小説:プネウマ

EP2 サイシューとマナ

「ここはどこなんだよ?」

俺と妹のマナは、気がついたらこのどこかもわからない森の中を迷い込んでいた。

「お兄ちゃん……怖いよ」

妹のマナが泣きそうな顔で俺の方を見る。

「大丈夫だ!! 兄ちゃんが必ず守ってやるからな!!」

「うん」

マナは俺の腕をギュッと握りながらついて歩いてくる。それにしても、ここはどこなんだよ。確か俺達は父さんに殴られて……それから父さんが俺達を置いて出ていってしまって……いや、考えるのはやめよう……先ずはこの森を抜けてなんとかしないと。俺とマナはとにかく歩いた。

だが、歩けど歩けど、一向に森を抜けれない。
しばらく歩いてから、俺とマナは少し休むことにした。

ふ〜っと一息ついて地面に座り込む。

マナは怯えていて
「お兄ちゃん、ここどこなの? お父さん来ちゃうの?」

「いや、大丈夫だ。もし、来ても俺が守ってやる」

そう言って俺はマナの頭を撫でる。
マナはニコッと笑いながら「うん」とニコッと笑ってみせてくれた。

「それにしてもホントここどこなんだろうな? 早く森を抜けないと」

「気味が悪いよ。この森」

「ああ、動物の気配すらねぇし、なんで俺達はこんなとこに」

そのとき。少し離れたところから何かが近づいてくる音がする。動物?人?わからないが何かが近づいてくる。ビクっと俺とマナはその方向に体を向けて身構える

「お、お兄ちゃん」

「だ、大丈夫だ」

ゴクッと唾を飲み込み呼吸を静かに整える。
ガサガサと音は近づいてきて、一瞬音が止まったかと思ったら男が急に顔をだしてきた。

「お、よかった。いたいた」

「ヒッ!!」
マナが尻もちをついて座り込む。

「な、なんだお前は!! お、俺達に手を出したらタダじゃ済まないぞ!!」

俺は近くにあった、木の枝を持ち先端を男に向けた。

「大丈夫、何もしないよ。君達を探しきたんだ。見つかってよかった」

男性はほっとしたように話した。

「探しに……きた?」

「ああ、もう大丈夫だよ。疲れただろ?俺の家に案内するよ。」

そう言い男が近づいた瞬間!!

「あ、あああヤメて!! 来ないで!! 連れてかないで!! イヤ!! イヤ!! イヤ〜〜!!」

マナが叫び出した。

「マナ!!」

俺はマナを抱きしめながらなだめる。男は何かを察したのか両手を上げ、降参するかのような素振りを見せた。

「怖がらせてすまない。わかった。これ以上近づかないよ」

そう言い男は、1、2歩下がる。

「その子は男じゃない方が良さそうだね。
よし、ちょっと待っててくれるかい?」

そう言い残し、男は離れて森の中に消えていった。

「ハァ〜〜ハァ〜〜ハァ〜〜」
マナの呼吸が少し落ち着いてきた。

「大丈夫か? マナ?」

「う、うん。」

「そっか……よかった。」

アイツ、待ってろって言ってたけど本当に信用できるんだろうか?

しばらくして。また、何かが近づいてくる音がする。

「ッ!!」

改めて警戒すると。

「お、いたいた。ちゃんと待っててくれたね。」

さっきの男だ

「アッ!!」

マナがまた怯えそうになる。

「こんにちは。見つかってよかった」

今度はもう1人、女の人が出てきた。

「紹介するよ。彼女はリッカ、俺はハーレットだ。俺達は君達を保護しに来たんだ。絶対に酷いことはしない。だから信じてくれないか?」

ハーレットと名乗る男はさっきのように両手を上げ、そう言った。保護? どういうことなんだ?考えてた間にリッカと名乗る女の人が俺達に近づいてきて目の前でしゃがみこみ、俺達の顔をじっと見つめる。

俺とマナはウッとなりながら半歩ほど後退りをする。

「こんにちは。私はリッカ。2人共よく頑張ったわね。貴方はとても頼もしいお兄ちゃんなのね。マナちゃんも、お兄ちゃんのことを凄く信頼してるのね。大丈夫。あなた達を引き離したりなんてしないわ。私達はあなた達に危害は加えない、だから、安心して私達の所に来てくれないかな?」

