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愛情と同情の境目

出会う。ときめく。愛情がめばえる。 一緒に食事する。ドライブする。ショッピングに行く。 同じ部屋で目覚める。行って来ます。おかえり。 季節が変わる。変わる。変わる…。 愛情は家族の情のようになり、日常を繰り返す。 一緒にいられる、が、あたりまえになり、 戸籍にこだわらない、家族のような関係。 家族のようで家族じゃない。 同じ玄関の中で暮らしても、家族じゃなければただの情。 ある日なにかのきっかけで、愛情の薄さに気づく。 気づくと、あともどりができない。

    • 日常をSNSにあげるのは地雷の埋込み

      行きたかったところに一緒に行ったり、おいしいご飯を食べたり、欲しかった洋服を一緒に買いに行ったり…… その時は特別な時間とは思ってなかった。なんの意味もなくSNSにUPしてた。それがこの先も続く日常だと思っていた。 昨日と今日が突然かわった今になると、親切なシステムのはずの「想い出をシェア」であがってくる自分の投稿が、とても、とても、とてもつらい。ゼロタイミングで胸が苦しくなる。 平穏なときは「日常のメモ」くらいに思っていて、まさか、それが数年後の自分への地雷を埋め込む

      • もやもやが吐きでてしまう

        ためになる風なブログ書いたり、元気いっぱいのSNS投稿したり、笑顔いっぱいのでZoomに参加したり、つかれちゃった。 昨年は失うことだらけだった。いつでもどんなときでも秒で涙が流れた。でも、周りの人には気づかれないように振る舞っていた。   毎朝吐き気がする。夜ねるのが怖くなる。 あ”ーーー!って声をあげたくなる。 でも、誰にも言えない。

        • 想像していなかった日

          見た目は若いとよく言われる。それは昭和のイメージが残るただの思い込みだよね。平成からこっち還暦過ぎてるという人でも昔のマイナス10〜20歳くらいに見える人はふつうにいる。見た目だけだけど。 自分の人生に大きな不満などなく、むしろラッキーだったと思ってたくらいだった。 それが、ある日突然、白が黒に、晴天が豪雨に、どう表現したら良いのか分からないけど、とにかく笑って話してたらいきなり崖に突き落とされたような気分になった。 人生の終盤を、おだやかに暮らせると思い込んでいた自分

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