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『非線形時系列解析の基礎理論』はじめに

平田祥人・陳 洛南・合原一幸 著『非線形時系列解析の基礎理論』がまもなく刊行となります。AI、データサイエンス時代のいま、多種多様な時系列データの非線形解析に必要な基礎理論を第一人者がまとめた必須の書籍です。以下に「はじめに」を公開いたします。ぜひご一読ください。

今年、2022年の梅雨明けの発表は、たとえば関東では6月27日であり、全国的にも異常に早く、かつその直後に記録的な猛暑、さらには電力不足に見舞われた。他方で、梅雨明け宣言後の7、8月には長雨や豪雨が頻発するという、これまで経験したことの無いような気候である。この異常な気候の生物への影響に興味を持ったが、ミンミンゼミやアブラゼミの初鳴きは例年とほとんど変わらなかったように思う。異常と正常の共存するこの世界、実に面白い。

このように、我々は動的世界に生きている。したがって、太古の時代から人類は、太陽や天空の星たちが生み出す動きや周期性に強く惹かれ、またそれらは実利的な意味を持つものでもあった。

このような動的現象を観測すると、観測量が時間とともに変化するデータが得られる。これが時系列データである。したがって、この観測された時系列データを用いて、対象の性質を理解し、その将来を予測することが、この動的世界で生きていくうえで、極めて重要なテーマとなった。このような時系列データを解析する理論的な枠組みを、時系列解析と呼ぶ。

時系列解析は、まず線形システムを対象に整備されていった。典型例は、フーリエ解析理論に基づくパワースペクトラム解析である。これは、観測された時系列データを多数の正弦波の重ね合わせで理解しようとするもので、まさに線形理論の美しさと実用性を兼ね備えた解析手法である。

その一方で、この世の中に実在するシステムのほとんどは非線形システムである。したがって、線形システムを想定した線形時系列解析では、当然限界がある。

この事実の深刻さを明示したのが、約半世紀前の決定論的カオスの発見である。たとえば、2次関数の非線形性を有する1変数の離散時間力学系であるロジスティック写像が極めて複雑な時間的変動を生み出し、さらにそのパワースペクトラムは純粋な確率事象であるポアソン過程の時間間隔系列と同じ白色特性を持ちうることは、実に驚きであった。決定論的システムと確率論的システムが線形時系列解析では区別出来ないのである。線形時系列解析の限界が露呈することとなった。

この決定論的カオスが契機となって、非線形時系列解析の重要性が認識され、さまざまな理論が構築されていった。著者らは、非線形時系列解析の黎明期から、その研究に従事して来た。特に、最近のセンサー技術やIoT技術の進歩によって、いわゆるビッグデータが様々な実システムから広く計測出来るようになったという時代背景もあって、非線形時系列解析の重要性は日々増している。ビッグデータは中に宝物も含まれているが一見ゴミの山でもあり、そこから宝物を取り出すためには、非線形時系列解析が不可欠なのである。

本書は、この非線形時系列解析の基礎理論をまとめたものである。関連した書籍としては、2000年に出版された合原一幸編、池口徹、山田泰司、小室元政著「カオス時系列解析の基礎と応用」(産業図書)がある。この本は出版されて20 年以上経つが、今でも広く読まれている。その一方で、非線形時系列解析は日々大きく進展しているので、この本の出版以降に蓄積された理論的内容もたいへん多い。そこで、それらを特に重視しながらまとめたのが、本書である。本書はそれだけでこの分野の全貌を理解出来るように執筆されているが、その一方で大きな重複を避けるため、前書「カオス時系列解析の基礎と応用」で詳述した埋め込み定理の証明やサロゲートデータ法の細かな説明など本書では割愛した内容も少なくない。したがって、両方の本を合わせてお読みいただけると、非線形時系列解析に関するより多くの充実した内容がご理解いただけると思う。

この世の中自体が非線形システムでできているので、非線形時系列解析の重要性はたいへん高い。ぜひ、本書の内容を、ご興味のある実際のシステムから観測される時系列データに適用してみていただきたい。このことによって、非線形時系列解析の強力さを容易に実感いただけると確信している。

2022年 晩夏
                            文・合原一幸


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