そう言ってリッカは俺とマナの頬に優しく手を撫でてくれた。

いい匂い。その手の温もりからなのか体の緊張が溶けていくのがわかる。

マナも安心したのか。

「う、うん」と頷いた

その途端、リッカは満面の笑みで返した。

「ありがとう。嬉しい。じゃ〜〜まずは家に一緒に行って、オヤツを食べましょ。お姉さん。う〜〜〜〜んと美味しいお菓子作ってあげるから」

リッカがそう言うと、マナの顔が嬉しそうに赤らいでいく。

「フフッ♪ 決まり!! よかった。さぁ〜〜一緒に行きましょう!!」

そう言ってリッカはマナの手を繋いで歩き出した。俺とマナはリッカに手を繋がれ、付いていく。

少し離れた距離を保ち、ハーレットも後ろから着いてくる。マナを怖がらせないようにしてくれてることは一目瞭然だった。

たまたま目が合いハーレットがニコッとする。

俺はすぐに視線を戻す。こいつらなら信用してもいいのかな? い、いや、まだわからないぞ。そう思っているうちに森を抜け、少し先のとこに家があった。

「あれが私達の家よ。何作ろうかな?マナちゃんは何が好き?」

「……プ」

「ん?」

「……クレープ……」

「クレープね〜〜美味しいよね〜〜了解。任せて、チョコとバナナがいい?イチゴ?」

「……どっちも……」
マナが照れて答えた。

「わかった。じゃ〜フルーツもチョコバナナ両方作ろっか♪マナちゃんはお兄ちゃんとちょっとお茶でも飲んで待ってて」

「私も……」

「?」

「私も……手伝いたい」

リッカはニコッとしながら
「わ〜〜♪ありがと!! 一緒に作りましょう。じゃ〜サイシューはハーレットと一緒に待っててくれる?」

「え!?」

「大丈夫。マナちゃんには本当に何もしないわ。せっかくだから女同士、ね」

リッカがマナの方に顔を向ける。

「うん」

マナは嬉しそうに笑った。

「ね」
リッカはそう言うと俺の方に視線を向けてウィンクする。

「わ、わかった」

「じゃ〜サイシュー。よかったらこっち来てみないか? いいところがあるんだ」

後ろにいたハーレットが俺に声をかける。

「いいところ?」

そういうとハーレットは家から向きを変え、裏手の方に向かっていく。着いていくとそこには湖があり、周りを色んな樹や植物が生えている。まるで絵本の中の世界のようだ。

「スゲ〜」

「いいだろ? ほれ、座った座った」

言う通りに座るとハーレットも隣に座るとお茶を出してくれた。

「ほら、リッカが作ってくれたお茶だ。美味いぞ」

お茶を受け取り一口飲む。

「あ、美味い」

「だろ?」

2人は湖のほとりに座り、ただ景色を眺める。風が優しく吹き、日の光が全てを包み込む。いい気持ちだ、なんか頭からモヤモヤが抜けていく感覚がする。何も考えない時間……

男2人、ただただ、ボ〜ッと景色を眺めている。それから、少しして、サイシューが口を開いた。

「さっきは、その、ごめんな。」

「? 俺、何かしたか?」

「いや、その……威嚇しちまったことや、マナが怖がったり、せっかく探しに来てくれたのに……」

「あぁ、大丈夫。気にしてないよ。見つかってよかったし、マナちゃんは、男が苦手なのかな? まぁ〜〜リッカがいてくれて助かったよ」

「俺達は……少し前に母さんが死んじまったんだ。そしたら父さんが人が変わってしまって、殴ったりするようになった……いつでも酒を飲み、なくなれば機嫌が悪くなる。しばらくは俺だけだったんだけど……気がつけばマナにまで殴ったりするようになったんだ、マナも最初は父さんだけ怖がってたんだけど、だんだん他の男もダメになってきて……大丈夫なのは、俺だけなんだ」

