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ドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied㉔

生のコンサートでは“今まさにここで生まれる音楽”を共有していただける喜びがあります。その時間を1曲1曲切り取って“今まさに”のひとかけらでもお届けできたら!とお送りするドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied…

24曲目はロイター!…ひとかけら、届くかな?

ヘルマン・ロイターHermann Reutter (1900-1985)作曲
『ヘルダリンの詩による3つの歌曲 作品67 Drei Lieder nach Gedichten von Friedlich Hölderlin op.67』より
日の入り Sonnenuntergang

                ソプラノ 川田亜希子 ピアノ 松井 理恵

君はどこにいるの?
私の魂はうっとりまどろむ
君の全ての喜びに…
ちょうど今、黄金の響きに満ちた
魅惑的な太陽の青年の歌を耳にしたから
天の竪琴にのせた歌を…
それは森や丘の周りに響き渡る
けれども彼は遠くに行ってしまった
まだ彼を敬う人々のもとへ…

詩はベートーヴェンと同年生まれの詩人・思想家のフリードリヒ・ヘルダリンFriedlich Hölderlin(1770-1843)による。

 夕陽の眩しさに耐えつつ太陽を見つめようと眼を細めていると、どこからともなく甘美な調べが聴こえてくる…。瞼の裏には黄金色の光の粒がチロチロ輝き、もはや太陽がどこにいるのかもわからない...。と歌われるこの曲は、まるで一幅の絵!
 通奏低音のように響くピアノの左手は刻々と虚ろう夕刻を、右手はバロックトランペットのごとく響いて瞼の裏に輝く光を表しています。歌はその上で、手を伸ばすように太陽に向かって問いかけ、憧れを歌います。その憧れは、時にワクワクとした弾んだリズムを生み、時にため息の音型を生み、歌い進められます。そして最後には一筋の光となって消えゆく太陽を満足気に見送ります。残像の光がピアノパートに響き締めくくられます。
 私が初めてこの曲を耳にしたのは国立音楽大学で行われた白井光子先生の公開レッスンでした。この前奏は一体何!?! 音楽のどの分野に属すというの!?!と一瞬で惹きつけられたことを今でもはっきり覚えています。この前奏、ピアニストではない私でもどうにか音にできるもので、音をなぞっては、夕焼けの素晴らしい景色、絵の中に身をおける幸せに、毎回唸っています「うーん、たまらなく素敵!!」と。

 ところで…
皆さんはアニメ『母を訪ねて三千里』をご覧になったことはありますか?そしてそのエンディング「かあさん おはよう」をお聴きになったことは?

私がロイターの「日の入り」を歌うとき、いつも思い浮かべるのはマルコの歌うこの↑曲です。お日様が次の国に移り照っていくんだなぁ…と広い世界に憧れをいだいた幼少期の感覚が蘇るのです。どなたか共感してくださる方、いらっしゃるかしら???


以下に以前この曲の入った曲集を歌った際書いた解説の一部を張り付けてみます。詩人&作曲家について知ることは、曲の“生まれ”を知る一つの手段。“生まれ”を知ると、その曲との距離がぐんっと縮まって仲良くなれるのです。​

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✻ヘルマン・ロイター Hermann Reutter (1900-1985) ✻
シュトゥットガルト生まれの作曲家、ピアニスト。ミュンヘンでピアノ、作曲を学ぶ。作曲家として参加した音楽際でヒンデミットと知り合い、親交を深める。また、ピアニストとしてジーグリット・オネーギン、カール・エルプ、ハンス・ホッター、シュヴァルツコップ、フィッシャー=ディースカウ、ニコライ・ゲッタなど名だたる歌手たちと共演、歌曲ピアニストとしても活躍する。一方でフランクフルト、シュトゥットガルトの音楽大学で作曲科、リート科の教鞭もとる。1968年にシュトゥットガルトで、フーゴ・ヴォルフアカデミーを創立する。彼の作品や教育貢献に対して多くの賞を受賞した。ロイターはオペラやバレエ音楽、室内楽曲と様々な楽曲をのこしているが、特に歌曲作品は多く、200曲を超える。

✻フリードリヒ・ヘルダリンによる3つの歌 Drei Lieder nach Gedichten von Friedrich Hölderlin Op.67

この曲集のほかにロイターはヘルダーリンの詩による歌曲集が4つあり、好んで取り上げていた詩人だったことがうかがえる。この曲集は1946~47年にかけて作曲された。
1.日没 Sonnenuntergang
 全身に夕日を浴びたとしたら、このような音楽が聞こえてくるのではないだろうか。ピアノの右手は夕日の光りがきらめく様子を、左手の通奏低音のような響きは胸にせまる感動を思わせる。
2.夜 Die Nacht
 ヘルダリンが精神を病んで、その人生の大半を過ごしたテュービンゲンの街の様子を歌ったもの。最後に出てくる、「Die Fremdlingin unter den Menschen 人々の下の異邦の女性」とは、月のこと。
3.人生の行路 Lebenslauf
 「人生の行路は現実によって曲げられ、その道のりは平坦ではない。そうやって人間は鍛えられ育まれる。自分の目指すところに勇敢に飛び込む自由があることを肝に銘じよ!」と歌われる。
                             
✻フリードリヒ・ヘルダリンFriedlich Hölderlin(1770-1843)✻
南ドイツのシュヴァーベン地方出身で、マウルブロンの神学校からテュービンゲン大学神学部へとエリートコースを進むが、牧師にはならず、家庭教師を変転しつつ詩人としての道を歩む。37歳以降は精神の病が進み、彼の小説『ヒュペリオーン』の熱心な読者であった家具職人ツィンマーに引き取られ、テュービンゲンの塔の一室で、残り36年の人生を精神薄明のまま送った。彼の作風は、神の記憶を探り自我の在りかを求める深い精神性に富む一方で、自由な韻律を通して明るい憧憬が展開していく。この二極性こそヘルダーリンの魅力とされる。存命中はほとんど評価されなかったが、ロイターのように20世紀の代表的な作曲家が彼の詩を取り上げることでようやくその真価が評価されはじめた。 

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↑ヘルダリンの塔@テュービンゲン

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