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今日の良かったこと

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美味しかったごはんあの子の微笑み心地よかったあの風遠くに響いた鳥の声。忘れたくないできごとや想いを綴っていきます。
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2024年4月の記事一覧

おかまいなし(豆柴ヘルニア生活日記_21)

雨上がりの朝、かわいいかわいい愚息柑太くん(最近朝が早いんですわ〜陽気がよぉなりましたなぁ〜と言ってる白豆柴9歳9ヶ月)に強引に誘われて、海へ。 もうちょっと寝たかったんだけどなぁ。 でもま、いいか。 起こしにくる元気が戻ってきたってことが、嬉しいね。 眠たいまんまコーヒー淹れて、ひとまず出発だ。 ほんとうに、柑太くん 元気で良かった。 正直、あの冬の様子じゃ、春を迎えられないんじゃないかってさえ思ったときもあった。 今のことろ、効果は1ヶ月ほど(個体差はあるけれどね

強みも弱みも出す出さないではなく滲み出るのであればそれは愛だ

この日も とてもよかった。 友達の「パンダ明石」さんが主催のウクレレ好きが集まる企画。 ウクレレっていうすてきな相棒と共に育まれているそれぞれの愛が 決して押し付けがましくなることなく滲み出た、そんなそれぞれの「音楽」が そこにはあったよ。 想いを持ち寄るってこういうことなんかなーとか。 とてもいい時間だった。 ほら 強みと弱みってあるでしょう 人は 誰でもね。 それを表に 出すとか 出さないとか あるでしょう。 いろんな思いとか。 やっちまった失敗とか。 決して 上手

その昔 柑太くんにお兄ちゃんがいたことを 彼は知ってるのかもしれないな

4月15日は 柑太くんのお兄ちゃん「桃太朗」の誕生日だった。 サムライみたいに孤高な風貌で穏やかでそれでいてけっこう甘えたがりの怖がりという、なかなか愛おしい黒豆柴だった。  生きてたら、もう15歳だ。 彼は 5歳1ヶ月を過ぎた 暑い土曜日の夕方に 俺の不注意から 命を落としてしまった。 かなしいかなしい 悔やみきれない出来事だった。 毎日毎日泣いていた。 心の闇に染み込んでは消えない涙を流してた。 その2ヶ月後に柑太はこの世に生を受けていた。 どこかでバトンを受け

誰もがそれを否定しないとてもあたたかい時間

連日、じゅんやくんにおんぶにだっこなぁ、俺。。 2日目は板橋、ドリームズカフェだった。 2022年の11月と、2023年の11月。 これまでに2回、歌わせてもらっていた店。 マスターが先月亡くなって、気丈にママさんが店を開け続け常連たちが連日集う、とても気のいい店なんだ。 老若男女で賑わう商店街にある、洋楽と日本のフォークソングを愛したマスターとママさんが丁寧に育んだ空間はとても居心地が、いい。 当初、この日は「テルさん、マスターに会いに行きましょうよ」って目的でじゅんや

魔女狩りの後の焼け野原で俺たちは歌い続けるんだ何度でもはじめるんだ

ほぼ2年ぶりに 中野野方 焼酎場ぁ〜 くんちゃんで歌わせてもらった。 コロコロ期の当時、あちこちのライブハウス、ライブバーが魔女狩りに遭っていた。 音楽の場が「いかがなものか」的な勇ましい正義の風潮で強烈に槍玉に上げられてた頃。 じゅんやくんがいちはやくチケット制のテイクアウトを企画して次々と淡々とお店を助けに動いてた。 そのひとつが、ここの店の名物カレーだったんだ。 彼はスクーターでいくつもの店の配達に回っていた。ジュンヤーイーツってじぶんで言ってたね。ほんとすげー漢だ。

母さんと姫路城で花見をしたのは俺が関西に来てから何度目の春だったんだろう

桜満開でいっそう賑やか華やかな姫路。 はじめてのお店「Quiet Holiday」で歌わせてもらった。 はじめましてのかた、お久しぶりのかた、いつもありがとうございますの友達が集ってくださった。ありがたいなぁ。 古本屋さんの奥にある急階段を2階に上がると演奏スペースになってるんだけど。古い木のにおい、高い天井に太い梁、止まったままの柱時計、型板ガラスの窓がもうほんとうにすてきで。 この町の空気とお店の空間を感じながらそこに溶け込めるような歌を、いろんな想いを巡らせて、歌うこ

シーミー(清明祭)だヨ!全員集合!!!

今年(2024年)は4月4日からシーミーだった。せっかくなんで、照照SariSariイレブンイレブンの6人が「神戸舞子 こずみっく」に集合した。みんな一緒にお墓の前でどんちゃんしてるそんな感じの濃厚でとてもしあわせな時間だったんだ。 冒頭に円蔵アニから与那国島のシーミーのおはなしをしてもらえたのがとても良かった。ご先祖様やたいせつな人の魂がそばにいるよねっていう話もたくさんできて良かった。冬を耐え凌いで待ち遠しい春がやってきたねって話もできて、ほんとうに良かった。    

一喜一憂 春遠からじ