「そっか、辛かったな。でもマナちゃんをちゃんと守って偉いぞ。頑張ったな」

そういうとハーレットは俺の頭をクシャクシャ撫でてきた。

「や、やめろよ」

「ハハッ。悪い、悪い」

サイシューは目線を下げ。

「……なぁ。ここはどこなんだ?」

「俺の最後の記憶は父さんに蹴られて吹っ飛んだマナを見て、止めようと思って父さんに向かっていったら逆ボコボコに殴られて……だんだん意識が薄れてきて。んで起きたらここだ。家の近くにはこんなとこないし、それに、怪我の後もない」

ハーレットは黙ってサイシューの顔を見ている。

「なぁ〜〜ここはどこなんだ? その、俺達はもしかして!?」

ハーレットは俺の話を聞き終えてから。

「そうだな。マナちゃんと一緒のときに説明するよ。さっ!! そろそろオヤツができる頃じゃないか? とりあえず、戻ろう」

そう言うと、ハーレットは立ち上がり家に向かって行った。

「あっ!! おい!! ちぇ、なんだよ」

俺も立ち上がり、ハーレットの後を追いかけていく。

家に近づくと甘くいい匂いがする。

「お、ちょうどいいんじゃないか?」

俺とハーレットはそう言うとドアを開け、家の中に入って行った。

「あ、おかえりなさい。今、ちょうどできたところよ。マナちゃんが手伝ってくれて助かっちゃった。ありがとうマナちゃん。楽しかったね」

「うん」

そう言うとマナはニコッと笑って俺の方を見た。

「お兄ちゃん!! すごい楽しかったんだよ。リッカお姉ちゃんがクレープの作り方教えてくれたの、果物切ったり、生地焼いたり、お兄ちゃんの分も作ったんだよ。食べて食べて」

「ああ、ありがとう」

マナが笑ってる。こんなに楽しそうなマナは久しぶりにみた……いつ以来だろうか?だんだん心を閉ざしていったマナの心が、開いていく……

気がつけば俺の目からは涙が出ていた。

「サイシュー?」

ハーレットとリッカが驚いた表情で俺の方に視線を向ける。

「え?」

「お兄ちゃん?どうしたの?どこか痛いの?」

マナが心配そうに俺を見てる。

「悪い悪い、なんでもないよ。お!! 美味そうだな。食べようぜ」

涙を拭い、マナの方へ向かう。

「うん!! あっ」

急にマナが不安そうな表情を作り、その眼差しの先にはハーレットがいた。それを察したのか。

「ごめんごめん。俺は外にいるよ」と外に向かって出ようとした。

「あ、あの!!」

外に向かうハーレットをマナが引き止める。

「お兄ちゃんも一緒に……食べよ?」

その場にいる全員がびっくりした表情をした。

「マナちゃん」

「ありがとう。じゃ〜〜みんなで一緒に食べようか」

「うん」

そう言うとハーレットとマナはテーブルに向かった。

「マナ……」

「さ、行きましょ」

リッカが俺の肩に手を置く

「うん」

みんなでテーブルに座りリッカとマナが作ったクレープを食べる。

「うん、美味い!! な? サイシュー?」

「ああ、スゲー美味いよ。最高だ」

「やったね。マナちゃん」

「うん!!」

リッカとマナがハイタッチする。マナがこんなに喜んでくれてる。まるで、昔に戻ったみたいだ。この時間がずっと続けばいいのに……

クレープを食べ終わり、リッカがみんなにお茶を出してみんなで一息ついた頃。

「さ、そろそろ話をしないとな」

ハーレットが話を始めた。

「突然だが、ここはあの世とこの世の間にある島だよ。君達兄妹は、なんらかの原因で魂が肉体から離れ、彷徨い、この島に流れ着いた」

そう言うとハーレットは壁に貼ってある地図を指した。その地図の中央には高い柱?の様な物が建っている大きな島、そしてその周りには沢山の小さな島が描かれている。

「この、真ん中にある大きな島が天界と呼ばれる場所だよ。そしてこの柱の頂上に皆の言う神様が存在する。通常、魂が肉体から完全に離れる……すなわち死んでしまった場合はこの天界の方に直行するんだけど、稀に寿命じゃないのに魂が肉体から離れた場合、彷徨ってしまうことがあるんだ。そんな時にこの無数にある島のどれかに魂が流れ着く。島にはそれぞれ俺達みたいな管理者がいて君達のように迷い込んだ魂を保護するのが俺達の役割だよ。ちなみにここの島はここね」

