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20240121 脱皮

年末年始、どどどっとすぎた

1月6日、7日の
リリースライブ旭川編を終えた。

旭川は、実家があるまち。
住んだのは
生まれてから小学1年生までと、
高校の3年間と、
一時帰省養生期間
コーヒー屋時代の1年ちょっと

転勤族で、他にも札幌や留萌でも暮らし
記憶が転々と他の町にもあるので
純故郷とは言えないのだけれども
それでもやっぱり
じいちゃんばあちゃん親戚が住んでいる
一番濃くルーツのある町

生まれ持ったものや環境に縛られずに
自分の生きたい人生を生きたいと決めた
20代前半から
家族から自立することと
向き合ってきたなぁと思う

好きなことばかりをやって
大学に行ったのに就職もしないで
と後ろ指さされているような感覚は
ずっとずっとあって

それでも、わたしはわたしの道をゆくのだと
わたしはなりたいわたしになりたいのだと
つよくつよく思っていたなぁと感じる

ただそんな生き方をしばらくして
30歳を目前とした今、
なんだか少し緩んだというか

全てを理解し合うのは難しいけれど
いろんな幸せの形があっても良いし
わたしが育った環境や周りにいる人は
もう変わらないことなのだ
とひとつの納得というかふに落ちた感覚と
わたし一人じゃ生きてこられなかったなぁと

1週間も実家に帰るなんて
いままでほとんどなかったけど
久しぶりに帰ってみることにした

やっぱり、
ひとりでいた方が楽で
話せば何かとぶつかる
びっくりするくらいにぶつかる

もう、生きる道が違うのだから
仕方がないのだと思った

だけど、素直に今までありがとうの気持ちも
スッとあるなぁと思った

ばあちゃんと温泉で泳いだりしたのも
なんだかやっぱり血が繋がってるんやなぁ
と思った

幼い頃からマイソウル温泉


旭川でライブをやったら
親戚やともだちの身内ばかりになるかなぁ
と思って、それまたドキドキして挑んだ


いばらみちという新曲も作った

ライブは2日とも、
(風邪気味でハスキー前田だったけど)
あふれ出すものをまっすぐに心と体すべてひとつで
違和感なく歌えたなぁという感覚

気持ちよかった

家族や親戚やともだち、保育園時代の先生
久しぶりに会う人に今の自分を見てもらえて
よかったなぁと思った

今回想像もしていなかったご縁もあった

旭川のまちなか文化小屋で出会ったタケダさんや
函館の晴耕雨読と庶暮書房で出会ったタケイさんが
色々と繋いでくださり
はじめましての方にも
ライブや空間を見ていただけた

ライブ後、新年会にも混ぜていただき
旭川にこんな素敵な方がいたんだ〜と
新しい発見

初めましてなのに、
なぜかすっと本音で話せる人に出会えることがたまにあって
そんな人にたくさん会えたような旭川

実家がある、友達がいるという他にも
帰る理由ができた尊い時間だった


心に残っているのは、
はじめて歌を聞いてくれた
少し年下くらいの女の子が
「ライブや絵を見て、
わたしがこれから歩いて行く道も
きっと明るいと思えました」
と、ライブの後に伝えてくれたこと

そのひとことは宝石みたいに
今もわたしの中に光っている

歌い続けてよかったと
そうか、わたしがやりたいのは
これだと思った

この感覚は
わたしは歌でしか表現できない

今までの自分がその時のライブに全て出る
素っ裸で、泣き叫んだり笑ったりしているのと
きっと同じなのだと思う

それがそんな風に伝わるなんて
あぁ 、生きるって尊いなぁと思った


そんな気持ちで
残すところは札幌編
1月27日28日二日間
前の日26日は苫小牧でも歌わせていただく

札幌は一番心残りの多い街でもある

札幌に出て社会人となった
働きながら音楽を始めた街
生きていくことと
歌うことのバランス感覚が
わからないまま

グラグラのまま試行錯誤で走った時代

生活は後まわしで
歌うためにたくさん働いた
ライブも月に何本もやって
ラジオの番組もやってみたり
アルバムを作って日本一周したり

若かったので
エネルギーが枯れるまで動き続けた

楽しいことも沢山あったのに
動きすぎていたわたしは
どんどん消耗していき
訳も分からぬ涙が止まらなくなったり
仕事もパタリといけなくなって
ライブをするのも苦しくなって
ご飯を食べる気力もなくて
自分もよく分からなくなって
生きていくのも嫌になった

なんとか生きようと思えたけれど
その時はひとりで暮らすことは困難で
札幌の部屋を引き払って旭川の実家に帰った

体調が悪かったので
札幌でお世話になっていた人は
挨拶のできないままの人もたくさんいる


ようやく、今、本当にようやく
いろんなことから脱皮ができて

心地よい自分でいられる、
大丈夫だという気持ちになれたので
今の自分で、会いたい人がいるなぁと
札幌編もやることにした

数日前まで、予約は1名とかで
あぁ 、そうだよなぁと。

ぶつりと切ってしまったものを
また修復するって
難しいことだよなぁと思った

少しずつ自分から会いたいなぁと
思い浮かんだ友達や知人に
連絡をし始めた

自分はもう生まれ変わったという感覚なので
前と同じように話したり笑ったりできるのか
分からないけれど

わたしは今のわたしの方が好きなので
それでダメだったならそれはそれ
縁のある人は
またきっと繋がっていくのだろうと
自分の中で静かに深呼吸しているところもある

そんな気持ちで札幌編
OPEN THE DOOR 最終章

わたしは赤裸々すぎて
言葉も想いもたくさんで
わたしがやっているのは
芸術とは程遠いのかもしれない
と最近思う

特に、
今回久保勝大の絵と一緒にまわってみて
言葉を持たないアートで表現すること
すごいなぁと感じている

だけど、今のわたしのできることは
まっすぐストレートに
包み隠さず生きるを歌うこと

自分の生きるを歌うことのその先に
人がいる、ということで、

少しずつ、函館、旭川と重ねて
膨らんでいくような感覚がある

今、目の前にある歌う場に
今のすべてをこめてみようと思っている

これから面白くなっていきそうだと
わくわくした気持ちもだきしめて

まちなか文化小屋
タケダさんが撮ってくれた



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