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ドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied㉗

生のコンサートでは“今まさにここで生まれる音楽”を共有していただける喜びがあります。その時間を1曲1曲切り取って“今まさに”のひとかけらでもお届けできたら!とお送りするドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied…

27曲目もマーラー!…ひとかけら、届くかな?

マーラーGustav Mahler(1860-1911)作曲
若き日の歌 第3集 Lieder und Gesänge aus der Jugendzeitより
夏の日の交代 Ablösung im Sommer    
                ソプラノ 川田亜希子 ピアノ 松井 理恵

カッコウが死んだ
緑の柳から落ちて!
カッコウが死んだ!カッコウが死んだ!
落っこちて死んだ!

一体誰が夏の間
私たちを楽しませてくれるんだ?

そうだ、ナイチンゲール夫人がいるじゃないか
緑の枝にとまっている彼女が!
小さいくて、素敵なナイチンゲール!
愛らしくて、可愛いナイチンゲール!

他の鳥たちが黙ると
いつも陽気に歌って飛び跳ねてくれる

緑の森に棲んでいる彼女を
ナイチンゲール夫人を待つことにしよう
こうしてカッコウの季節が終わると
彼女が鳴き始めるのさ!


 詩は『少年の不思議な角笛 Des Knaben Wunderhorn』という詩集の中のもの。この詩集は2人のドイツの詩人、アルニム Achim von Arnim(1781 - 1831)とブレンターノ Clemens Maria Brentano(1778 - 1842)が収集したドイツの民衆歌謡集である。


 前奏はどこか滑稽な印象です。それもそのはず、楽譜の最初にある発想標語(作曲者が演奏者にどんな風に演奏してほしいか伝えるもの)に“ユーモアをもってmit Humor”とあるのです。ピアノの前奏、私には「ずっこけたー、ずっこけたー」と聞こえます。誰がずっこけたかというと… そう、カッコウです。カッコウがずっこけて木から落ちてしまったのです。歌はそれをまるで「号外、号外!かっこうが落ちて死んじゃいましたよー」とふれ回るように始まります。メロディも三連符を巧みに使って鳥の動きを模し、滑稽に響きます。“Weiden Weiden Weiden…”では木からヒューーーっと落ちる様子が歌われています。面白いですねー。ほとんどふざけているような様相です。「一体誰が夏の間歌ってくれるの?」と心配するところでは、まるでピエロの表情のように困り果てがっかりと肩を落とすような下降形のメロディとなっています。すると突如明るい響きが聞こえてきます。そうです、ナイチンゲールの登場です。先ほどの号外を受け取った人たちも納得の交代劇。皆口々に「そうだ、そうだ!ナイチンゲールが歌ってくれる!」と安心します。さっきまで絶望していたのに、一瞬にしてナイチンゲールにデレデレです。最後は「悲しいかな、これが自然の摂理というもの」と達観して結ばれます。森の主役が「春のカッコウ」から「夏のナイチンゲール」に交代する…という曲でした。

 この曲を私が初めて耳にしたのは1992年月11月25日、サントリーホールでの「ルチア・ポップ&井上直之リートの夕べ」でした。もしかすると初めてサントリーホールに足を踏み入れた日だったのではないでしょうか。溜池山王駅などまだない頃…。六本木駅からドキドキしながら歩いていったのを覚えています。鮮やかなピンク(だったと思います)のドレス姿のルチア・ポップさんは少しツンっとすましたような顔の上げ方でスタスタとステージに登場されて…。けれどもプリマ・ドンナぶった雰囲気は全くなく、ちょっと拍子抜けしたくらいでした。物凄いプログラムを「歌ってみましたが何か?」とでも言わんばかりに全く力むことなく歌われていました。そして!そう、マーラーです!世の中にこんなに不思議な音楽があるだなんて!と一瞬で心を掴まれてしまったのです。翌日、図書館に行ってマーラーの楽譜をあさりまくり、ポップさんのように!とあれこれ歌ったものでした。今回の録音に使った楽譜はそのときのもので、ドイツ語の単語一つ一つに意味が書かれていて、30年前の自分の筆跡が懐かしかったです。
 ↓↓↓下の写真は、実家のピアノの上に飾ってある、件のコンサートのチラシです。額にまで入れて…どれだけ感動したのでしょうね。それにしても凄いプログラムですね。

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 この曲はマーラーの交響曲第3番第3楽章の主題に転用されています。木管のアンサンブルがずるいくらい美しいです。
☟第3楽章9:43~


 前々回のドイツ歌曲の楽しみFreude am Lied㉕の最後にマーラーについての解説があります。よろしければご参照くださいませ。
https://note.com/utauakiko/n/n39f7c85085fe





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