ハーレットはそう言い、1つの島を指した。サイシューとマナはキョトンとした表情を浮かべてる。

「じゃ、じゃ〜俺とマナは死んじまったってことなのか?」

冗談じゃない。俺もマナもまだまだやりたい事が沢山あるのに……サイシューはグッと握り込んだ拳に力がはいる。

「お兄ちゃん……」

「正確に言えばまだ死んではいない。島に流れ着く場合はほとんどの魂が肉体と完全に離れていない状態の方が多いんだ。だから戻れる可能性もある」

「じゃ〜」

「ただ魂が肉体から離れるということはなにかしらのきっかけがあったということだ。その……2人の場合はお父さんのことが……」

その言葉が出た瞬間だった。

「やめて!!」

マナが耳を塞ぎ、ガタガタと震える。

「大丈夫よ。ここにお父さんは絶対来ないわ」

リッカはマナの両肩を優しく包む

「すまない。怖がらせてしまったね」

「マナ……」

「今、言えることは現時点では完全に死んでしまったわけではないと言うこと、2人の生きる意思の強さに、肉体が応えてくれれば、地上に戻れる場合もある。もちろん、肉体が応えられずそのまま天界に行く可能性もゼロじゃないけど」

「肉体に戻れなかった場合、どうなるんだ?」

「天界に行き、転生。つまり生まれ変わる準備をする。その後、生まれ変わり新たな人生を歩む」

「そうか、じゃ〜まだ死なずに肉体に戻れる可能性はあるんだな!? よし!!マナ!! 兄ちゃんと頑張って肉体に戻ろうぜ。俺達はまだまだやりたい事が沢山ある!! なっ」

「私は……嫌」

「え?」

「私は、戻りたくない……もう、怖い思いはしたくない」

「何言ってるんだよ!? マナ、大丈夫。俺が必ず守るから、なっ!? 諦めずに一緒に戻ろうぜ? 生まれ変わっちまったらもう俺達一緒にいられないだぜ?」

「お兄ちゃんと離れるのはイヤ……だけど、だけど、怖い……怖いの」

マナは顔を隠し、すすり泣く。

「もう怖いのも、痛いのも、お兄ちゃんが痛い思いをするのも、お父さんが苦しんでる姿を見るのも、もう、嫌なの」

「マナ」

俺は、何も言えなくなってしまった。

「さ、疲れたでしょ? 少し休みましょ」

リッカはそう言うとマナを連れてリビングの方に出た。

「大丈夫。まだ時間はある、少し様子を見よう」

サイシューは黙ったままだった。
辺りは日が沈み、暗くなり始めていた。

数時間後、満天の星と他の島の灯りをみながらハーレットはボーッとしていた。

「ここにいたの?」

振り向くと、そこにはリッカが2つカップを持って立っていた

「リッカ」

「はい、お茶」

カップを渡される。

「ありがとう」

一口飲みふ〜っと深呼吸をする。よいしょとリッカが隣に座り。

「2人はどんな辛い思いをしてきたのかしら?」

「母親が亡くなってから彼らの父親は暴力を振るうようになったらしい。マナちゃんを守ろうとしてサイシューも殴られて意識をなくしたらここだったそうだから2人共余程の力で傷を負ったんじゃないか?」

「そうだったの、それでマナちゃんは、あんなに、怖がって」

「うん。こんなとき見守ることしか出来ないことが悔しいなって思うよ……俺達ができることは、たかがしれてる」

「ハーレット」

「でも、それでも俺達は、輪から外れたモノになることを選んだ。彼らを見届け、導こう。リッカ」

「そうね」

2人は空を見続けていた。

真っ暗の中、なにか音が聞こえる。

「なに? お兄ちゃん?」

暗闇の中から出てきたのは知った顔だった。
会いたくない……あの人の顔。

「!?お父さん!!」

そのうっすらと見える顔は徐々に近づいてくる。

「ヤメて!! 来ないで!!」

「マナァ、マナ〜〜マナー!!」

その顔は一気に距離を詰めてこちらの方に向かって来る!!


