カミュで伊藤計劃「ハーモニー」を再解釈してたら残高100円になった話

スターバックス。制服の学生、スーツ姿の会社員、親子連れ、カップル・・・
駅の東口一階。西口の店舗に比べて何故かいつも空いているスタバには今日も多種多様なお客さんがリラックスしたり、スタイリッシュにコーヒーをキメていたりしている。
そんな場所へ、小脇にカミュの「異邦人」「ペスト」を抱え手に金色で派手に2020とデザインされたスタバカードを持ち現れたこのわたくし。
そう、新年早々「一度くらいスターバックスで勉強とかしてみたい!」という目標をたてたのを、ついに実行しに来たべるもっとその人である。

1 なんで辛い話を書くの?読むの?

キャラメルマキアート。ホットのトールサイズと共に席に付く。せっかく甘くて温かくて美味しいドリンクがあるのだ、何か面白い本をお供にするなり何なりして、幸せ気分に浸るべきだろう。ところがどっこい、今日私の目の前にあるのはカミュの傑作「異邦人」「ペスト」
そう、どちらもバッドエンドストーリーなのである。

何が悲しくてスタバでこの二冊なのか・・・
NHKの、「100分で名著」という25分番組がある。一回25分、全四回 計100分で、一冊の書籍を解説していく本好きにはたまらない番組で、「ぺスト」を取り扱っていた回があり録画をしていたのだが先日、たまりにたまったFGOのアニメを見たあと、削除する作業をしていた時謝ってこちらも消してしまったのである。

これは本で読んだ方が良いということなんだろうと思い、スタバへ行く前に未来屋書店で購入する事になったわけなのだけれども、ちょうど隣に「異邦人」も合わせて置いてあったのでこちらも購入したのである。お恥ずかしながらどちらも未読だったのだ。

という訳で。飲む。読む。飲む。読む。読む。突っ伏す。読む。飲む。読む。・・・・・・・・

えげつなぁ!!????!!!!

うっ・・・うっ・・・ぐすん・・・ここまで、きついお話とは・・・・!

ざっくりあらすじを説明致します。ネタバレもあるのでご注意下さい。

アルベール・カミュ
「ペスト」 黒死病「ペスト」がアルジェリアのオラン市を襲い、拡大する感染と増加する死亡者数のために街は封鎖される。閉ざされた環境で、医者、市民、よそ者、逃亡者、司祭、多種多様な登場人物たちが圧倒的な不条理を前に立ち向かう姿を描く。

「異邦人」
主人公ムルソーは、母の死をきっかけに訪れた街で事件に巻き込まれ、アラブ人の男性を射殺してしまう。裁判で間違いなく情状酌量が認められる状況だったにも関わらず、一般人の普通の感覚、世間一般の常識に当てはまらないムルソーをみて、待街の人々は次々と彼の悪評を話すようになった結果、司法ではなく、民意の元、死刑が決定してしまう。

カミュの名作ですね。
どちらも、ある一つのテーマを描いています。

不条理

これだけです。カミュの描く不条理とは
ペストのように、完全な天災や、自分とは関係がないどこかの誰かが起こした人災の為に、全く抗うこともできずに尊厳を奪われること
そして、世間一般の常識とか、普通の感覚と言った条理の世界から離れた、世の中と同じ、みんなと同じに慣れない人間を、理解できない悪、異邦から来た存在として世間みんなに尊厳を奪われること

こうした理不尽をカミュは不条理として描いています。

ハイデガー哲学的だなぁと思いながら読んでいたのですが、そこでふと、思ったのです。

どうしてわざわざ、カミュは物語として、こんな辛い、人間の闇ばかりを描いたのだろう?と。
そして、読む側の読者もまたなぜ、暗いばかりで鬱々とした物語を評価するのだろうか?と。

だって、どうせ読むなら、楽しいお話、幸せなお話が良いですし、商業的に考えたって陰鬱としてるよりはわかりやすいお話の方がうけるでしょうし・・・私が浅薄なのでしょうが、ちょっと気になるなと。

