は一撃で頭蓋骨が粉々になり、その場に倒れた。

「あ…ああ…」

残った三人は絶望の表情を浮かべる。ファブナーはそんな男たちを見ながら嗜虐的な笑みを浮かべる。

「まだまだ夜は長い、ゆっくり楽しもうじゃねぇか」

そこから行われたのはファブナーによる一方的な殺戮であった。
抉られ、潰され、引きちぎられ、部屋は血の海と化した。


そして現在に至る。
酒場からちょうど帰ってきたカイナは部屋の有り様を見て驚愕した。

「ファブナー様、お怪我はありませんか…?」

「あぁ、俺は平気だ。服は汚れちまったがな」

「申し訳ありません、酒場で騒動がありここの警備が手薄になっていたようです。」

「そうだったのか…どうりでこんな雑魚がここまで入ってこれたわけだ」

「…僕の責任です、どんな処罰も甘んじてお受けします」

「不問だ、それよりもこの部屋の掃除と替えの服を頼む」

「…寛大な御心に感謝いたします」

カイナは部下を呼び、すぐに部屋の掃除に取りかかる。

「あぁ、あとカイナ、もう一ついいか?」

「はい、何なりと」

「さっきのリストに載ってたテロリストたちに資金提供を持ちかける、書状を送る用意を頼む」

「かしこまりました。すぐに用意します」

いよいよだ、とファブナーは心の中で呟く。

窓の外ではただ月だけが血に濡れたファブナーを冷たく照らしていた。








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