「!!」

ガバッと飛び上がるように起きる。額には汗が、心臓も凄くドクドクとなっている。

「ハァ、ハァ、ハァ……夢?」

マナはホッと胸を撫で下ろし、手で顔を覆い包む。

「もう、イヤ……」

そのとき扉が開いた。
マナはビクッとし、扉の方を見る。

「マナちゃん、大丈夫?」

現れたのはリッカだった。

「リッカお姉ちゃん」

「凄いうなされてたよ? 怖い夢でも見たの?」

リッカはそう言うと、マナの寝てたベッドの上に腰を下ろした。マナは何も言わずリッカに抱きつく。リッカも抱き返し、その手でマナの髪を優しく撫でる。

「もう大丈夫。私がついてるわ」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」

マナはグスグスっと涙を流し、怯えている。

「大丈夫。恐いのが来ても私が追い返しちゃうんだから」

リッカは優しく微笑みマナの顔を覗く。

「ここにはそんな怖いのは来ないから安心して、大丈夫。お兄ちゃんにハーレットに私が側にいるわ。」

「うん」

「よし!! じゃ〜今日はお姉ちゃんと一緒に寝ようか?」

「え!?」

「ね?」

「うん。ありがとう。お姉ちゃん」

横になり、少しして、すっと目を閉じたマナは思ったよりも早く眠りについた。

リッカはマナの顔を覗き込む。

この子は、こんなに、辛い思いや、悲しい思いをしてきたのね。この子にも幸せになってほしいな。

リッカはそう想いを馳せながら自分も目を閉じた。

サイシューとマナはそれからどのくらいここで過ごしただろうか?

「ったく。俺達はいつまでここに居るんだ?  まぁ〜〜まだここにいるってことは完全に死んだわけではないんだろうけど……」

数日居て気づいたことがあった。あれだけ生き物の気配がなかったのに実は沢山の動物達もいることがわかったんだ。ハーレットとリッカがロウと呼んでる狼がいてどうやらそいつが、ボスらしい。このロウもマナに懐いてくれたみたいで、よく遊んでいる。動物達にも触れ、マナもどんどん笑顔が戻ってきた。

よかった。
笑っているマナを見てると期待してしまう自分がいる。マナも肉体に戻れるなら一緒に来てくれると。

きっと、俺達は……無事戻れるよな?

そんな期待を胸の中に留めながら更に数日が過ぎていた。

ある日、マナとロウが遊びそれをリッカが見守っている。俺はハーレットの隣に座り話を聞いた。

「なぁ? やっぱり、俺達はずっとここにいることはできないんだよな?」

ハーレットは、少し沈黙してから。

「そうだな。まだここにいれるということは肉体はまだ死んでないということだ。肉体に限界がきてしまえばそのまま天界に行き、そこで転生、生まれ変わりの準備をすることになるからね」

「そう……か」

「ただ、肉体に限界がきてないということは頑張ってまだ生きようとしているということなんだ。だから最終的には2人の生きたいという意志の強さがあれば肉体に戻れる可能性充分にあるよ。ただ、諦めれば……」

「諦めれば?」

「肉体は、一気に死に向かうだろう」

「ハーレットは、俺達みたいなガキにもハッキリと言うんだな?」

「隠してもしょうがないさ。俺達はサイシュー達みたいな迷える魂を保護し、導くのが役目ではあるが決定権があるわけじゃない。最後には、2人の意思だ」

ハーレットはフッと笑うように言った

「俺達の……意思……か」

「そう、だから時間が許すうちは考えればいいよ。自分達のの本当の気持ちを」

「俺達の……気持ち」

日が沈み始め、夜がやってくる。

マナは最近、リッカと一緒に寝ている。
そのおかげか悪夢を見なくなっているようだ。ある日の夜、マナが先に寝室に向かいリッカが向かおうとするとハーレットがリッカに話かける。

