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残飯の果てに

この子は ステーキの食卓が好きです
スーパーで買った3割引のステーキ肉に
フォークで無数の穴をあけ
ごうごう熱くしたフライパンに
スーパーでもらったラードをしいて
強火で2分
裏返して4分
それを 銀紙に包んでまな板で寝かし
少し置いたのを ぼわんと開き
包丁をスッスッと通して薄く切り
お皿に見目よく盛り付けたのを 見ながら
白いご飯だけを食べるのが この子は好きです

この子は お子様ランチのあるお店が好きです
ハンバーグ、ハンバーグ、と歌いながら嬉しそうに
頼んだお子様ランチが来るのを待ち
プレートに盛られた彩りゆたかなお食事を前に
白いご飯だけを食べるのが この子は好きです

離乳食を始めた頃から
まいにち まいにち 何かしら勧め
その都度 白いご飯以外の あらゆる料理をゴミとして
気の遠くなるほどに 目眩のするほどに
悲しくなるほどに 絶望するほどに
気の狂いそうなほどに
作ったものを 捨ててきて
今やわたしは 白いご飯を除く一切を
この子が好まぬことを受け入れて
うまく焼けたステーキを頬張り
手つかずのお子様ランチを平らげ
なるべくなにも 感じないよう 暮らし
眠り 生きています

子を育むことは試練です
試されるのはすべてです
「そうしてほしい」のは果たして
子のためか 親のためなのか
常に試され 確認させられ
冷静であることを求められ
受け入れることを余儀なくされて
白米の満ちる 茫漠とした光景の中で
立ち竦むわたしは 自分が決して悪者ではないことを知り
同時に 浅はかだったことも知り
次の食事の時間に進みます

この子は無垢な生き物です
たくらみもなく ねらいもなく
ありのままに 望むままに
育ち 育ち 育っています

わたしはそんなこの子を支え
未来に送り出す者として
希望と失望のないまぜになった心に
愛ばかりを湛えて
きょうもご飯を 炊いています


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