小説:プネウマ

EP3 カイリス

砂嵐が吹き荒れる砂漠を青年は歩いていた。

「ハァー、ハァー、ハァー」

乾いた唇から吐息が漏れる……

回りを見渡すとそこには屍とかした動物の骨が彼方此方と散らばっている。

左目の下に黒子があるその青年はそんな砂漠をあても無く進み続けていた。

「どこか、どこかに水はない……のか?」

喉の渇き、空腹、歩き続けた疲労感、青年は体力の限界に近づいていた。

「ハァー、ハァー、ハァー」

「こんなとこで死ねない。奴に会うまで……は」

力を振り絞り歩くが、青年は膝から崩れ落ちる

「ハァー、ハァー、ハァー。僕は、死ね……ない」

スーッと瞳を閉じる青年を砂嵐は激しく包みこんでいった。

どのくらい意識を失っていたのだろうか、眼を開けるとそこは森だった。

「ここは? 僕は……生きてるのか?」

ガバッと起き上がり回りを見渡してみる。

そこはとても静かな森だった。
木々の間から覗く空はどこまでも蒼く、そこから太陽が光を、そして、風が優しく体を包みこむ。

「僕は確か、砂漠にいたはずだけど……」

青年は混乱しながらも「とりあえず、じっとしてもしょうがない」と、森の中を歩き始めた。

生き物の気配がまるでないその森は、無機質な静寂感をまとっている。

「ここは、どこなんだろうか? なぜ、僕はここに?」

あてもなく歩いていると、少し離れた所から水の流れる音がする

「水の音だ!!」

走ったその先には川が流れていた、とてもよく澄んだ清流のようだ

「よかった。水だ!!」

青年は一心不乱に川に顔ごと突っ込み、グビグビと水を飲み干していく。

「ふ〜〜生き返る。助かった」

喉を潤した青年は更に歩みを続ける。

「それにしてもこの森はなんて不思議な森なんだ。とても澄んでいるのに、気配がない。そもそも、生き物はいるのかな?」

歩いているうちに森を抜けた青年が目にした風景

「うわ〜〜」

そこにはもとても綺麗な風景だった。

沢山の木々や見たことのない花、少し奥には湖が、更にその向こう側には山も見える、

「こんな景色がこの世にあったなんて、なんて綺麗なんだ、まるで心が満ちて解放されるかのようだ」

青年は目を閉じ、思い切り鼻から空気を吸い込み、心が満ちていくのを感じていた。

束の間の安らぎ、全てを忘れさせてくれるような風景、もう色々なしがらみから解放されて、身も、心も自由に……

そんな幸福感を味わっているときにハッと我に還る。

「イケナイ!! イケナイ!! 僕にはまだやるべき事が残っている。必ず、奴を見つけるんだ。必ず……」

そう立ち尽くしていると、森の奥から物音が聞こえてく。

「誰!? 誰かいるの?」

そこから出てきたのは2人の男女だった。

「お、いたいた」

「よかった」

「あなた達は?」

「俺はハーレット、こっちはリッカだ」

「こんにちは♪」

「こんにちは。僕はカイリス。あなた達はここの住人なのですか?」

「まぁ〜〜そうだね。」

「よかった!! ここはいったいどこなのですか? 僕は元々砂漠にいたはずだったのですが、気を失い、気がついたらここに」

「そうだったのね」

「ここは、天と地上の間」

「え?」

「まぁ〜〜詳しいことはこれからちゃんと説明するよ。すぐ近くに俺達の家があるんだ。先ずはそこでお茶でも飲もう」

「フフ、美味しいお茶を煎れるわね♪」

リッカという女性は微笑みながら話してくれた。

「あ、ありがとうございます」

「さ、いきましょ」

リッカという女性は背を向け歩きだす。

「素敵な笑顔だな〜」

つい口に出てしまったようだ。

「ん?」

「いえ!! なんでもありません。ではお言葉に甘えて」

「よし!! カイリス。いきましょ。」

よかった。聞こえてなかったみたいだ
初対面だけど怪しい気配はないし、大丈夫……だよね。

2人に着いていき少し歩くと、コテージのような家があり、そこでリッカさんが煎れてくれたお茶を飲む。

「美味しい、美味しいです!! これ!!」

「フフ、よかった。お菓子もあるからどうぞ」

「ありがとうございます。それでここはどこなんですか? 先程、ここは天と地上の間だと……」

「そうだね。ここは天界、一般的には天国と呼ばれるところと、地上の間に位置している島みたいなものだよ。カイリスは、何かのきっかけで魂が肉体から離れてしまい、ここに迷い込むんだんだね」

