【再掲】「まとめられた日」をまとめてみた
夏冬に開催される某巨大同人誌即売会のシャトルバスの乗務に関して2012年に書いたエッセイを再掲しました。なお、内容はあくまでも個人の見解であることをご承知願います。
目立つのが好きな少年だった。大人になり、アルバイトを含めてさまざまな仕事を経験するうち、ただ自分だけが目立つのではなく、他人(お客様)をも喜ばせるにはどのような方法をとれば良いのかに興味が移って行った。
ある百貨店の駐車場警備の仕事をしていた頃、絶叫に近い大声とダンサーばりのオーバーアクションで、毎日1000台以上の車を誘導した。真冬だというのに滝のような汗が流れ、まるで自分自身がアイロンにでもなったかのように全身から蒸気が発生した。私の仕事の進め方に眉をひそめる向きもあったかもしれないが、明快なアクションの効果もあってか、駐車場内での大きな事故やトラブルはなく、さらに、駐車場で誘導棒を振る自分の姿を見るために百貨店に何度も足を運ぶファン(?)さえ現れた。現場の安全が保たれ、お客様には喜んでもらえ、さらに百貨店はリピーターでにぎわう。一石三鳥。今思えば、この仕事が「自分の個性を発揮しながら他人を喜ばせる喜び」の原点だったように思う。警備員の制服を着ていた頃から10年以上が経過した現在、縁あって私は路線バスのハンドルを握っている。
8月某日。その日私は東京駅と某展示場とを結ぶ臨時路線に乗務した。年2回、夏と冬に開催される世界最大級の同人誌即売会のシャトルバスである。3日間でのべ60万人近くもの人々を惹(ひ)きつける驚異的なイベント。往路では夢(=同人誌など)を「狩り」に行く高揚感、復路では夢を手に入れた感激……を背中にひしひしと感じつつ、早朝から夕方まで、私は大勢のお客様を乗せたバスを黙々と動かし続けた。いや、黙々と、というのは大きな誤りである。私はそのバスに乗務している間、自分で言うのも何だが「うるさいほど」しゃべり続けていたのである。しゃべるとは、饒舌な車内アナウンスのこと。
なぜそのような行為に及んだのか。理由はいくつかある。まず、その路線はいわゆる生活路線ではなく、すべての乗客のベクトルがイベントに向かっているということ。つまりイベントに興味のない層があらかじめ排除されているという閉鎖的な空間の中では、比較的自由なアナウンスが許容されるはず、という確信があった。
そして何よりも、「自分の個性を発揮しながら他人を喜ばせる」絶好の機会だと思ったからである。そのイベントはよく「戦い」とも譬(たと)えられる。数量限定の同人誌等を入手するため、日本全国から、果ては海外から大勢の人々が「聖地」に集結し、会場付近には早朝から長蛇の列が形成されるのだ。年2回の大いなる「戦い」というハレの場に人員輸送の側面から関わりを持つことになった目立ちたがり屋の(?)バス運転手……全力で場を盛り上げて行きたいと決意するのは当然の流れであった。
乗客(=イベントに参加されるお客様)がどのような言葉を好むのか、どのようなリズムとタイミングでアナウンスをすれば、いわゆるテンションが上がるのか、そして車内に笑いが生まれ、和んだ雰囲気を作り出すためにはどのような工夫が必要であるか……詳細は省くが、この日のために私は事前に研究をし、ひそかに練習を重ねていた。3日間のイベントのうちわずか一日ではあったものの、実際の乗務の中で研究の成果を披露したのである。所詮プロのエンターティナーではないので自己満足かも知れないとは思いつつ、お客様には満足してもらえたという感触はあった。
帰宅後、パソコンを開いてみた。驚いたことに、私の当日の仕事に関する「まとめ」が見ず知らずの方の手により作成され、すでに大勢の人々に閲覧されていた。お客様に好意的に受け入れてもらえたのだ。素直に嬉しかった。多少の反響は見込んでいたものの、ネット上での広がりの大きさは、私の予想をはるかに超えるものだった。
とはいえ今回の現象に関しては、冷静に分析する必要がある。「公共交通機関の乗務員が通常とは著しく異なる車内放送をした」という事件性、また、多くの乗客が興奮状態にある「イベントに向かうバスの車中」という特殊性の中で、私は下駄を履かせてもらっていたのだ、と考えることにする。ネットでの反応の中で、「次はハードルが上がりますよ」というものがあった。まさにその通り。次回のイベントの際にもこのシャトルバスを担当することができるのか、現時点では未定ではあるけれど、もしも縁があるならば、その時にはお客様を失望させないよう、そして、今回以上に楽しんでもらえるよう、毎日の仕事の中で研鑽を積んでいく。それがお客様に対する私なりの誠意の示し方である。
追伸 皆様のおかげで、楽しく仕事をすることができました。心から感謝いたします。本当にありがとうございました。
【参照】※リンク先には私以外の運転手の発言も含まれています。
・名言集(2012年夏 C82)
・名言集(2012年冬 C83)
・名言集(2013年夏その1 C84)
・名言集(2013年冬 C85)
・名言集(2014年夏 C86)
・名言集(2014年冬 C87)
・名言集(2015年夏 C88)
・名言集(2015年冬 C89)
・名言集番外編(2016年夏 C90)※私は登場しませんが、まとめに登場する運転手さんが私を紹介しています。
・名言集(2022年夏 C100)
・「戦利品の忘れ物にお気をつけを」 コミケ向けアナウンスが話題の都営バス運転手、その謎に迫る(ねとらぼ取材記事 2015年12月)
・某イベント輸送臨時バスについて以前私が書いたエッセイ
都バスで故郷を懐かしむ。|宇津井 俊平|note