「リッカ、そろそろかもしれない」

リッカとハーレットは棚の上に置いてあるある置物に目をやる。その置物は、この島に魂が彷徨って来たとき、そして、魂が肉体に戻れるのか?天界に向かうのかの肉体の状態を表す置物だ。

「そうだね。」

その置物にはサイシューの肉体は回復に、マナの肉体は、限界に近づいていること示していた。

それから、更に数日が過ぎたある日、サイシューはじっと空を見上げながらなにやら考え込んでいるようだった。

「お兄ちゃん?」

声の方に目をやるとマナが立っていた。

「どうしたの?」

「ずっと考えてたんだ、ハーレットとリッカの話を聞いて、今の俺達の状況や、これからの事を考えてた」

「お兄ちゃん」

サイシューはマナの方に向かいしっかりとした眼差しでマナを見る。

「俺は、やっぱりまだ生きたい。この数日考えてた……このまま生まれ変わって新たな人生を生きるのもいいかもって、だけど俺はまだやりたいことが沢山ある。父さんに、そして自分の運命に負けたくない!!」

マナはじっとサイシューの眼を見る

「何もしないで終わるのは……嫌なんだ。マナ、一緒に生きよう!! ハーレットとリッカに会ってからマナは笑うことが増えたし、男も平気になってきたと思うんだ。だからマナも地上に戻っても絶対、大丈夫!! 俺、絶対に父さんに負けない!! 今度こそマナを守るから!! だから、一緒に行かないか?」

その時、サイシューの体を光が包む。

「これは!!」

「肉体に戻る準備ができたようだね」

気がつけば、ハーレットとリッカが立っていた。

「ハーレット、リッカ……」

「サイシューの生きたいという意志の強さが肉体が応えてくれたようだ。これでサイシューは自分の体に戻れるぞ」

「お兄ちゃん!! やったね」

「ああ、でも、俺は1人じゃない、マナ!! 行こう」

サイシューはマナの方に手を出した。

マナはニコッと笑うとサイシューの手を取る

「マナ。来てくれるんだね」


「ごめんなさい。私は、やっぱり、行けない」

「え?」

「私ね、ここにいて凄い幸せだったの。リッカお姉ちゃんも優しいし、ハーレットお兄ちゃんもロウも遊んでくれて、もうずっとここに居たいくらい。だけど」

「だけど?」

「消えないの」

「?」

「どうしても、お父さんの怒ってる顔が消えないの。私は、私、もうお父さんに会いたくない、あんなに優しかったのに、お母さんがもいて幸せだったのに、お父さんの怖い顔しか出てこないの。怖いの、イヤなの!!」

「マナ……」

マナは泣きながらその場に座り込む。俺はどうしたらいい? 何ができる? どうしたら気持ちが変わってくれる? ダメなのか? 2人で戻ることは叶わないのか?

マナ、マナ、マナ。

今までの記憶が蘇る……

マナが産まれてくれた瞬間、兄貴になれて嬉しかったあの日。母さんや父さんとみんなで笑いあった日々、母さんが死んだ時、父さんが変わってしまった時、マナの顔に笑顔が消えた時……

サイシューは深く深呼吸をする。

「マナ」

マナはサイシューの方をみる。

「俺、頑張ってスゲー綺麗な奥さんをもらう。そしたら……俺達の所に生まれ変わってくれ!!」

「お兄ちゃん……」

「今度こそ、俺はマナの笑顔を消させない!! 絶対!! 俺はお前を幸せにする。だから、だから俺の所に来てくれ、待ってるからな」

マナは涙でクシャクシャになった顔でも笑顔で「うん!!」って返してくれた。

ああ、マナが幸せそう顔で笑ってくれた。
俺が最後に見るマナの顔が笑顔でよかった。

サイシューは空を見上げ。

「ハーレット、リッカ姉ちゃん。ありがとう。俺、行くわ」

「ああ」

「貴方のこれからに幸せな人生がくることを祈ってるわ。」

「ありがとう」

サイシューはマナの方に顔を向け。

「マナ、俺は負けない。だから……応援してくれな」

サイシューはニカっと笑う

「お兄ちゃん、うん。私、必ず、お兄ちゃんのとこに行くよ」

「ああ、待ってる。元気でな。マナ」

そう言うとサイシューの体は光の中に消えていった。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。ごめんなさい。うぅ……う、うぅ」