ところで、二冊読んでいる間にかなり時間が経ってしまいました。マキアート一つで粘るのも申し訳ないですよね、よし・・・
「アイスのドリップコーヒー、ショートで一つお願いします♪」

2 悪を知らなければ悪に淘汰される

前置きこんなに長くやっておいて申し訳ないのだが、結論は上記の一文である。
先ほど書いた通り、カミュは抗えない圧倒的な理不尽と 常識に当てはまらない人間を排斥しようとする世間を指して、不条理とし、それを描いた。

これらの不条理は、作品の中でとてもとても恐ろしく描かれており、私はスタバのテーブルに頭突きをかますほど落ち込んでしまったわけだが・・・冷静に考えると、ここで描かれる不条理は、決してフィクションの誇張ではなく、現実に存在して私たちを脅かしているものなのだ。

病はこちらの予定を無視して、どれほど気をつけていようと突然何の理由もなく私の生活を脅かす。

世間が求める常識、価値観、成績に当てはまらない人間は「変わり者」として笑われたり、いじめられる。

とても嫌な事実だけど、でも確かに私たちの日常にこうした不条理は存在してしまう。

だが、ここで考えてみて欲しい。私たちは、常日頃からこうした「不条理」について考えたことがあるだろうか?
「不条理」について、語ろう教えようとしてくれる人を、見たことがあるだろうか?

まぁないでしょうし私もないです
臭いものには蓋を・・・じゃないですけど、わざわざ嫌なもの辛いものを見たいって言う人は希有でしょうし、
語ろう教えようなんて人は0に近いでしょう。
この国では女性蔑視や性犯罪の裁判結果について話をする事をどういう訳かタブー視しているみたいなのが良い例で・・・

私は、「人間と世の中の醜い部分を描く」という行為には、そんな世の中に対して「悪を自覚せよ」というメッセージがあるのではないかと感じました

悪を見ない。辛いもの、怖いものなんか知らなくて良い!
清く正しく美しいものだけを知っていれば、清く正しく美しい人間になれる!

・・・本当にそうでしょうか?
人間の本性は、いじめや窃盗、殺人を犯す、動物的なものがベースなのは事実ですし、道徳や倫理やら法やら人間関係やらを学んで社会に参画しているはずの大人たちは今日もパワハラセクハラ不祥事に明け暮れています。

悪は目の前に、そして自分の内にあり、時に社会という大きな濁流となって私たちを襲います。

なのに、「悪とは何か」ひいては「不条理とは何か」を全く知らなかったら? 吐き気を催す邪悪が、確かに世界にあることを知らず、人間の善性を盲目に信じたい人ばかりになってしまったら?

きっと、何が悪で、何が善なのか。自分で考えもしないのではないでしょうか? 悪に立ち向かうことも、正そうともできない。だって、知らないし見ようともしなかったのですから、全く勉強をしていない範囲の難しいテストを解けと言われるようなものでしょう。

いざ悪にあてられ、不条理に相対したらあっという間に負けてしまうしまう。
最悪なのは、悪に立ち向かおうとする人を、悪を知ろうとする理解できない人間とみなし排斥しようとするかもしれないということです。醜い悪を知らないことが、自分を悪に変えるのです。

TVアニメ「psycho pass」1期にて、槙島聖護の「無菌室で育った赤ん坊が、ある意味で一番無力なように・・・」なんてセリフがありますが、まさにそんな感じでしょう。
汚いものを知らなければ、むしろ汚いものに淘汰されやすくなるし、場合によっては同類になるわけです。

余談ですが、psycho pass世界では善悪の判断基準、正義の定義と犯罪の定義を全てシビュラシステムに委ねる、いわば外注に出している訳ですが、その結果大通りの真ん中で目の前で女性がヘルメットを被った謎の男に殺害されている様子を見ても、誰も通報しない、そもそも何をしているのか何が起きているのか誰もわからないという事態が生まれています。要はこういう事ですね

悪を、理不尽を、不条理を徹底的に描き、恐ろしさを伝える。この行為は悪の恐ろしさを知ることで悪に立ち向かう知識を得て欲しいという作者の願いがあるのではないかと思うのです。

