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【新刊ためしよみ】『明治革命・性・文明』はしがき/渡辺浩

本書は、広い意味での政治に関する、「日本」における思想の歴史を論ずる。時期は、徳川の世から、(従来、多くの人によって「明治維新」と呼ばれてきた)大革命を経て、おおむね「明治」の年号が終わる頃までである。主題は、その間の、特に重要で、しかも現代にも示唆的だ、と筆者の考えたものである。但し、その議論の方法と主題の選定は、(筆者の主観では)往々、かなり冒険的である。

方法として特に努めたのは、日本を日本だけを見て論じない、ということである。「日本史」を、西洋や東アジアの異なる歴史をたどっている人々の側からも眺め、双方を比較し、双方に対話させようとしたのである。無論、それは、西洋や中国を基準として日本の「特殊性」をあげつらうということではない。それぞれの個性と、それにもかかわらず実在する共通性の両面を見ようというのである。日本史も、東アジア史の中で眺めるべきだとよく言われる。当然である。しかし、常にそこにとどまっている必要はない。日本史も人類史の一部である。


第Ⅰ部は、欧州および中国との比較における「明治維新」論である。本書の関心の中核をなすあの大変革について、筆者の基本的理解をまず示し、本書への導入とした。お読みいただければ、筆者がそれを「革命」と呼ぶ理由も御理解いただけると思う。

第Ⅱ部は、日本と異国の双方から眺めた徳川外交論である。徳川日本の「鎖国」は、近年強調されているように、決して、世界に背を向けた孤立などではなかった。実際には、朝鮮国・琉球国との国交と貿易、清国商人・オランダ東インド会社との貿易、そして、アイヌの人々との交易が、活潑に行われていた。長崎出島の商館長の一行は毎春賑々しく江戸を訪れ、朝鮮国と琉球国の使節も、時々、さらに大きな行列を組んで江戸を訪問した。長崎には、多ければ2000人の清国人が滞在していた。琉球国の首里と朝鮮国の草梁には、常時、日本人(徳川将軍もしくはその臣の「領知」下にあった人々をいう)が滞在していた。日本人が自由に出国することはなかったものの、当然、外国人との知的な交流もあった。そして、例えば「鎖国」の是非に関する対話と討論は、早くから国内外で始まり、「開鎖」は道徳的・思想的問題であり続けた。朝鮮の両班と日本人との間では、「道」と「礼」をめぐる知的交渉もあった。第Ⅱ部は、それを扱っている。

第Ⅲ部は、政治体制と「性」の関連について、欧州および中国と比較しつつ、検討したものである。人間存在の根幹にかかわる「性」は、政治や社会の理解の一つの重要な鍵である。「性」を無視した政治体制論も、ありえない。「性」を無視した政治体制論がこれまで成立していたかのように見えるのは、単に、政治体の構成員の約半数を無視していたからに過ぎない。そして、その「性」の理解と在りようまでが、様々に変化したことを、(広い意味での)「開国」の前後を対比しつつ論じてみたのが、この第Ⅲ部である。

第Ⅳ部は、「開国」以前の日本での中国思想との仮想対話が、西洋への対応へと結びついていったことを、三つの角度から論じたものである。その角度とは、「教」と競争と「文明」である。

最後の第Ⅴ部は、哲学的・思想的比較の試みである。人類はまことに多様であり、物の考え方も困惑させられるほどに多様である。しかし、同じ人類として、共通の難問の解決に腐心しているという面もある。それ故に、比較は可能であり、意味があり、啓発的でありうると信じ、試みたものである。

では、そのような冒険的試みがいくらかでも成功しているかどうか。これから、読者諸兄姉の判定をお願いしたい。

(本書 はしがきより)

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書誌詳細ページ/ご購入方法


明治革命・性・文明 新刊 政治思想史の冒険

渡辺 浩 著
ISBN978-4-13-030178-7
発売日:2021年06月29日
四六判 640頁

【内容紹介】
奇跡のように安定していた徳川体制――なぜ僅か4隻の米国船渡来をきっかけに,それが崩壊し,政治・社会・文化の大激動が起こったのか.当時を生きた人々の政治や人生にかかわる考えや思い,さらにジェンダーとセクシュアリティの変動を探る.驚きに満ちた知的冒険の書.▶東京大学出版会創立70周年記念出版

【主要目次】
はしがき                            

I 「明治維新」とはいかなる革命か

第一章 「明治維新」論と福沢諭吉
 第一節 「明治維新」とは?
 第二節 「尊王攘夷」
 第三節 ナショナリズム
 第四節 割り込み
 第五節 「自由」

第二章 アレクシ・ド・トクヴィルと三つの革命
   ――フランス(1789年~)・日本(1867年~)・中国(1911年~)                 
 はじめに
 第一節 「一人の王に服従するデモクラティックな人民」
       《 Un peuple démocratique soumis à un roi 》
 第ニ節 中国――デモクラティックな社会
 第三節 デモクラティックな社会の特徴
 第四節 中国の革命(1911年~)
 第五節 日本の革命(1867年~)
 おわりに

II 外交と道理

第三章 思想問題としての「開国」――日本の場合
 はじめに
 第一節 「文明人」の悩み
 第ニ節 「日本人」の悩み

第四章 「華夷」と「武威」――「朝鮮国」と「日本国」の相互認識
 はじめに
 第一節 通信使の目的と「誠信」
 第ニ節 「蛮夷」と軽蔑――朝鮮側の認識
 第三節 「慕華」と「属国」――日本側の認識
 第四節 破綻の要因
 おわりに

III 「性」と権力

第五章 「夫婦有別」と「夫婦相和シ」
 第一節 「中能」(なかよく)
 第ニ節 「入込」(いれこみ・いれごみ・いりこみ・いりごみ)
 第三節 「不熟」(ふじゅく)
 第四節 「相談」(さうだん)
 第五節 「護国」(ごこく)
 おわりに

第六章 どんな「男」になるべきか――江戸と明治の「男性」理想像
 はじめに
 第一節 徳川体制
 第ニ節 維新革命へ
 第三節 明治の社会と国家

第七章 どんな「女」になれっていうの――江戸と明治の「女性」理想像
 はじめに
 第一節 徳川体制と「女」
 第ニ節 「文明開化」と「女」
 おわりに

IV 儒教と「文明」

第八章 「教」と陰謀――「国体」の一起源
 第一節 「機軸」
 第ニ節 「道」
 第三節 「だましの手」
 第四節 「文明」と「仮面」
 第五節 「国民道徳」

第九章 競争と「文明」――日本の場合
 第一節 「競争原理」
 第ニ節 徳川の世
 第三節 明治の代
 おわりに

第十章 儒教と福沢諭吉
 はじめに
 第一節 福沢諭吉の儒教批判
 第ニ節 天性・天理・天道

V 対話の試み

第十一章 「聖人」は幸福か――善と幸福の関係について
 第一節 問題設定への疑問
 第ニ節 回答の必要
 第三節 応報の類型
 第四節 隠遁と方便
 第五節 「独立自尊」
 おわりに

第十二章 対話 徂徠とルソー

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