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ドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied⑫

生のコンサートでは“今まさにここで生まれる音楽”を共有していただける喜びがあります。その時間を1曲1曲切り取って“今まさに”のひとかけらでもお届けできたら!とお送りするドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied…

12曲目はヴォルフのイタリア歌曲集の中から♪ …ひとかけら、届くかな?

ヴォルフ Wolf:ペンナに住んでる恋人がいる Ich hab' in Penna einen Liebsten wohnen
               ソプラノ 川田亜希子 ピアノ 松井 理恵

ペンナに住んでる恋人がいるの
マレンメ平野には別の恋人がいて
もう一人は素敵な港町アンコーナに住んでるの
4人目を訪ねるにはヴィテルボまで行かなきゃだけどね
そうそう、カゼンティーノにも別なのがいるわ
お次は私と一緒の町に住んでるし
そしてさらにマジョーネにも一人
ラ・フラッタに四人、カスティリオーネには十人もいるんだから!


「ドイツ歌曲の楽しみFreude am Lied⑦&⑧&⑨&⑪」と同じく、詩はドイツの詩人パウル・ハイゼ Paul Heyse(1830-1914)独訳のイタリアの世俗詩。

 モーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』の中の“カタログの歌”をご存知でしょうか?ドン・ジョヴァンニの従者レポレッロがご主人のプレイボーイ振りを歌うものですが、この曲はその女性版ですね。船乗りが港ごとに恋人を持つように、この女の子も方々の街に恋人がいると自慢しています。でも!本当はただ一人の愛する人の気を引こうと頑張っているだけなんでしょうね。『昼下がりの情事』という映画をご存知でしょうか?オードリー・ヘップバーン扮するアリアーヌという純粋な女の子が、年上のプレイボーイの気を引こうと「あたしが付き合った男性には今までこんな人がいたのよ」と数々の嘘の恋愛話をするのです。この曲の女の子はまさにアリアーヌそのもの!! この女の子も、歌い終わった後、ちゃんと相手が焼きもちをやいてくれて、それが純粋な愛ゆえの作り話とわかってくれて、しっかり結ばれるといいですね、映画のように。だって、こんなに一生懸命歌っているんですもの!
 この曲は46曲もあるイタリア歌曲集の最後の曲です。まるで高速でまわる長縄跳びのようなピアノのリズムに、歌い手は縄に引っかかることなく、すっと横入り(?)するように各フレーズを歌い始めます。それは方々に恋人がいることが、さも普通のことのように振る舞う女の子の心情を表しているかのようです。人数が増えるにつれ自分でも楽しくなってしまったのでしょう、最後には「ええいっ、盛ってしまえー」と言わんばかりに「Zeeeeeeeehn(じゅーーーう人)10人」と引き伸ばして歌われます。そして!ここからがこの曲の真骨頂!物凄い後奏が付けられているのです。それはそれは技巧的で華麗なパッセージで、46曲も歌ってきた歌い手もなんのその、ピアニストが全てかっさらってしまうのです。歌い手としては少々複雑な気持ちですが、後奏の間中ピアニストにエールを送り続け、最後は思わずガッツポーズをしてしまうのです。

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ヴォルフについてはドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied⑦の最後の部分を参照にしてください。作曲家について知ることは、曲の“生まれ”を知る一つの手段。“生まれ”を知ると、その曲との距離がぐんっと縮まって仲良くなれるのです。​
https://note.com/utauakiko/n/n6d24566c60d1



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