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迷った先には招き猫【東京のりもの散歩~いちょうマークの車窓から22】

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 バスの運転手という職業に従事して軽く10年以上の歳月が経過した。実のところ、私は根っからの方向音痴である。このように書くと不安を覚える方がいらっしゃるかもしれないが、通常の業務においては、(日々さまざまな出来事が起こるとはいえ)定められた路線を一日に何度も往復することに集中しているので経路を間違えることはない。
 仕事を離れたプライベートの時間になると、時折スイッチが切れるのである。
 東京を代表する劇場のひとつである明治座。先日、とある舞台を見るために明治座へ足を運んだ。普段は下北沢の劇場へ行くことが多いのだが、公演のジャンルが異なるということもあり、自分にとっては人生初の明治座だった。明治座の最寄り駅は都営新宿線の浜町駅である。しかし「せっかくの休日なのだから少し歩こう」という気持ちが働き、都営浅草線人形町駅から散歩がてら劇場を目指すことにした。
 今思えば、初めて行く場所まで多めに歩く選択をするのは、方向音痴の人間特有の心理なのかもしれない。

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画像は堀留町と同タイプの三角屋根のある人形町三丁目停留所

 人形町駅を出て、人形町通りを小伝馬町駅方面へと向かうと、都バスの堀留町停留所が見えてきた。この停留所の形状は独特である。通常な画像は堀留町と同タイプの三角屋根のある人形町三丁目停留所らば四角柱のポールにバスの行き先や系統が書かれているだけだが、そのてっぺんに木造風の三角屋根の装飾がついた構造となっている。これが何を意味するものかを手元のスマホで調べようとした時、経路を間違えている事実に気がついた。私は金座通りへ引き返し、明治座へと向かった。
 舞台にはどうにか間に合ったが、堀留町停留所の三角屋根が頭から離れず、後日足を運んでみた。停留所には三角屋根についての説明はなかったが、少し歩くと三光稲荷神社という無人の神社があり、さい銭箱には「は組」の文字があった。「は組」とは、江戸時代中期の享保の改革によって編成された江戸町火消し「いろは四十八組」の中でも最大規模を誇った組(諸説あり)とのこと。停留所の三角屋根は火の見やぐらを模していたのだ。
 ちなみに三光稲荷神社の境内には多くの招き猫が祭られている。飼い猫が行方不明の時に祈願する「猫返し神社」として知られ、猫が見つかった人が招き猫を置いて行くそうである。御利益のほどは、文字通り神のみぞ知るところだが、道を迷ったおかげで特徴的な形の停留所を知り、招き猫だらけの神社にたどり着いたのは素直にうれしい。

都政新報(2020年12月8日号) 都政新報社の許可を得て転載
【参考資料】
・東京消防庁公式サイトより
 消防雑学事典 へらひん組がなかった「いろは四十八組
【参考猫】

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cafè Mo.free (カフェ モ フリー)  なつ先生