「魂が肉体から離れて……ということは僕は死んだってことですか?」

「いや、完全に死んだわけではないよ。じっさ」

「死んだわけではないんですね!! よかった。」 

カイリスはハーレットの言葉を遮り間髪入れずに話すとホッと胸を撫で下ろした。

「あ、すみません。僕には目的があるんです。だから……それを果たすまでは死ねない」

「目的?」

リッカは首を傾げた。

「実はある男を探して、旅をしているんです。」

「男?」

「はい。そいつは盗賊団のボスで、僕たちの村を襲いにきました……僕の家族、仲間、村人を皆殺しにしていき、村を焼いていきました」

「そうだったのか……それは辛い思いをしたね」

カイリスはリッカの出したお茶をグイッと一気に飲み込んだ。

「僕は奴を許さない。必ず復讐してやる。だから、僕はまだ死ねない。」

「カイリス」

「で!! ハーレットさん!!」

ハーレットはビクッと驚きながら

「な、なんだい?」

「まだ完全に死んでいないということは、僕が体に戻る方法はあるのでしょうか?」

「そうだね。そのことについても説明するよ」

「はい」

カイリスは落ち着きを取り戻し、椅子に座り直す。

「さっき話した通り、完全に死んだわけではないけど生きてる、とも言えないんだ、魂が肉体から離れているから肉体は確実に死に向かっている。植物人間の状態に近いかな。肉体にもどる為には本人の意思の強さに影響されてくる」

「意思?」

「そう、生きたいと願う意思が強ければ魂は肉体に戻る可能性は高くなるし、死を望む意思が強ければ、肉体は死を迎え、天界に行き、手続きのち転生の準備にはいる」

「転生……」

「そういうのは空想の中の話だと思っていました」

「ちゃんとそういう事柄は存在するよ。実際、産まれてすぐに死んでしまった赤子、病気で長く生きられなくて死んでしまう者、不慮の事故で亡くなってしまう者……必ずしも寿命を全うできるわけではない、生きたいのに、生きられなかった命が存在するからね」

「確かに」

「ただ」

「ただ?」

「気持ちはわかるが、復讐というのはしない方がいいと俺は思っている」

「え?」

「確かに、家族や知り合い達も殺されてしまい、辛いのはわかる。だけど、この世の理(ことわり)として天界もあれば獄界、即ち、地獄というものが存在する」

「獄界……」

「罪を犯せばもちろんその魂はその獄界に行き、裁きを受ける。ご家族や仲間のみんなはカイリスの獄界行きを知っていたとしたら復讐を望むだろうか?」

「それは……」

「きっと、望まないんじゃないかな? みんなきっとカイリスの幸せを願っていると思うんだ」

「そんなのはわからないじゃないですか!? 復讐を望む人達もいるかもしれない!!」

「確かに、俺達はその人達ではないから、気持ちまではわからない。だけど、もし自分の仲間が獄界に行くことわかってても自分の復讐を誰かに願うかい?」

「……」

「カイリス、君は生き残れたんだろ? 運がよかっただけかもしれない、たまたまかもしれない。だけど、それでも君はまだ死んでいない。肉体に戻れるかもしれない。そうだったら復讐に囚われず自分の人生の幸せの為に生きることがご家族や仲間達の為になるんじゃないかな?」