また随分時間経っちゃった・・・ そういえばスタバカードでコーヒーを買ったら、二杯目は100円だったなぁ・・・
「すみません!ドリップコーヒーいただいても~!?」

3 伊藤計劃のアンチユートピア

日本の0年代SF最高峰と名高い伝説にして夭逝の作家、伊藤計劃が書き残したSF長編「ハーモニー」

メディケアと呼ばれる恒常体内監視システムを体内に取り込むことであらゆる病気、果ては老化までも駆逐されつつある世界。究極の健康と平和が社会を優しいピンクに染め上げる世界で、息苦しさを感じていた二人の女子高生 トァンとキアンは 御冷ミァハに導かれ、自殺を図る

数年後、死ねなかったトァンはWHO上級螺旋監察官として世界同時多発的に発生した大量自死事件を追う。その捜査の過程で、彼女は死んだはずのミァハの声を聞く・・・

めっっっっっっっっっちゃ面白い超有名作ですね。
ハーモニーの、平和で恐ろしいものは何もなく、心と体の健康が究極まで実現された社会の描写としてこんなものがあります。
「心的外傷性メディア取り扱い資格」
見た人の心にストレスを与えるような、刺激の強いものは「健康に害する」としてネット空間からもすっかり排斥された世界がハーモニーの社会です。

かなり厳しい規制らしく、殆んどのメディアが子供向けの絵本のような柔らかい表現や色使いになっていますが、どうやら「なかったこと」にはしていないらしく、刺激の強いメディアもあるにはあるようです。

医療社会の外では紛争が続いていますのでそれ関連の資料ですとか、医療社会が出来るきっかけになった「大災禍」関連の資料だと思われるのですが、こうした情報を取り扱うためには特別な資格が必要になっているという徹底ぶりが伺える設定でした。

人にとって害あるメディア。これを誰かに決めてもらって、自分で見るものを自分で決めていない、決められない社会。守られていると思いますか?
どう考えても自由を奪われてますし、個人の感覚を否定してますよね。

屋内で本を読むのが好きな子供と、外で遊ぶのが好きな子供がそれぞれ居るのは当たり前なのに教師の一存で、外遊びを義務付けて、読書を認めないのと変わりません。個人の嗜好が考慮されていない訳です。

その結果、ハーモニーの医療社会では、主人公トァンが追うことになる大量自死事件がおこった際、社会は簡単にパニックに飲まれ、カウンセリング施設は世界的にパンク状態になってしまいます。
「嫌なものは一切知らなくて良い、あの事件までみんなそう思っていた。これからやって来るかもしれない恐怖を前に、街は静まり返っています。」
インターポール捜査官、イリヤ ヴァシロフの言葉です。

更に、実はこの医療社会では若者の自殺が年々増加していました。極端に潔癖な社会に、薄々息苦しさを感じてのこと、と作中で語られます。

「ハーモニー」は、不条理を知ることなく生きることが、もし出来てしまったら・・・

そんな社会の行く末をとても鮮烈に描いていたのだなぁと、カミュを二冊読み終えて思ったのでした。

・・・さすがにこんなに色々書いたら疲れた~!甘いもの欲しい・・・うぅ・・・
「すみません、バニラバクリームフラペチーノ、トールサイズで・・・」

4恐怖は勇気になる

不条理を知ることは、不条理に負けない精神や知識を得るだけでなく、「正義」を志すきっかけになるとも思います。

世の中はこんなにも抗いがたい恐怖があり、自分や自分の大切な人がその毒牙にかかるかもしれない。それを知って恐怖することは、すなわち「自分の手でそれを正したい」
という欲求に繋がるのではないでしょうか?

恐怖に震えたあの経験が、いつか誰かを守る力になる。そのきっかけが、物語の中、本の中にあったとしたらカミュも本望なのではないかと・・・

電車に揺られるべるもっとは思うのでした
それにしても今日は捗ったな・・・スタバで読書するのがあーーーんな快適とは思わなかった!また明日も行っちゃおうかな・・・(スタバのアプリを開く)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・????🤔🤔

ーーー 静かに、頬を一筋の涙が伝った・・・

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