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緑先輩、タヌキをとことん語る/佐伯 緑

佐伯緑『What is Tanuki?』が刊行前より注目を集めています。先生がタヌキについて語るというキセキ。そして、「What is Tanuki?」というインパクトのある書名。短くはありますが、本書の「はじめに」を公開します。緑先生(いや緑先輩!)の熱い思いを受けとめてください。

タヌキは日本を代表する動物といえると思う。奥山から大都会や小さな島々まで、沖縄県を除く全国に広く生息しており、里山や都市近郊ではヒトと非常に近い距離で生きている。日本人の心にも彼らは住みつき、昔話などにこれほど出演する動物はそうはいない。あるときは妖怪、あるときは大明神、化けても化かしても愛されるキャラクターである。しかし、その生態や進化については、曖昧模糊なところがある。アナグマやアライグマとの混同も多発している。このあたりで現在わかっている情報と知識を整理し、一般向けに提示するのも意義があることだと思う。より理解され、愛されるために。

第1章では、タヌキの生物としての基本スペックをできる限り拾い出してから、里山における生きざまを紹介する。第2章では、タヌキ属の生まれた謎を探り、現在進行形の進化の軌跡を追い、その深い謎と複雑な進化の不思議に触れる。第3章では、海外におけるタヌキの立場に迫るため、外来生物として問題の把握と科学的な対策の重要性を、感染症の媒介者として生態系や人類に与える影響を、そして養殖場で毛皮となっている現実を取り上げる。第4章では、化ける・化かす狸を考察し、野外研究者ならではの化かされる快感を昔話として展開する。第5章では、タヌキとわれわれ人間との間に起こる軋轢をテーマとする。タヌキが一方的に起こす問題ではなく、私たちがいろいろやらかしていることに注目してほしい。第6章では、「総合科学」と銘打って、タヌキを例に野生生物の幸せがなにかを追究する。野生生物の価値を考えてみること、そのための科学の客観性と科学者の良心に、そしていつの日か、科学的判断にもとづいて人間社会が(少なくとも心が)、動くことに期待したい。

いつかタヌキの本を書こうと思っていた。一行も書かないうちにタイトルを決めていた。恐れ多くも極真カラテの生みの親である大山倍達総裁の著書『What is Karate ?』を真似たものだ。黒帯といってもまだ初段の私だが(いや、極真の黒帯はある意味「博士号」を取るよりむずかしいと思うが)、タヌキに関しては費やしたフィールドワークの時間や、読んだ論文の数には自信がある。「千日をもって初心とし、万日をもって極みとす」にもとづくと、初心はやすやすとクリアしている。これからも極みを目指し、大いなる狸想を掲げ、狸念を重んじ、真狸の追究を続けることを誓う。


佐伯 緑(さえき・みどり)
[著者略歴]
1959年大阪に生まれる。1988年ペンシルベニア州立カリフォルニア大学卒業(Bachelor of Science in Environmental Science)。1991年メイン大学にて修士号(Master of Science in Wildlife Management)取得。1993~2001年オクスフォード大学WildCRU (Wildlife Conservation Research Unit) 所属。2001年オクスフォード大学にて博士号(Doctor of Philosophy)取得。2004年国際空手道連盟極真会館茨城支部つくば道場入門。国土技術政策総合研究所緑化生態研究室任期付研究官などを経て、現在、農研機構畜産研究部門動物行動管理グループ所属。専門は動物生態学。

[主要著書]
“The Biology and Conservation of Wild Canids”(分担執筆、2004年、Oxford University Press)、“Canids: Foxes, Jackals and Dogs”(分担執筆、2004年、IUCN Publications Services Unit)、“Marten and Fishers (Martes) in Human-altered Environments: An International Perspective”(分担執筆、2004年、Springer)、“Martes in Carnivore Communitites”(分担執筆、2006年、Alpha Wildlife Publications)、『日本の哺乳類学2 中大型哺乳類・霊長類』(分担執筆、2008年、東京大学出版会)、“The Wild Mammals of Japan Second Edition”(分担執筆、2015年、Shoukadoh)ほか。

※上の「極真タヌキ」のイラストは佐伯先生が描いたものです。


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