「自分の……幸せ」

カイリスはテーブルに置いてある空になったカップをじっと見つめている。

「あの」

「ん?」

「先程、獄界があるといいましたよね? では僕の家族や、仲間達を殺し、村を焼いていった盗賊団の奴らは死んだら獄界に行って裁きを受けるのですか?」

「ああ。そこまでの罪を犯したなら獄界行きになるだろうね」

「そうですか……僕が裁かずとも、ちゃんと裁かれるのですね」

「ただ」

「?」

ハーレットは少し黙ったまま

「いや、済まない。なんでもないよ」

ハーレットはそう言うと口を閉ざしてしまった。

「なんですか? 気になるじゃないですか?」

カイリスはハーレットに聞き返した。

「いや、復讐はしない方がいいとは言ったけど、いざ、自分の大切な人に危害が加えられたらと思うと実際自分も復讐心は芽生えるかもなと思って……」

そう言ってハーレットはリッカの方を見た。

リッカはハーレットに微笑み返した。

「カイリスの気持ちも考えずに軽々しく言ってしまったね。すまない」

「いえ、気になさらないでください」

「それに」

「それに?」

「天界に行くにしても肉体に戻れたとしてもここでの記憶はほぼ残らないんだ。」

「え!?」

「こういう世界があるということは知られてはいけないからね。夢を見てたかも、くらいには残るかもしれないけど」

「そうなんですね。ではここに居たことや、お二人の事、今聞いた話は忘れてしまうのですね」

「強い想いが感情として残ることはたまにある。だからもしかしたらこの話を聞いて、復讐する気持ちが消えていけばその気持ちは残るかもしれないけどね」

「そう……ですか」

「さぁ〜〜そろそろ夕食にしましょうか?」

リッカが袖をまくりながら腕をあげる

「そうだね」

「はい。ありがとうございます」

窓から外を覗くと、もう夕刻のようで空には朱色の光がさしていた。

「まだしばらくはここにいることになるからゆっくりしていけばいいよ。しっかり生きたいという意思を持つんだ、そうすれば肉体がしっかり応えてくれる」

「はい、ありがとうございます」

リッカさんの美味しい料理を頂き、寝室に案内された僕はその部屋の窓から外を眺めていた。

僕が裁かなくても奴らは獄界に行き、裁かれる。

ちゃんと罪には罰があるのだな、という安堵感と共に空虚感にも苛まれた。家族を殺され、仲間を殺され、村を焼かれたあの日から誓った復讐。その目的を失った僕はこれからどうしていけばいいのだろう。

僕は僕の為に生きていいのだろうか? 幸せになっていいのだろうか?裁かれるとはいえ奴らはまだなに食わぬ顔で生きているのに。

僕は、僕は……

「ん、あれは?」

窓向こう側にはハーレットとリッカが2人で話している。話が盛り上がっているのか、ときおりリッカが笑顔を見せている。

「幸せそうな2人だな」

見ているこっちまで幸せな気持ちにさせてくれる。そんな2人を見ていると自分も幸せになっていいんだなと、根拠はないけどそう思えてくる。

「うん。そうだよな」

復讐なんてしても意味はないのかもしれない。きっとみんな僕の幸せを願ってくれているよね?僕の心の中の霧が晴れ、光が刺してくる。

僕は、幸せになってもいいんだ。

「2人に、お礼を言わなきゃ」

そうだ復讐なんて馬鹿なことを辞めて幸せになるんだ!!

肉体に戻りやりたいことをやるんだ!!

僕は、いてもたってもいられなくなり、ハーレット達のところに向かう。

2人の声が聞こえてくる。

「いたいた」

近づこうとしたその時

「カイリスには、伝えなくてよかったの?」

「?」

リッカがハーレットに問いかけたのが聞こえ、僕は足を止める。

「今でも迷っているよ。伝えるべきなのか? そうじゃないのか……」

伝える?

「でも今伝えてしまうと、彼の復讐への気持ちを増幅させるかもと思うと躊躇ってしまった」

「え?」

「うん」

リッカが頷く。

なんの、こと?

「正直、伝えるべきなのかはわからない。真実を知る必要もあるけどどうなのか?」

ハーレットは少しの沈黙の後、空を見上げ、その言葉を口にする。

「どんな罪を犯しても、最終的には転生し、次の人生を歩む。罪は……最後には赦される」

「え?」

どういうこと? だって罪を犯したら獄界で罰を受けるって……なのに……赦される? なぜ? なぜ? なぜ?

その時僕は足元にあった葉っぱを踏んでしまった。カサッというその音と共にハーレットとリッカは驚いたようにこちらを見た。

「カイリス」

ばれてしまった。だが、そんなことは、どうでもいい。

「今の話、どういうことですか?」

「カイリス……」

「さっき言いましたよね? 罪を犯したら獄界で裁かれると、なのに、最後は赦される……どういうことですか?」

「……」

「罰は永遠ではないのですか?」

ハーレットは一息つき

「……罰は永遠ではないよ。罪の重さによって何百、何千、何万年と気の遠くなるような永い年月を裁かれるのは事実だ、だが最後には、償いの後は転生し、次の人生を歩む……」

「なぜ!!」

カイリスの表情が変わっていく

「なぜ罪を犯したのに赦されなければならない!! そんな奴らは永遠に裁かれればいいんだ!! そうでもないと、被害を受けた者達がの魂、が報われない……」

カイリスは拳をギュッと握りしめ、唇を噛みしめる。

「カイリス」

ハーレットの呼びかけにカイリスが顔を上げ、こちらを睨む。

「罪を犯す者にも色々いる。快楽主義者のようにただ罪を犯したくて犯す者、止むを得ず、罪を犯したくないのに犯す者。そこに至る経緯は様々だ」

「何が、言いたいんです?」

「カイリスやリッカ、俺ももしかしたら罪を犯すことを悦びにしていた人生を送っていたかもしれないってことだよ」

「そんなことあるわけない!!」

「なぜそう言い切れる?自分は絶対に罪を犯さないと、自分だって、元々は復讐を果たそうとしていたのに……」

「カイリス、確かに罪は犯しちゃダメだ。それは絶対、間違いじゃない。だけど俺達にだってそういうことは起きたかもしれない。」

「そんなのは屁理屈だ!!」

「そうだとしても、俺達は本当は運がいいだけなのかもしれない」

「そんな……」

「カイリス、この世には、生まれたときから、罪を犯さねば生きていくことが出来ない者達もいる。そんなどうしようも出来ずに止むを得ず罪を犯した者も永遠に裁かれなければいけないかい?」