見送った後。マナが泣き崩れる。

「マナちゃん」

リッカがマナを優しく包み込む。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。う、うわ〜〜〜〜ん」

「うん。辛かったね。苦しかったね」

リッカはマナを強く抱きしめる。
しばらくの間泣き続けていたマナ、落ち着いてきたのだろう。目を真っ赤にしながら。
「私、どうなるの?」

リッカに問いかける。

「今から、迎えがくるよ」

そのとき、光の柱が降りてきた。その中から1人の男性が現れた。

髪が長く、女性のような美しい顔をした男性だ。背中には6枚の羽が神々しく広がっている

「綺麗……」

マナが思わず言葉を発した。

「私の名はミハイル。上級天使、セラフに於いて、汝の転生を行う者なり」

「紹介するわね。彼はミハイル、マナちゃんをこれから天界に連れて行って、転生の手続きを行ってくれるわ」

「さ、娘よ。行こうか。次の人生が汝を待っている」

マナはリッカの顔を覗き込み

「お姉ちゃん、お別れなの? 寂しいよ」

マナの瞳にはまた、涙が溜まっている。

「マナちゃん。私は貴女と過ごせた時間がとても楽しくて、幸せだったわ。貴女のことは絶対に忘れない。これから待ってる貴女の次の人生の為、寂しいけど、我慢しないとね」

「お姉ちゃん」

リッカを包んでる手にギュッと力が入る。

「貴女の次の人生が幸せなものであることを、祈っているわ」

そう言うとリッカはマナの額にキスをする。

「うん!! ありがとう。お姉ちゃん」

「では、よろしいかな」

ミハイルがマナの方に近づく時にハーレットが近づいて来て、耳打ちをする。

「見てたろ? 頼むな」

と、ハーレットはミハイルの肩をポンっと叩く。

「フッ、なんのことかわからんが、善処しよう」

「わからないのに善処ってなんだよ。でも、ありがとうな」

ミハイルはフッと笑いながら。

「さぁ……な」

「では、行こうか。娘よ」

ミハイルはマナに向けて手を出す。

「……はい」

マナはミハイルの手を取った瞬間、2人を光の柱が包み込み。2人の体が浮いていく

「お姉ちゃん。お兄ちゃん。ありがとう」

ハーレットとリッカはマナに手を振る。2人は更に上昇を続け、最後はそのまま消えていった。

「行っちゃったね」

「ああ、寂しくなるな」

「うん。サイシューにもマナちゃんの次の人生も幸せになってほしいね」

「そうだね」

「そういえば、ミハイルと何を話してたの?」

「ん? 秘密」

「え〜〜ずるい。教えてよ〜〜」

「ハハ。まぁ、いいじゃないの? ちょっと、お願いをしただけだよ」

「も〜〜」

「さ、戻ろうか」

「……うん。そうだね」

歩いていくハーレットの背中を見ながら、リッカは聞こえないくらいの小さな声でありがとう……ハーレット。と呟いた。

「リッカ?どうした?」

「なんでもないわ」

リッカは急ぎ足でハーレットを追いかけた。

その後、目が覚めたサイシューは孤児院に預けられることになる。

それから二十数年後。

オギャーオギャーオギャー

「産まれたか!?」

「ええ。可愛い可愛い、女の子ですよ」

赤子を青年に見せる。

「頑張ったな」

「アナタ」

青年の妻は父親となる青年の顔を見つめ、微笑む。

「ゆっくり、休むといいよ」

「ええ、ありがとう。そういえば、この子に名前をつけてあげないと」

「それなんだが……マナというのはどうかな?」

「マナ。素敵な名前ね。良いと思うわ」

「ありがとう。よし、お前の名前はマナだ」

青年は赤子を抱きながら赤子の顔を覗き込む。

「今度こそ……俺はお前を幸せにしてみせるからな」

マナと名付けられた赤子は無邪気な顔で青年の顔を見ていた。


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