見出し画像

日本昔ばなしカラオケ大会 #シロクマ文芸部


誕生日は、桃太郎からカラオケセットをプレゼントしてもらった。

今度、わりと大きなカラオケ大会があるからだ。


桃太郎も本当に大きくなった。
沢山ご飯食べて、勉強や喧嘩をしたり、たまには私やおじいさんに反発したり。
大変なことはあったけど、楽しい思い出が多い。


私が川で洗濯していたら、どんぶらこ、どんぶらことあの大きい桃が流れてきたのが懐かしい。
あそこから出てきたほっぺを桃色に染めた可愛い子が、私にカラオケセットを買ってくれるくらい成長したのだから嬉しいものだ。

この前のカラオケ大会は隣の山出身の山姥、アゲハちゃんに負けた。
あの子は山の中で育ち、1人で寂しく過ごしてはいたが、その分山の中でたくさん歌を歌って歌手デビューもした。

私だって昔から歌は好きで、歌手を目指した時期だってあったが、
結婚式、家事や育児に追われているうちにいつしか歌わなくなった。

桃太郎も私が歌うのが好きだと知っていたのだろう。
よく家事をしながら歌を歌っていた。

だからカラオケセットを買ってくれ、
色々と歌の練習ができるようにしてくれたのだろう。
あの子は本当に優しい。

おじいさんは、少しカラオケセットを羨ましそうにしていたが、
「ばあさんのカラオケ大会特訓用じゃもんな。カラオケ大会が終わったらたくさん貸してくれ」
と言ってくれた。

今回は多くの参加者がいると聞いた。
優勝すれば、1枚レコードを出せるらしい。

私は洗濯をする前に山に向かって発声練習をしたり、
おじいさんがよく行く竹藪から川まで何往復も走り込みをしたり、海まで行って人魚姫にボイトレもしてもらった。
そしてもちろん、カラオケセットを使い何度も何度も歌を練習した。


桃太郎は「おばあさん、無理しないでね」と、
おじいさんは「ほどほどにした方がいいんじゃ?」と気を遣ってくれた。
家族に応援されながら練習する期間はとても楽しかった。



カラオケ大会当日。
青が澄み渡るようないい天気だった。
桃太郎の桃が流れてきた日もこんな日だったなぁと思い出しながら、私は会場に入った。


審査員は、音楽プロデューサーのアユムという方、
去年の優勝者の山姥のアゲハさんを始めほか数名いた。

会場には多くの参加者がひしめき合っており、
おむすびころりんのねずみたち、
かぐや姫、
花咲か爺さん、
一休さん、
かさじぞう等見たことのある顔ぶれだった。
皆、ニコニコしているが「俺たちが勝ってやる」と目はギラギラとしていた。

「おじいさんとの結婚式以来かしら、こんな緊張するのは…」
私は胸がドキドキしていて、それはただの緊張というよりワクワクもあった。


大会が始まり、皆順に歌っていく。

「それでは最初の方から名乗っていただき、歌う曲を教えてください」

花咲か爺さんはオレンジレンジの「花」、
ねずみたちは大勢でEXILEの「チューチュートレイン」、
一休さんはクレイジーケンバンドの「タイガー&ドラゴン」、
かさじぞうは井上陽水の「傘がない」、
かぐや姫は「神田川」と皆それぞれ個性の効いた歌を歌っていく。

どの出場者もそれなりに練習を重ねてきたのがうかがえ、
特にかぐや姫の時審査員は声を唸らせ、
「かぐや姫の声は、透明感もあり聴いていて気持ちが良い」とコメントしていた。

会場も、今回の優勝はかぐや姫なんじゃないかという空気感だった。
南こうせつも勝ち誇った顔をしていた。

私の番だと分かっていながら、足がすくむ。
「桃太郎のおばあさん、どうぞ」
審査員に促されやっと舞台に立つ。
白いスポットライトを浴びる。

観客席には愛おしいお爺さんと桃太郎が「おばあさん頑張れ」と横断幕を持っている。
目を閉じるとあの可愛い桃太郎と、それを慈しむ私たちの顔が浮かぶ。

「桃太郎のおばあさんです。歌う曲は、aikoの瞳」

そう20年近く前の今日、
桃太郎が川に流れてきてくれた日を誕生日としている。

あんなに可愛かった桃太郎。
鬼も退治してくれて村を平和にしてくれた桃太郎。
あなたに贈る歌。

〜健やかに育ったあなたの真っ白なうなじに
いつぞや誰かがキスをする
胸を体を引き裂くような別れの日も
いつかは必ず訪れる
そんな時にもきっとあたしがあなたのそばにいる〜

会場は涙に包まれ、
曲が終わった後、毎度すぐにコメントをしていた審査員までも涙で声を詰まらせていた。

「優勝は、桃太郎のおばあさんです」


あぁ、私勝ったんだ、南こうせつに。


その後、桃太郎のおばあさんは見事CDデビューを果たし、その年の紅白に呼ばれ、おじいさんと桃太郎はキジや犬や猿とこたつでその紅白を見守った。
また、桃太郎の奥さんの予定となる人も。


おばあさんは死ぬまでそのカラオケセットを大切にしましたとさ。





▼以下の企画に参加しました!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?