見出し画像

【2019駒場祭特集】ジンブンアトラス編①-人文学の思考過程

 みなさんいかがお過ごしでしょうか。
 この記事を開いたあなたはおそらく、人文学の広い海へと漕ぎ出してみることを決めた、知的な勇敢さを備えた方なのでしょう。
 そんなコロンブスのようなあなたにはまず、ひとつの羅針盤を贈ることにしましょう。今回は、「ジンブンアトラス」で行ったわたしたちの分析がどのような方法論に基づいているのか、そのいくつかの例を簡単に説明したものをご紹介いたします。(これも駒場祭で行った展示の一部です。)

 目次は以下の通りです。気になるところからクリックしてみてくださいね。

◎文学(岡田)

文学研究の典型的な方法論である、テクスト分析の一例を紹介します。

1.対象とする作品を定める。
‐ 中上健次の『枯木灘』を読もう

2.作品を精読する。
その中で「どうしてこの言葉を使うのだろう」「どうしてこのような文にしているのだろう」「どうしてこんなストーリーなのだろう」「どうしてこんな人物が登場するのだろう」「どうして舞台をそこにしているのだろう」…というように様々なレベルで問いを立てていく。
「どうして「夏ふよう」という花を頻出させるのだろう。」「どうしてこんなに一文が長いのだろう。」「どうして話し言葉のように書くのだろう。」「どうして秋幸は秀雄を殺すのだろう。」「どうしてユキのような人物が登場するのだろう。」「どうして登場人物は紀州弁で語るのだろう。」「どうして舞台が被差別部落なのだろう。」...

3.仮説を立てる
考えた問いのうち、出来るだけ多くを相互に関連付けながら、それら全体に答えるような仮説を立てる。場合によっては他の作品と関連付けることもある。
‐ 「一文の長さ」「話し言葉のような語り」「紀州弁」「被差別部落」などの諸特徴は、中上が反抗しようとした大きな何かに対するアンチテーゼの一部なのではないか。

4.分析を深め、分析の新規な点を明確にする
作品に関する論文や、作者自身の言葉を参考にしながら、分析を深め、また自分の分析の新規な点を明確にする。
 ‐ 彼自身が講演で語っていることからすると、それは「近代国家としての日本」に対する何かではないか。他にも中上健次の試みを「近代」と結びつける論考は色々ある...。

5.3と4を往復しながら繰り返し、仮説を洗練させていく

6.仮説をテクストの中の証拠と共に示し、作品の読みとして提示する
「日本語(特に書き言葉)」は、話し言葉と異なり分節化され、声音を取り去り、標準化された、近代に生まれた制度である。それは「近代」という巨大なシステムの一つの装置として、被差別部落の文化や歴史を抑圧するものだった。『枯木灘』の様々な特徴は、そのような「日本語」に対するアンチテーゼとしての「一文が長く」「話し言葉のようで」「標準化されていない」「土地特有の言葉」のことである。それは「日本語」に反抗し、ひいては「近代国家としての日本」による客体化に対抗する、土地の主体性を取りもどすための試みであった。

7.得られた結論を下に、同じような切り口で捉えられそうな作品を探し、「研究」に向かう(1.へ戻る)
  ‐ エドゥアール・グリッサンも被差別者の主体性ということを一つのテーマに書いているみたいだな

◎言語学(大島)

ある言葉がいつから使われどのような意味・用法の変化が起こったのか、他の類義語とどのような関係にあったのか等について記述し考察する、語史研究の方法を紹介します。例えば、「腕」はウデの他にカイナとも読みますが、両語の使い分けを知りたいときには次のような手順をとります。

1.まず辞書を見てみる
・『日本国語大辞典』(通称“日国”)を引けば初出例(その語が文献上最初に現れた例)が分かる。しかし、もっと遡る例は無いか、本当にその解釈で正しいのか疑うことが大事(可能なら原本の画像を見る)。他に、『小学館古語大辞典』、『古語大鑑』等。
→日国の語誌欄によれば、平安時代の辞書・漢文訓読系の資料にはウデが使われ、仮名文ではカイナであるという。

2.用例を集め、意味を分析
・用例収集は、冊子体の索引の他、近年はコーパス(言語分析用に様々な情報が付与されたテキストデータ)が盛んに活用されている。
→『訓点語彙集成』を見ると、ウデだけでなくカイナも意外と使われているな。ウデは「腕」表記、カイナは「臂」表記が多いか。
・文脈を考え、意味の相違を調べる。
・よく一緒に使われる(共起という)語はないか。
・地の文/会話文、男/女、丁寧/ぞんざいなど、場による差異(位相差という)がないか。

3.先行研究を調べ、問題点を整理
・『語彙研究文献語別目録』、「日本語研究・日本語教育文献データベース」などを活用
→前田富祺「手首から肩までの呼び方について」(『日本語語彙史研究』所収)が詳しそう。
・先行研究の主張を基に2を再分析。先行研究の説明では納得できない例、言及のない例や関連語はないか。

◎自然科学(板橋)

