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【70年を読む】『日本美術の歴史』(2005年)解題:辻 惟雄

私は40歳から60歳までの間に、東北大・東大で「日本美術史概説」の講義を、ゼミや特講とあわせて担当してきた。その折いつも痛感したのは、「日本美術」の範囲の幅広さである。絵画、彫刻、工芸だけに端折っても、なかなか前に進めず、自分の専攻である江戸時代絵画にたどりつくのがやっとである。授業がいつも中途半端で終わる度に、知見の幅の狭さを思い知らされた。

70歳で多摩美大を退くころ、東京大学出版会から、日本美術史の概説書を依頼された。挿図はすべてカラーで揃えるという斬新な企画である。できれば教科書の役目も果たす内容を、という希望も添えられていた。私がこれを引き受けたのは、自分自身がそのような本を求めていたからである。

2003年春に多摩美大を退職してからの1年間、同大学の非常勤講師として、週1回講義することができた。それを概説書作成の準備のためフルに活用しようと、私は毎回プリントを学生に配り、これまでの講義のノートをもとに、絵画、彫刻、工芸のみならず、従来考古学の対象だった縄文時代の土器・土偶から、建築、書、写真、現代のマンガ・アニメまでを加えて、美術ないしはアートのほとんどすべての分野を一学年の間にこなす、という難関を何とか越えた。直ちに執筆にかかり、半年で終えた。2005年末、出版されたのが『日本美術の歴史』である。

短期間での執筆とはいえ、日本美術のすべての分野の動向とその通史をバランスよく1冊にまとめる作業は容易でなく、時代が下るほど分量の増すデータをいかに圧縮するかに腐心する有様で、近・現代美術の記述などは残念ながら不十分に終わった。一人で各分野を扱う以上、分野同士の関連についてももっと配慮すべきだった、など不満は多い。ただし、本書の装丁を生彩あるものにした横尾忠則氏のカバー・デザインや、380枚に及ぶカラー挿図は、日本美術の豊かな「かざり」としての面目を示すものだ。

幸い、刊行に際して丸谷才一氏らのお褒めをいただき、カラー挿図の効果もあって、売れ行きはよく刷を重ねた。日本陶磁史を専攻するニコル・ルマニエール博士の強い希望で、本書の英語版が企画され、難航の末、History of Art in Japanが東京大学出版会から刊行されたのが2018年である。翌年Columbia University Pressからペーパーバック版も出版された。日本語版の改訂は以前から私の要望するところだったが、この度それがようやく実現できることに安堵している。

この未熟で実験的な本が、どこまで時間の経過に耐えるかは疑問だが、これを叩き台にして、東アジアの美術の全体像が鳥瞰できるようなスケールの大きい概説書が、将来出現することを私は期待している。質量とも日本のそれを大きく上回る中国美術をどう扱うかなどの課題は残るとしても。

辻 惟雄

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『日本美術の歴史 補訂版』(4月下旬発売)HPへ


『日本美術の歴史 補訂版』 
辻 惟雄 著
ISBN978-4-13-082091-2
発売日:2021年04月26日
判型:A5ページ数:512頁
東京大学出版会創立70周年記念出版
内容紹介
定評ある辻日本美術史の補訂版.縄文からマンガ,アニメまでを視野に入れ,日本美術に変わらずあり続ける特質を大胆に俯瞰する.最新の研究動向をふまえて記述をアップデート,よりわかりやすく解説.重要な作品を加えてさらに充実したニューバージョン.オールカラー.

主要目次
まえがき
第一章 縄文美術――原始の想像力
第二章 弥生・古墳美術
 一 縄文に代わる美意識の誕生[弥生美術]
 二 大陸美術との接触[古墳美術]
第三章 飛鳥・白鳳美術――東アジア仏教美術の受容
第四章 奈良時代の美術(天平美術)――唐国際様式の盛行
第五章 平安時代の美術(貞観・藤原・院政美術)
 一 密教の呪術と造型[貞観美術]
 二 和様化の時代[藤原美術]
 三 善を尽くし美を尽くし[院政美術]
第六章 鎌倉美術――貴族的美意識の継承と変革
第七章 南北朝・室町美術
 一 唐様の定着[南北朝美術]
 二 室町将軍の栄華[室町美術前半(北山美術)]
 三 転換期の輝き[室町美術後半(東山―戦国美術)]
第八章 桃山美術――「かざり」の開花 
第九章 江戸時代の美術
 一 桃山美術の終結と転換[寛永美術]
 二 町人美術の形成[元禄美術]
 三 町人美術の成熟と終息[享保―化政美術]
第十章 近・現代(明治―平成)の美術
 一 西洋美術との本格的出会い[明治美術]
 二 近代美術への新動向[明治美術・続]
 三 自由な表現を求めて[明治末―大正美術]
 四 近代美術の成熟と挫折[大正美術・続―昭和の敗戦]
 五 戦後から現在へ[昭和20年以後]
もっと日本美術について知るための文献案内(佐藤康宏)


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