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月夜の晩に #シロクマ文芸部


りんご箱を見るたびにザワザワした気持ちになり、思い出す。
幼稚園にも通っていなかった頃に見た夢を。



夢の中の場所は、当時私の住んでいた家だ。
その家は築50年ほどの平家で、家の中心に広い畳の部屋があった。
畳は縁側と繋がっており、よくおばあちゃんはその縁側で近所の人とお茶をしていた。

畳部屋には仏壇があり、仏壇の近くにはその季節の果物があった。
みかんやりんごがどっさり箱に入って置かれていたのを覚えている。

おばあちゃんの親戚はりんご農家で、その季節になると真っ赤なりんごが沢山入った大きいりんご箱を必ず貰ってきていた。


その夢は、りんご箱が仏壇の横に置かれていた季節に見た夢だ。



雲ひとつない明るい月夜、縁側に人ではない誰か2人が話しているのだ。
たまに何かを企んでいるかのような、クックッという含み笑いも聞こえてきた。

形はそれではなかったのだが、なんとなく直感で狐だ、と思ったのを覚えている。


私が畳の部屋から縁側にいるそれらを見ていると、スーッと冷たく心地いい風が吹き、その瞬間2人はバッとこちらを振り向いた。


咄嗟に私は畳の部屋にあったりんご箱に隠れた。
夢でも匂いはするんだ、と思った。
私は木とりんごの混じった匂いが充満するその箱の中で息を潜めた。


狐たちに見つかってはいけない。
捕まえられたら、きっと夢から覚めることはできない。
私は本能的に悟った。

狐は私のいる箱に、スッスッと足音を立てて近づき、私の上に黒い影を落とした。
月明かりは眩しく、顔は見えなかった。


「さぁ、いただこうか」
狐が手を伸ばす。
あぁ、もう私は食べられるんだ、
もうおじいちゃんにもおばあちゃんにも、
お父さんにもお母さんにもお兄ちゃんにも会えないと覚悟した。


「…りんごをひとつ」
狐は私の脇からりんごをスッとひとつ取り出し、月夜に消えていった。


夢の翌朝、芯だけ残ったりんごが庭に置いてあり、おばあちゃんが、「あぁ、来たんか」と小さく呟いた。


私は泣きじゃくりながらおばあちゃんに見た夢の話をした。
「そうか、そうか。そりゃ、りんごがあんたを守ってくれたんだね」
おばあちゃんはしわしわの手で私を撫でてくれた。

おばあちゃんが言うには、この土地では人間でない何かが子どもを攫っていくらしい。


その何かは山に食べ物がなくなると人間を攫うらしく、人間の代わりに果実を持っていってもらおうと、この辺の人は果実を作り始めたらしい。


私は攫われなくて良かった。


最近この辺ではりんご農家が減ってきている。
先週、親戚の3つになる子がいなくなり、捜索が続いている。



果たして私はお腹のやや子を守れるだろうか。



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