1.研究の方向性や仮の課題(Research question)を決める
「天動説」と「地動説」はどちらが正しいか

2.テーマに関連する先行研究の調査をする(論文を読む)
天動説の最先端はプトレマイオスの系だな…この説は1000年以上覆されていない。初期の地動説はコペルニクスが提唱している。またケプラーが地動説を基に惑星の楕円軌道を予測している。
望遠鏡による観測技術の進歩により、天体運動に関する新たなデータが得られている。ティコ・ブラーエの観測データが充実しているので使えそう。

3.先行研究で示された方法の再現や、設定した課題に答えるためのシミュレーションをする
周転円と従円の考えを取り入れている天動説で計算をすると、惑星の逆行が説明できるし、天動説の精度も高そうではある。
ケプラーが提唱したモデルの計算結果はティコ・ブラーエの観測事実と確かに合致する。確かに地動説の証左となるかもしれない。

4.課題を修正する
計算ができる、数値を測定できる、統計量が取れるなど、定量評価ができるように課題を修正する、そして2〜4を行き来する(実際は混ざり合っている)
天動説モデルと地動説モデルではそれぞれ実測値に対してどれだけ差があるか?
新型望遠鏡を手に入れて、今までよりも高精度の観測をしてみよう
天動説や地動説のモデルを修正したら何か別の物事を説明できるかもしれない。

5.新規性を持つ結論を出す
地動説の方が天動説より〇〇%精度よく天体運動を説明できる上に、天動説では説明できなかった事象の説明も可能。地動説が妥当なのでは?

◎歴史学(渡部)

1.(研究書・論文を読むなどして)学術的な問題意識に基づいた研究対象を定める
‐「社会の変化を考えるにあたって重要な意義を有する関東大震災について調べる」
‐「信長の野望が好きだから戦国大名を調べる」「個人的に興味があるからサッカーの歴史について調べる」は学問的な作法としては認められない

2.関連史料を博捜する
‐「東京都公文書館で震災関連史料を見つける」
‐「国会図書館憲政資料室で震災復興事業を推進した官僚の文書を見つける」
‐「新聞データベースで同時代の震災関連記事を集める」
‐「同時代の雑誌にみえる震災関連記事を集める」
‐etc...

3.史料をひたすら読み、テクストに内在する論点をえぐり出す
(このとき、史料を読む前から自分が持っている現代的感覚や先入観はなるべく排し、知っている史実や社会科学的な理論に史料から読み取れる情報を「当てはめる」のではなく、史料そのものが持っている「素材の味」をなるべく味わってみる)
‐「あまり考えたことがなかったけど、文部省が震災復興事業で拠出してる資金を元手に、中学校の校舎は震災前よりも大規模化してるんだな~」

4.3.で出てきた論点を1.のときの問題意識に照らして体系化し、その新規性を研究史に位置づける
‐「従来の教育史研究では中学校の定員増加の要因を教育政策の進展に見出していたが、これに対し本論文では、震災復興需要による校舎再建がハード面で学生増加を支えていた側面を明らかにした」

◎思想系(片山)

0.何らかの問題意識を抱く
ニュースからでも、日常の疑問でもなんでもいいので、まずは何らかの疑問や驚きを大事にする
「学校に行きたくないな、学校ってなぜ行くんだろう?」

1. 先行研究を漁る
新書レベルから学術書や論文を漁り、自分の考えたいことが先人によってどう考えられてきたかを検討する
(現代的なテーマで全くの新規性があると思われても、似た構造や論理があるはずである)
→学術的な文脈に載せる
例えば、学校論:「今の学校システムは近代や国民国家の成立と密接に関わっているのか」

2. 学術的問題を設定する
先行研究では、何が明らかになっているか
       何が明らかになっていないか
先行研究から導き出されたものは正当か
→先行研究との関わりのなかで自分が考えたい箇所を特定する
 「国民国家の揺らぎが囁かれたり「不登校」という現象が指摘されたりするなか、  なぜ学校に行くのかをイヴァン・イリッチの脱学校論から考える」

3. テクストをひたすら読み込んだり、テクストが書かれた時期と現代とを比較したり、様々な方法で検討し、自分なりの答えを出す

4. 2に戻り、自分の研究の洗練を行う

5. 3で生み出されたオリジナリティのある知見と先行研究との接続を図り、研究として位置付け、世に出し、真理と言う鎖の連鎖の一つとなる。


終わりに

 最後まで通読したあなたは、知的筋力を存分に鍛え上げ、この先のジンブンアトラスを一滴残らず堪能する準備が整ったと言えるでしょう。たとえ通読していなくても、この先に進むためのイニシエーションを十分にこなしたと言えるでしょう。
 次回からはついに、実際のテクスト分析へと進んでいきます。ジンブンの冒険はまだまだ続きます・・・

次の記事はこちら↓


当団体は、学生メンバーの自費と会報の売上によって運営されています。更に活動の幅を広げるには、みなさまからの応援が不可欠です。 あなたの思いを、未来の人文学のために。 ワンクリック善行、やってます。