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バスと噴水の話

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【おことわり】内容は掲載当時(2014年5月)のものであり、文中の交通機関の運用状況などが現在とは異なる場合があります。実際に現地に行かれる際には、事前に最新情報をお調べになることをお勧めします。なお、文中に登場する寝台特急は、すでに廃止となっております。  

路線バスの運転手には様々な勤務パターンがあり、毎日出勤時刻が異なる。早朝から夕方前まで働く早番。昼過ぎから夜間までを担当する午後番。朝と夕方のラッシュ時に乗務する中休(ちゅうきゅう)というダイヤもある。基本的には自分で選択できるわけではないのだが、偶然、某路線の午後番になった時には、得をした気分になる。なぜなら、その勤務は「噴水に始まり噴水に終わる」からである。
 勤務パターンの中には、路上交代(乗務員交代)が組み込まれているものがある。某路線の午後番は、遊園地のそばの停留所で路上交代をする。アナウンス用マイクなどの業務用品一式の入った乗務カバンを持って電車に乗り込み、交代のバスが到着する時刻までに路上交代場所へ移動する。
 私の場合、少し余裕を持って電車に乗る。そうすると、交代停留所の近くにある遊園地でトイレに行くことが出来る上、トイレのすぐそばの噴水ショーに遭遇することが出来るのだ。
 噴水ショーは1日6回。決められた時刻になると、辺りにクラシックなどの曲が流れ、それに合わせて水の勢いや向きや高さが絶妙に変化する。
 乗務開始前のわずかな時間。トイレに行った足で噴水のそばを通りかかり、ダイナミックな水の動きで視覚と聴覚をしばし満たした後、交代場所へ移動し、後ろ髪を引かれつつバスを引き継ぐ。残念だが、20分にわたる噴水ショーを最後まで満喫する時間はないのだ。 
 そして某路線を数往復していったん休憩のため車庫に戻り、再度最終便までの乗務に就く。ここで興味深いのは、最終便の乗務時刻の直前にも、バスと同じく最終の噴水ショーが重なっているということである。
 音楽と連動して水はらせんを描き、あるいは垂直に伸び、かと思えば滝のような力強いしぶきが現れる。昼間でも華やかな噴水ショーではあるが、夜の見どころは何と言ってもライトアップの演出である。
 1日の乗務中のラストスパートというタイミングで鮮やかな光とともに水が舞い踊るさまを目に出来るのは、また格別である。時には虹のようにカラフルに、またある時には同じ色調に統一される。ミュージカルでも見ているようで、圧倒される。
 昼間に続き、トイレにかこつけて噴水ショーの横を通り過ぎた後で(やはり最後までは見られないが)、この日の最終乗務一往復に就く。「噴水に始まり噴水に終わる」とはこのような意味である。
噴水から話はそれるが、午後番の勤務では、バスの運転席から寝台特急を間近に見ることの出来るものがあった。現在では他の営業所の単独路線となっている某路線の一部を我が営業所が共同で担当していたころの話である。
 夜間、とある停留所を予定時刻通りに発車すると、示し合わせたかのように、その先にある貨物線の踏切が閉じる。辺りが警報音に包まれたかと思うと、青い重厚な列車がゆっくりとした速度で目の前を通り過ぎて行く。これから青森へ向かう寝台特急が始発の上野駅に回送される旅情的風景であった。
 冬場には、運が良ければ青森の雪を積んだままの車両を見ることも出来た。今では寝台特急は定期運用から退き、バスの共同運行も解消されたので、特等席から寝台特急を眺めるということは出来なくなった。個人的には惜しい話である。
 噴水ショーとバス、寝台特急とバス。これらの間には、一見すると何の関わりもないが、3者には、「決まった時刻で動いている」という共通点がある。
 定刻になると、水・音・光が舞い踊る噴水、定刻で運行する交通機関。簡単に見えて、実はすごいことなのだ。同じ時刻に同じ場所で同じ光景が繰り広げられるのは、交通機関の確実な運行管理体制や乗務員教育、あるいは諸施設のメンテナンス体制の確立が成せる業である。
 「噴水に始まり噴水に終わる」ような奇跡が、今日も日本のどこかで起こっている。

都政新報 2014年5月27日付 都政新報社の許可を得て掲載