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視界の先で時間を刻む【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から12】

<筆者が愛用しているセイコー製の鉄道時計SVBR001。真鍮にクロームメッキが施されている。現在発売されているSVBR003はSVBR001の後継モデルで、ステンレス製である。>

 子どもの頃、鉄道の運転士に憧れていた。鉄道に乗る時には必ず先頭車両を選び、きびきびとした指差喚呼、ガラス越しに見える頼もしい背中、発車・停車時の緊張感など……。
 専門的なことは分からなかったが、子どもながらにその姿は「きちんとした大人の姿」として、私の心の中に刻まれていた。運転士の背中の先、さまざまな計器が並ぶ運転台の上には、あるものが見えていた。腕時計よりは大きく、それでいて手のひらに収まる大きさの時計、いわゆる懐中時計である。
 これが、懐中時計の中でも鉄道時計という分類で開発された特殊な製品であることは、大人になってから知った。機能自体はシンプルで、特徴があるとすれば強い耐磁性能と視認性、電池寿命の長さなどが挙げられる。鉄道時計についての詳細は大人になってから調べたが、子供心にも、キラキラとした宝物のように感じられた。
 それから数十年が経過し、鉄道会社にもよるものの、先頭車両がカーテンで仕切られる状況が増えた。鉄道に憧れていた元少年としては少々残念な気持ちではあるが、現場なりのさまざまな事情があるのだろう。鉄道の運転席を眺める機会が減った代わりに、大人になった私は、路線バスに客として乗車した際、努めて運転士の後ろの席を選ぶようになった。子供の頃の習慣の続きで、ついつい運転士の動きが気になってしまうのである。
 ある時、いつものように路線バスの最前列の席に乗車した。その際、運転席に見覚えのある時計が置かれているのを見つけた。
 鉄道時計……しかも子どもの頃に見たものと同じデザインだった。感動と驚きと懐かしさが入り混じり、思わず声を上げそうになったが我慢した。その時ふと、「もしも将来バスの運転士になるようなことがあったなら、運転席に鉄道時計を置いて仕事をしよう」と考えた。
 当時の私はバスとは無関係の仕事をしていたし、大型二種免許を取得してもいなかった。その時は、あくまでも他愛もない妄想だった。
 縁あって私は今、路線バスを運転している。運転席には、自費で購入した鉄道時計。愛用して10年以上になるが、故障したことは一度もない。そしてその時計は、やはり鉄道の運転士を夢見ていた子供の頃に見たものと同じデザインである。多少のマイナーチェンジはあっても、優れた製品のデザインは変わらないようである。

※都政新報(2019年3月5日号) 都政新報社の許可を得て転載