「ッ!!」

「でも!! それはここでしっかり選別すればいい話じゃないですか!?」

「選別もする、だが生まれた赤ん坊のときはみな純真無垢だ。そこからどういう精神、感情が造られていくかは神にですらコントロールはできない。」

「何故!! 神は全知全能でしょ!? なら、何故神はこんな世界にしたんだ!! 争いのない、皆が平和で生きていけれる世界を創ればよかったんだ!!」

「神は、全知全能だが万能じゃない」

「!!」

「ヒトの心まではコントロールできない。でもだからこそ俺達には……自由があるのかも知れない……」

カイリスは膝から崩れ落ちながら

「そんな……じゃあ、一体、この世界は、なんだっていうんだ。僕の家族や仲間達は殺される為に今までの人生を……生きてきたってことなのか」  

握りしめた拳の上に、涙が落ちる。

「ふざけるな、ふざけるな!! そんなの認めてたまるか!!」

「カイリス」

「僕はそんなの認めない!!その人の一生は何が起こるかわからないから不幸があっても転生はしてあげるよ。だから不幸な人生でも許してね。なんて勝手な理屈が通ってたまるか!! 皆、各々が幸せになる為に生きているのに」

「その通りだ。だが」

「うるさい!!」

ハーレットは言葉を詰まらせた。

「あなた達のそんな屁理屈を聞くのはもう沢山だ!! 僕は貴方達の事を勘違いしていたようだ」

「結局、この世界は不条理で不幸で悪意にみちている。神は我々のことなんかに時間を割いてくれるということはないということだ」

「そんなことはない!!」

「あなた達はそうやって高みの見物しかしてないから、実際の不幸を経験してないからそんなことが言えるんだ。」

「僕はもう貴方達を信じない。ただ」

「ただ?」

「一つだけ感謝します。やはり僕は復讐を果たす!! こんな世界の理(ことわり)がまかり通るなら、僕は必ず……奴を殺します。それで裁かれることになっても」

「カイリス……」

「もう、どうでもいいです。裁かれた後には結局、転生できるんだから、だから僕は必ず……殺す!! だから必ず、生きる!!」

その時、カイリスの体が光に包まれる。

「これは!? この光は?」

「肉体がカイリスの生きる意志に反応したんだ。肉体に戻れるよ。」

「……そうですか。ありがとうございます。許せることではないですがあなた達には感謝します」

ハーレットとリッカは憂いた表情でカイリスを見つめている。

「そういえばここでの記憶は残らないんでしたね。ただ、強い想いは残る可能性があると言いましたよね?」

「ああ」

「僕は貴方達の事を覚えていなくても、この気持ちだけは必ず忘れない。見ていてください。僕は、必ず……」

そう言うとカイリスの体を包んでいた光は更に強くなり、カイリスの体は光の中に消えていった……

「カイリス」

無念そうに空を見上げるハーレットの肩にリッカが手を置き背中に頭を預ける。

「私達は、それでも」

「ああ、見守ることしか……できない。だけど…」

「だけど?」

「やっぱり、悔しいな」

「ハーレット」

2人はいつまでも、空を見上げていた……

------

眼を覚ますとそこはどこかの建物内のベッドの上だった、体がギシギシと軋む。

「ここ、は?」

体を起こし辺りを見回してるとドアから娘が入ってくる。

娘はビックリした様子で
「あ、起きたんですね。ちょっと待っててください。今、お母さんを呼んで来ますから!!」

そう言うと娘は部屋から出て行き、少しして母親、父親らしき人達が部屋に入ってくる。

「よかった。あんた無事だったんだね!!」

どうやら母親の話だと、僕は砂漠で倒れていたらしく3日ほど眠り続けていたそうだ。

「とにかく眼が覚めてよかったよ。今、食事を用意するから少し待ってな。」

そう言い残し、全員が部屋から出る。

ポツンと残された部屋の中で僕は1人、天井を見つめながら

「なんか、長い夢を見ていたようだ。」

どんな夢だったのか、思い出せない。

ただ、その中で一つだけ、しっかりしている感情が、僕の心の中を埋め尽くしていく

「必ず……殺す」

「食事できたよ〜〜あれ?いない」

娘が部屋に戻ってときにはもう、誰もいなかった……

太陽が照りつける砂漠を1人の青年が歩く。

左目の下に黒子があるその青年の眼は漆黒に染まっていた……

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?